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■第十七話 謝意


 それからしばらくすると、シリルが捕まえた男を連行する形でアリアの方に移動してきた。

 その隣には先ほど転倒していたひったくりの被害にあった女性も一緒だった。その女性はアリアを見るなり、目を丸くした。


「まぁまぁ! こちらの騎士様もとてもお若くいらっしゃるのに、こちらの騎士様はさらにお若くて可愛らしい方なのですね!」


 そう声を上げた女性は、アリアのそばにかがみ込んだ。


「あの、お怪我はありませんでしたか……?」


 すでにその言葉はシリルが掛けているだろうし、元気そうな女性からはそのような様子は感じられないが、念のために尋ねてみる。

 すると、女性は大笑いをした。


「派手に転倒して恥ずかしいけれど、かすり傷程度ですから舐めていれば治りますよ! それより、ありがとうございます。私が騒いだせいで他の人も嫌な目に遭っていたら大変なことになっていました。本当に騎士様たちはすごいですね」

「いえ、そんな」


 当然のことをしたまでです、とアリアが答えようとするも、女性の言葉に今度はアリアが助けた方の女性が身を乗り出した。


「そうなんです! 私なんて盗られたことにも気づかないのに、こちらの騎士様は不届き者の行いをすぐに見つけてくださって……私、本当に感動しているんです!」

「私もだよ。黒服の騎士様が魔術も使えて凄いらしいという噂は聞いていたけど、本当に遠くからすごい勢いで助けに来てくれるなんて、物語の勇者様たちみたいじゃないか!」


 同調する女性の言葉に一瞬ドキッとしたが、アリアはすぐに首を横に振った。


「勇者だなんて、大袈裟です。私たちは、私たちの職務をまっとうしたに過ぎませんし……それに、勇者が倒すのがこんなコソ泥さんっていうのも格好がつかないじゃありませんか」


 そもそも、シリルはおそらく本当に常人離れした身体能力だけで捕まえている。

 魔術を使ったのはアリアのほうだけだ。

 しかしアリアの言葉に女性たちは再度大きな声を上げていた。


「確かに、助けられるのがお姫様ではなく私たちじゃ、ちょっと話にもならないね」

「確かにそうですよね! ちょっとはしゃぎすぎちゃいましたね」

「いえ、そういうことじゃ……」

「でも、今日の私たちにとって騎士様はそういう存在だったんです。本心ですよ」

「そういうことです」


 しかし、そうは言っても勇者という言葉を自分に対して肯定するには抵抗が強い。

 他の人が勇者と言われているのであれば、それは誰かにとっての勇者がその相手なのだろうとは思える。だがアリアの中で勇者というのはウィリアムのことであり、自分がその立場だと思われることには言い表しにくい違和感があった。


 けれど、今強く否定することが正しいこととはいえないことも理解はしていた。

 女性たちからの言葉はあくまで好意からである。


 どういう表情を浮かべるのが正解なのかはわからないが、愛想笑いで誤魔化した。


 そしてそんな空気の中、同じく魔騎士で『勇者』のようだと言われているはずのシリルは空気のように、見事に関わりを絶っていた。アリアが一度否定したことで女性たちの注意がアリアに向いたことをいいことに、完全に話から抜け出したようである。


(周囲を警戒しているだけと見せかけてるけど……)


 一瞬目が合ったものの、当たり前のように逸らされればそれも確信に変わるというものだ。


(ずるい)


 ただ、そんな想いはやはり女性たちには届かない。


「でも、これほど小さな騎士様は本当に初めてです」

「実は私、本日準騎士になったばかりの者です」

「まあ! 今日が初日なのですか⁉︎ 本当に⁉︎」

「こんなに凄い方でも、今日なられたばかりなんて……王都がいかに守られた場所であるか、改めて認識しますね」


 徐々に女性たちだけではなく、周囲も楽しそうな雰囲気に変化してきたようだった。

 それは騎士に対する信頼を上げているようにも感じられる。


(よかった)


 もちろん実害がでなかったことはもちろんだが、騎士団にも貢献できたことはアリアにとって自信になった。



 そして、そうしているうちに到着した衛兵たちの馬車にアリアたちは犯人を乗せ、詰め所へと向かった。

 同時に犯人たちが乗る馬車とは別の馬車にアリアたちも女性と一緒に乗車し、到着した詰め所で当時の状況に誤りがないか確認しながら書類を残す。

 本来ならアリアたちの仕事はそこまでであるのだが、その後、女性たちからアリアへの質問攻めがあったため、結果的にすべてが終わった頃には昼飯時を逃していた。


(城に戻る予定時間を過ぎているし、食堂も終わっている時間かな。……ということは、お昼抜き?)


 一度抜いたくらいでどうこうなるわけではないが、やはり少し残念だとは思ってしまう。

 いかんせん、育ち盛りはお腹がすく。


「戻るぞ」

「はい」


 時計台をちらりと見たものの、シリルは特に何かに反応するような雰囲気ではなかった。


(もしかすると、食事抜きになるのはめずらしくないということかな……?)


 だが、これも正騎士の道に早く近づくためだ。

 腹減りであることは確かであるが、旅の途中に食事がとれないことなど珍しくはなかった。

 そう思えば大丈夫だと自分に言い聞かせることもできる。


「騎士団に戻ったら団長に報告だ」


 その言葉に対し、アリアは「はい」と答えたはずだった。

 だが、その音は盛大な腹の虫にかき消された。


「……」


 無言のシリルの視線には、言いたいことがすべて含まれているような気がした。


「あの、申し訳ございません。気の抜ける音を出してしまって……」

「たしかに間抜けな音だな」

「ええ。ですので、どうかお忘れください」


 しかしシリルは深いため息をついていた。


(呆れる気持ちはわかるけれど……そこまで露骨じゃなくてもいいのではないのかしら)


 一応、令嬢が巨大な腹の虫を鳴かせて恥ずかしいと思わないわけがないのだが。

 そもそも、令嬢でなくとも恥ずかしい。


「早く戻りましょう」


 居た堪れなくなってアリアが急かすと、シリルは再度ため息をつき、そして上着を脱いでタイを外した。


「……スティルフォード様?」


 一体何をしているのだとアリアは首を傾げた。

 そんな格好で城に戻るなど、できるわけもない。

 だが、当たり前の様子でシリルはアリアを急かした。


「お前も早く上着を脱げ。置いて行くぞ」

「一体どこに行くんですか」

「飯以外にどこに行く」


 城に戻るという選択肢があります、などという言葉が聞き入れてもらえる雰囲気など、当然のようになかった。



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