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■第十六話 緊急案件


 その後アリアたちは南第二通りに出た後は西へ向かった。


「この先は下町の方ですよね」

「ああ。人が多い」

「揉め事も多いのでしょうか?」

「少なくはない。本通りに比べ、遠慮もない」


 ならば暴力を伴う喧嘩の仲裁などもあるのかもしれないと思い、アリアは一つ心配になった。


(私の背丈で、迫力は足りるのかな)


 魔騎士は警邏が本来業務ではないと聞いているし、そもそも基本的にそういう仕事は衛兵の仕事であると認識はしているのだが、そういう場面に出くわした場合、たとえ隊服を着用していなくても見ないふりをするのは難しい。

 ただ、そのような力を伴う揉め事は大概大人同士の喧嘩となるだろう。

 小柄なアリアが割って入ったところで、少なくともその見た目が抑止力になることはないだろう。


「……スティルフォード様、一つ、ご質問が」

「なんだ」

「より背丈を伸ばすにはどうすればいいでしょうか」


 シリルは十六歳にしては背が高い。

 これからもまだまだ伸びるだろう中で、参考になることもあるかもしれないとアリアは真剣に尋ねた。

 だが、その期待は呆れた表情を見せたシリルに見事に裏切られた。


「食って寝れば勝手に育つだろう」

「それはすでに実行しております。ですが、足りないのです」


 たったそれだけで大きくなれると言うのであれば、アリアももっと伸びているはずだ。


「少なくとも俺は特別なことはなにもしていない」


 話は終わりだと言わんばかりの雰囲気でシリルはそう言い切った。


(ずるい)


 何もずるいことなどないはずなのだが、そうもあっさり言われてしまうと羨ましさが妬ましさに変わってしまう。もちろん羨んだところで伸びるものではないことも重々承知はしているのだが。


(まあ、背丈は足りなくてもそれをカバーできるくらいの威圧感を磨けばいいんだけど……威圧感って、どうやって出すのかな)


 おいおいの研究課題ができてしまったと思いながら、アリアは再び周囲の様子に注目した。

 この辺りは王都の民だけではなく、他の地域からやってきた者たちーー例えば行商人や観光客など多様な層が行き交っており、装いも様々だ。

 とはいえ、だいたいの者たちはきっちりとした身なりをしているが、中には明らかに浮いている半裸の者たちもいる。


(中にはきっちりとした身なりをしていても、怪しいほどに周囲を警戒している人もいるわね)


 アリアたちが隊服を着用している以上、何もなくても周囲に萎縮される可能性は理解している。

 だが、アリアが感じた警戒はそれらの種類とは異なるものだ。


(たとえばあの軒下の男性。物色しているみたいな目つきに見えるような……)


 そう、思った時だった。


「ひったくり!!」


 女性の叫び声がアリアの耳を突き抜けた。

 声の方に身体を向けると、少し先で女性が地面に手をつき、走り去る男を指差していた。

 その脇には女性向けの小さなカバンを抱えている。


(あれか)


 取り戻そうとアリアが走り出そうとしたとき、横で激しい風が吹き抜けた。

 それはシリルだった。


(速いだけじゃない)


 シリルは人混みの中でも的確に隙間を縫うように走っている。

 瞬時に判断ができる動体視力と身体を動かす力がある。さらに驚くべきことは魔力を使っている気配を感じないため、その動きが純粋なシリルの身体能力の結果だということだ。


(ウィリアムみたいな動き!!)


 その動きがまるでかつての仲間と被るようで、アリアの思考は一瞬停止しかかった。

 だが、すぐにそれを振り切った。

 シリルは確実にひったくりを制圧する。

 ならば女性側の怪我の有無の確認をすべきだと思っていると、視界の端に不穏な動きを捉えた。


 アリアはすぐにそちらに標的を切り替え、風の魔術をぶつけた。

 標的は転倒し、その間にアリアは距離を詰めて身体強化した状態で相手を制圧した。

 その男は、先ほどアリアが気にしていた軒下の男だった。


「な、急に何なんだ!」

「何ではありませんよ。この騒ぎの中でスリをされるなんて、手慣れてますね。常習ですか? それとも、もしかしてあちらの方のお仲間だったりされますか?」


 アリアはそう言いながら、相手の懐を探り、赤い花の刺繍が入った小さな巾着を発見した。


「可愛い巾着ですね。えーっと……そこの、赤いリボンの三つ編みの方、これ、貴女の持ち物ではないでしょうか? 盗っているところが見えたのですが」


 派手な転倒と隊服の人間が制圧している姿は、幸い周囲の人の足を止めるに十分だった。

 そしてスリに遭った人も、その中に残っている。


「え? あ、わ、私の物です!」

「どうぞ」


 そうして受け渡しをしている間も男は必死に逃げ出そうとしているが、びくともしない。

 周囲はざわついた。


「かなり距離がなかったか? なぜ見えたんだ? 一瞬だったぞ」

「あの子、どんな怪力なんだ」


 そんな言葉が周囲から聞こえてくるが、アリアはにこにことして聞こえないふりをした。


(距離で言えばスティルフォード様より短いし、怪力は身体強化をしているからだけで、元からじゃ……。恥ずかしいけれど逃げられないことが一番なんだから、ここは我慢……!)


 むしろ少々恥ずかしかろうが強い方が騎士としてはよいはずなのだから、ここは堂々としておくべきだ。

 そう、そう思えば些細なことなど気にはしないのだが……。


(これ、ここからどうしたらいいんだろう)


 取り返したから放しても構わないということにはならないのはわかる。

 かといって、どこにどうやって連れていくかということにも疑問がある。

 今のアリアは拘束できるようなものを持っていないし、かといって押さえつけているのを緩めれば逃走される恐れがある。


 だが、尋ねる相手であるシリルは別の者の相手をしている。


(本当に、どうしよう……?)


 シリルのほうが片づいたら指示がもらえるかもしれないが、そもそもシリルにアリアの状況は見えず、伝わっているのかも謎だ。距離もある。

 ただ待つだけでも、いつかは気付いてもらえる。が、固まり続けることは衆目の中では難しい。

 そもそもシリルだってアリアが追ってこないことを『遅い』と感じているかもしれない。


 それならば。


「スティルフォード様! こちら、ひとり確保しております!」


 しっかりとシリルの耳に届くように、人垣で見えない相手に向かってアリアは全力で声を張った。

 狼狽えた姿を周囲に見せるのは、周囲に不安をまき散らしかねない。

 少なくともどうするべきか指示を仰げば、周りにも問題は何もないように映るはずだ。


「衛兵の応援がすぐに来る、それまで待機をしていろ!」

「はい!」


 状況を尋ねずそう答えられたことから、シリルにも少しは状況が伝わっているのかもしれない。

 助かったと思いつつアリアはスリの犯人を押さえたまま、被害者の女性の方を見た。


「えっと……お怪我はありませんか?」

「は、はい。本当に、盗られたことも気づかなかったくらいですので」

「そうですか。それならよかったです」


 アリアがそうして小さく微笑んだ時、近くの商店から出てきた、少し高齢の男性が近づいてきた。


「あのう、お嬢さん……ではないね、騎士様だね。よろしければ、こちらをお使いになりませんか?」


 男性から差し出されたのは縄だった。


「あ、ありがとうございます! ご協力、感謝いたします」

「いやいや。でも、押さえながら縛るのは難しいでしょうか? もしよければ、騎士様はそのまま押さえつけておいてください。そして、縛ることは私に任せていただけませんか?」

「え? はい、ぜひ」


 すると男性は目にもとまらぬ速さできっちりと犯人の腕を後ろ手で縛っていた。

 それはまるで荷物を梱包するような、無駄のない動きだった。


「すごい技ですね」


 会得できるものなら是非会得したい。きっとどこかで使うこともあるはずだ。そんな思いをアリアが思わず口にすると、男性と被害者の女性は顔を見合わせてから笑っていた。


「すごい技というのは、騎士様の方ですよ」


 しかしアリアにとっては、その縄捌きが本当にすごいものにしか見えなかった。



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