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■第一話 令嬢は指輪を返したい

 転生はもとより、まさか仲間の指輪を持って転生しているとは思っていなかった。


(私がどうしてウィルの指輪を持っているのかは覚えてないけれど……これは、持っておくにはちょっと、気が引ける)


 ウィリアムの指輪は、彼が着用していたものではない。

 指輪は旅の途中で購入していた女性向けのもので、想い人に渡すつもりでいると仲間に話しているところを見たことがある。

 実際エスタもその話を偶然耳にした時、ウィリアムが真剣に指輪を見つめていたのを目撃している。


(当時隣国の王女様との婚約話もあったはずだし、それ自体は不思議じゃないんだけど……それを何で私が持っていたのかしら……?)


 人の所有物を盗むような倫理観ではなかったと断言できる。

 しかしそうなると、最後の戦いの前後で拾って返し忘れたなどもあると思う。

 あのあたりの記憶は毒の関係もあり少し曖昧なので、うっかりしていたと言われれば納得してしまう。


(ウィルなら指輪を買い直す財力はあったはずだけど……でも、とっても大事にしていた指輪を、このまま私が持っておくのはやっぱりまずいわね)


 そう思えば、やることはただ一つ。


「よし、返そう」


 当時返せなかったことは悔やまれるが、今からでもできることはしなければいけないはずだ。

 もちろん千年前の人間が生きているわけもなく、本人に帰すのは不可能だ。ならばせめて墓前に供えさせてもらいたい。

 ウィリアムの性格なら『大遅刻だな』と笑い飛ばしてくれるはずだとアリアは自分に言い聞かせた。元より、唯一旅の前から付き合いがあった間柄なのだからその位は大目に見てくれるはずだとも思う。


(四聖人のお墓は今も王都にあるのよね)


 絵本のラストでは今も丘の上で国の行く末を見守っているとある。ならばおそらく、王都付近に墓はあるはずだ。


(王都を去ったエスタの墓はたぶん形だけなんだろうけど……仲間外れみたいになるからって気を遣われたのかな?)


 しかし実際には見守るどころか転生までしてしまっていて、気を遣ってもらったのであれば申し訳ないと思う。しかしそれに関していまさらアリアができることはないので、あまり気にしないことにした。


「それより、お墓参りに行きたいってお父様とお母様に言わなくちゃ」


 この国の英雄の墓参りをしたいという希望は、不自然ではないはずだ。

 そう考えながら、アリアは両親のもとへ駆けだした。


「お父様、お母様!」

「おや、アリア。どうしたんだい、そんなに慌てて」

「あの、私、四聖者様たちのお墓参りをしたいのです! 王都へ行くことはできませんか?」


 そんなアリアの様子に、優雅に紅茶を飲んでいた父であるオスカーは驚いたようだった。


「どうしたんだい、ずいぶん急だね」


 一方、母であるセルマはゆったりと微笑んだ。


「まだアリアは王都を見たことがありませんものね。一度王都を見るのはいいことかもしれません」

(お母様がそう仰ってくれるなら……きっとこの流れは、きっといける!)


 しかしオスカーの表情は渋い。


「アリアの望みは叶えてやりたいが、それは難しい」

「な、なぜでしょうか?」

「彼らを尊敬するアリアの気持ちはとても素晴らしいと思う。けれど、彼らの墓地に入ることができるのは王族の方々と騎士たちだけなんだ」

「え!?」


 確かにそれでは、いくらオスカーが行かせてやりたいと思ったところで今は無理だろう。

 そんな厳重な管理をされているなど、アリアは夢にも思っていなかった。

 だが……だからといって簡単に諦めたりはしない。


「では、私は騎士を目指します!」


 どうすればいいのかが判明したなら、そちらへ舵を切ればいい。

 幸い今はまだ八歳。今からなら努力も間に合うはずだ。


「アリアが……騎士に!? アリア、騎士っていうのは剣を振るうものだよ!?」

「はい、騎士様ですものね! 剣ってとってもかっこいいです!」


 これは心の底からの気持ちでもある。

 唐突で、今まで考えていたかと言われれば答えは否である。

 しかし、実際騎士になるのはとてもいい選択なのではないかともアリアは思う。

 前世で前線で剣を振るうウィリアムの背中が格好良かったことはよく知っている。


(守るために剣を振るう姿がとても頼もしいのは、きっと私が誰よりも知ってるはず)


 剣術も魔術と同様に基礎は教えてもらったが、もしできることなら、自分もあのような力を付けたいと思う。


(ウィルは騎士ではなかったけれど……でも、令嬢で剣を振るいたいと願うなら、騎士になるのが一番自然。実際、騎士って凄く服装も格好いいし……うん、もの凄くいいわ!)


 すぐに指輪を返せないことは残念だが、とてもいい選択肢を与えられたのではと思うと嬉しくなった。


「あらあら、アリアは騎士に憧れていたのね。王妃様も元々騎士様でしたし、凛々しい女性に憧れているのかしら?」

「だが、王妃様は元々武の名家のご出身だ。対して我が家は比較的文事のほうが得意で……それに怪我も心配だろう? 女性の騎士も確かにいるが、少ないし……何より、怪我も多いだろう」


 好意的なセルマとは対照的にオスカーには心配が勝っているようだった。

 しかしだからといってアリアとてこのまま引き下がるつもりもない。


「たくさん鍛錬します。だから、お願いいたします!」

「うーん、だが……。気持ちは大事にしてやりたいが……だが……」


 娘の言葉を拒否しきれないあたり、オスカーはやはり娘に甘いようだった。

 ならば熱意を伝えていれば、いずれ理解をしてもらえるのではとアリアが押し続けようと思っていると、そこに一人の男性が現れた。


「どうやら兄上の御子はお転婆だったようですね。ですが一生懸命訴えているのです、心配でしょうが、まずは難しいことを考えないで、素質があるか見てみればいいではないですか」


 現れたのは叔父のブルーノだった。

 ブルーノはオスカーの下で仕事をしているので、アリアもよく遊んでもらっている。父とは異なり狩りが得意でよく鶏をご馳走してくれるという印象のブルーノは今日も狩りに出かけていたらしく、弓矢と獲物が彼の手にはある。

 しかしその姿を見たオスカーはため息を付いた。


「どこから聞いていたんだ、ブルーノ。それに、お前は簡単に言うが……」

「確かにエイフリート家は文事に向いている。ですが、私の例もあるではないですか。こう見えても、私も一度は騎士として大隊を率いていましたよ」

「え? 叔父様は騎士様だったのですか?」


 ブルーノがオスカーよりずいぶん良い体格をしているのは気付いていたが、騎士だったということは初耳だ。しかも大隊長になったほどの実力というなら、まだまだ現役で働けそうな年齢なのにとアリアが驚いていると、ブルーノは笑顔をもってアリアに答えたあと、どんと自らの胸を叩いた。


「兄上。アリアに素質があるかどうかは私が見極めるというのはいかがでしょう?」


 唐突な言葉にはオスカーだけではなくアリアもまた驚いた。


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