■第十五話 街
「城下の地理は頭に入っているか」
「一応、地図での確認はさせていただいています。このまま進むと南第二通りの騎士団詰所前に出ますね」
「ああ」
「魔騎士は警邏業務はあまりないとのことですが、騎士団の詰所ということは騎士の方がいらっしゃるのですよね?」
「そうだ」
そこで会話は止まってしまった。
余計な言葉どころかまだまだ説明不足だと思われるような状況だが、ひとまず投げかけられた問いには及第点の回答はできたようだと、ほっとした。
(ただでさえ入団に否定的なんだから、やっぱりダメだって思われることは極力減らさないと)
幸い地図を読むことは前世で慣れている。
ただ、平面図だけでは得られない情報も多いことは知っている。
たとえばどこに飲食店があると知っていても、風の流れでどのような香りが漂っているかなどは想像ができなかったりもする。
だからこの場所で思わずお腹が鳴りそうになるような匂いを嗅ぐのは想定外だった。
「……買い食いは禁止だ」
「そんなこと考えていません。確かにあのタレ焼きの豚肉は香ばしい匂いで食欲をそそりますが、周囲の景色を覚えようとしていたのです」
「……」
「どうかなさいましたか」
「よく考えれば侯爵家のご令嬢が豚串に興味を持つわけがないと思ったんだが……持つんだな」
「一応、テーブルマナーもそれなりに修めておりますからね?」
エイフリート家がワイルドだと誤解されては家族に申し訳がないのですぐに補足したが、この香りに興味を持たないわけがない。
ただし今は仕事中だ。
たとえ買いに行くとしても休みの日にしなければならないくらいはわきまえている。
「しかし飲食店の様子もですが、花卉店の品揃えも勉強になります。色合いもエイリー地方とは異なりますね。あちらは淡い色の花が多いですが、こちらは鮮やかではっきりした色が多くて驚きました」
「花にも興味はあるのか」
「意外でしょうか? とても癒されますよ」
「……一応令嬢でもあるんだな」
どうやら、豚串に興味を持っていたことがシリルにとってよほど衝撃的だったらしい。
「だが、令嬢であるならなぜわざわざこの道に進んだ。他にも道はあるだろう。ましてやエイフリート侯爵家は、ブルーノ殿という例外があるものの、武門の家系ではないだろう」
昨日からシリルには納得した様子はなかったので、それはいつか聞かれる質問だろうことはアリアも考えていた。
ただ、本音を言えば白い目で見られそうな気はしている。
だからこそ、アリアはにこりと笑った。
「でしたら、先にスティルフォード様の理由も教えてくださいませ」
「何?」
「スティルフォード様は私の志望動機にご興味がおありのようですが、私も先輩方のお考えに興味があります。どうして魔騎士になろうと思われたのですか?」
これは誤魔化すとともに本当に興味があることだ。
僅か十三歳で正騎士になったシリルが騎士に興味をもったきっかけは何なのか。
もちろんシリルが嫌がった場合は深く尋ね続けるつもりはない。むしろ、嫌がるのは想定内だ。
その時は少し残念だとは思うが、自分のほうの話も流せるので問題はない。
しかしすぐに却下されるだろうという予想に反して、シリルは何も言わなかった。
余りに静かなので、それほど不機嫌にさせてしまったのかとアリアがそっと窺うも、シリルはただ前をまっすぐ見ているだけだった。
「もう、失うわけにはーー」
こぼれ落ちてきた声は途中で止まった。
そしてそれきり、何も言わない。
まるでその呟きもなかったかのようで、空耳だと言われれば信じてしまうほどにシリルの表情は何も変わらない。
ただ、アリアは確かに聞いた。
(これは軽い気持ちで尋ねてはいけないことなのかもしれない)
それは、空気だけでも伝わってくる。
アリアの入団に否定的であるのも、もしかするとその辺りにかかわりがあるのかもしれない。
(でも、そんなことはわからないし、たとえそうだったとしても私は粛々と正騎士を目指すしかないんだけれど)
人生二度目。より悔いを残さないように、満足できるようにと生きなければいけないという想いは強い。
そもそも、危険が伴うから何だというのだ。
守られるお姫様というのはアリアの柄ではない。
『危ないからやめておけ』というような忠告に従うような性格であれば、そもそも千年前だって旅の途中でリタイアするどころか、参加することもなかっただろう。
(私は守られるだけの存在になるつもりはないと、スティルフォード様にわかっていただけるように努力しないと)
その意思が伝わるよう、まずはひとつひとつ騎士としての形を作り、結果を見せなければとアリアは強く思いつつ、警邏を続けた。