■第十四話 初任務と
アリアは挨拶の後、女性宿舎に案内された。
しかし宿舎内で挨拶回りをしようと思ったものの、残念ながら皆外泊だということだった。
(女性魔騎士は今の在籍者はいなくて、近衛の騎士の方々は王族女性の外遊の警護、その他は特殊任務中の方で、準騎士さんは演習でいない、か)
思っていた以上に女性騎士が少ないことにアリアは驚いた。
元より珍しいとは聞いていたが、ここまでだとは思わなかった。
「軍服も格好いいのに……」
しかし少ないのであればいろいろと親交を深めたいと思っているが、忙しそうな雰囲気を空室だらけの宿舎で感じ、思ったよりもぐいぐい行かなければ機会にも恵まれないのではないかとも思ってしまう。
「それはそれとして、一番大事にしなければならないのは正騎士への昇格よね。正騎士への昇格条件は三年間優秀な成績を修めること、もしくは特異な功績を残し団長から国王陛下への推薦を受けること、か」
順調に任務をこなせば、おそらく十三歳で正騎士となるということだろう。
特異な功績というのがあまり思いつかないのだが、少なくともシリルは達成したからこそ十二歳で入団し、一年以内に正騎士へと昇格したのだろう。
(……どんな功績を挙げたのか、聞いてみよう。でも……教えてくださるかな?)
関係を良好なものに変化させるにあたり、会話は不可欠だ。
仕事に関係がありそうで、シリル自身のことも尋ねることができるこの質問は非常に無難で有難いものにもなるだろう。
そんなことを考えながら、アリアは休む前に制服に袖を通すことにした。
推薦時に生年月日と共に身長体重等の記載もあるのだが、魔騎士の特性上『推薦があればほぼ落ちることがない』ということから、先に制服が作られるのが慣例であるらしい。
アリアとしてはジェイミーが『本当に子供だった』と驚いていたので、疑惑から制服がまだ作成されていない可能性も考えたのだが、幸いちょうどよいサイズで仕上がっていた。
魔騎士の制服は、通常の白を基調とした騎士服とは異なり黒を基調にしている。いずれも正騎士は襟と袖に金のラインが入っているが、見習いにはそれがない。
女性騎士にはスカートとズボンの二種類が支給されているが、アリアはまずはスカートの方を試着した。プリーツ加工の膝下までのロングスカートにブレザー、それから黒のシャツに赤いネクタイ。全てを整えてから鏡を見て、そのまま鏡に手をついた。
「この制服……物凄く可愛いくて格好いい!」
正しい言葉遣いではないとは思うが、それでもその思いは止まらない。
騎士は格好がいい制服を着ているという認識を持っていたが、着用したものが想像以上に自分好みのデザインだったことに感動してしまった。今よりも背が伸びていけば、もっと制服を着こなすこともできるのではないかと心が躍る。
もちろん着こなしよりも優先すべき大事なことがあることは理解しているが、身嗜みも武器の一つだ。どのような格好をしているかで相手が自分を見定めようとすることをアリアもよく知っている。
それに何より、楽しめるものを楽しまないのは損でもったいないということもよく理解している。
「よし、制服に恥ずかしくない働きをするためにも明日からも気合を入れていこう!」
それからアリアはズボンの試着も行った。
スカートの方が好みだとは思ったが、ズボンもなかなか良いものだなと思い楽しんだ。
※※※
翌日、アリアはジェイミーと共に修練場へ向かった。
そこには魔騎士たちが整列していた。魔騎士たちはアリアの姿に驚いていた。
そんな中でアリアはジェイミーに促され、短く息を吸った。
「本日より準魔騎士の位に任ぜられました、アリア・エイフリートと申します。皆様、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
歓迎の拍手の中にも驚きは現れている。
たしかに初の女性魔騎士候補がこれほど幼ければ驚きもするだろうなと思うものの、その視線に意地の悪いものはなにも感じなかった。
(仲間意識が高い集団みたい)
団長の雰囲気もそうであったように、この様子であればすぐに馴染めそうだと思うとほっとする。
しかし、その中でぽつりと一人の魔騎士が呟いた。
「エイフリート……? 豪腕の騎士と同じ家名だが、まさか」
「ブルーノ・エイフリート殿に娘はいないはずだが」
小さな声に、その隣にいた魔騎士も反応する。
それが聞こえてか否かはわからないが、ジェイミーが一つ咳払いをした。
「アリアはブルーノ・エイフリート殿の姪だ。推薦は彼からのものだが、実力は私も保証する。皆、先輩騎士として鈍った姿を見せることなどないように」
そう声がかかると、緊張に包まれた空気になったように感じた。
(私が思っていたよりも、叔父様は有名人だったのね……?)
アリアもブルーノが元騎士という先輩であるならと、勉強の折りに調べようとしたことはあったが、エイフリート家の中では意図的に資料が破棄されたようだったので、どういう立場だったのかはよくわかっていない。
ただ、豪腕という二つ名がある時点で相当な実力者だったことも想定できる。
(悪い意味で特別視される恐れがあるわけではなさそうだし……そのうちどなたからか教えていただこうかしら?)
ただし願わくば、期待が大きくなりすぎないようにということくらいか。
ブルーノはブルーノ、アリアはアリアなのだ。
「エイフリートの指導騎士にスティルフォードを当てる。皆、よくしてやってくれ」
ジェイミーの声に周囲はざわついた。
そこで微弱な風魔術を使い、かつよくよく耳をすませば、あの愛想なしがそんなことできるのかだとか、地味に繊細みたいだしというような、心配しているような内容が漏れ聞こえる。
(……これ、集団の中にいるスティルフォード様にも聞こえてるんじゃ)
同じ列の中にいれば、声を潜めてもどうやったって聞こえることだろう。
ただし、シリル自身は顔色一つ変えてはいなかったのだが。
むしろ『できるわけないだろう』と本人が顔に出している気さえしてきた。
(ま、まぁ……スティルフォード様が聞いて嫌じゃないなら、それでいいんだけど……でも、指導を嫌がっているのは我慢していただくほかないのだけれど……)
やがて解散の合図とともに、アリアはシリルの元に向かった。
「改めまして、よろしくお願いいたします」
「ああ」
歓迎の言葉はなく短い挨拶が帰ってくるのみだが、それは想定範囲内の出来事だ。今更驚くこともない。
「今日はこれから城下の警邏を行う」
「はい」
「警邏は魔騎士の本来業務ではないが、城下に詳しくなければ突発事案の発生時に対処できないだろうからという、団長からの指示だ。行くぞ」
「はい」
詳細な説明はないが、警邏というのだからまずはよく周囲を見るのが仕事であるはずだ。
本来業務ではないと言われたものの、初仕事には変わりない。
しっかりと気合を入れなければと、アリアは力を入れて拳を握った。