■第十三話 指導騎士
「まず、見習い期間である準騎士の間は正騎士について勉強をしてもらいます。その担当にはシリル・スティルフォードという者に任せようと思っています」
「シリル? 男の名じゃないか」
「口を挟まないでくれませんか、エイフリート教官。現状、騎士団はほぼ男の集団です」
ジェイミーはブルーノにそう告げてから再びアリアに説明を続けようとしたが、それはあえなく遮られる。
「うちの姪は可愛い。野郎を指導役にして、本当に大丈夫なのか?」
「……シリルは十二歳で入団したのち、現状最年少記録である十三才で正騎士になっている者です。今は十六。そして驚くことに、昨年はバジリスクの単独討伐を完了させたほど高い能力も兼ね備えています。年齢も近いほうですし、頭も良く座学も得意で、指導員としての能力は充分かと思います」
そんな優秀な相手から指導を受けるのかと、アリアは少し驚いた。
バジリスクは相当面倒な魔物である。攻撃力も高いうえ、身体も相当堅い。その鱗を貫くのは、よほどの手練れでなければ厳しいはずだ。
「そんなに仕事ができる野郎は、手も早いんじゃないか」
「騎士相手に何を心配なさっているのですか。正直、シリルは一般の女性からの人気は高いようです。ただし、本人は全く興味なさそうですのでご安心を。四六時中眉間に皺を作っているような奴ですよ」
「……それは男として大丈夫なのか? モテる期間など一瞬だろうに、後悔しないのか?」
先ほどまでの声とは違い、本気で心配していそうな声のブルーノにジェイミーはこめかみを押さえた。
「とにかく。怪我を負わせないと言う意味でも安心ですので、ひとまずエイフリート教官は黙っておいてください。次、無駄口を挟むと追い出します」
「まったく。冗談が通じないなぁ」
「まじめな話をしているのです。エイフリート嬢……と呼ぶのは、相応しくありませんね。アリアと呼んでよろしいか」
「はい」
「では、アリア。シリルにも間もなく来るように命じています。愛想は足りない者ですが、実力は保証できます。よくよく学んでください」
「ありがとうございます」
上官が無愛想とはっきり言うくらいなのだから、愛想は本当にないのだろう。ただし最年少で正騎士になったという人物だから、きっと真面目なタイプなのだろう。
しかしそれ以上はあまり想定できず、しばらく淹れてもらったお茶を楽しんでいたのだが……やがて現れた人物に目を丸くした。
「「昨日の」」
「おや、すでに会っていたのですか?」
「あ? どこで会ったんだ?」
重なった声にジェイミーまでもが驚くが、ブルーノに至っては威嚇に近い様子であった。
だが、シリルは淡々としていた。
「確かに偶然会いましたが……まさか、新しい見習いというのは……」
「ええ。彼女はアリア・エイフリート。私が見ても間違いなく素質のある魔騎士です。しっかり面倒を見てやってください」
「アリア・エイフリートと申します。ご指導、お願いいたします」
しかし、そんな挨拶にもシリルの眉間の皺は深くなるばかりだ。
「団長。魔騎士は数こそ少ないものの、幼子を入団させなければいけないほど貧弱ではないと考えておりますが、俺の考えは間違っていますか」
「幼いと言っても、君が入ってきたときと二年しか変わらないよ」
「この年の二年は短い期間ではないでしょう。慎重になっても良いはずです」
明らかに拒否の姿勢をとるシリルにアリアは何とも言い難い気持ちにもなる。
(中身はそこそこ年を重ねているし、実力なら団長に判断してもらったけれど……)
ただ、一見すれば幼い子供だということも理解できる。大きな負担をかけることに何の抵抗も示さない方が珍しいだろう。
しかし、だからといって断られてはたまらない。
「お前、シリルといったか」
「はい」
「お前はなかなか気のいい奴だな」
は? という声は出なかったものの、ジェイミーもアリアも何を言い出すのかと言わんばかりの表情は浮かべていた。
先ほどまで否定的であったはずだ。
しかしブルーノは何度も頷く。
「アリアが可愛いのは見ての通りだ。心配してくれてのことだろう」
「はぁ」
「何、隠さなくてもいい。可憐な少女を心配するのはごく自然なことだ」
そんなことは一言も言っていないはずだが、ジェイミーの中ではもはやこんな教官がいても構わないのかと疑問は湧くが、それに答えられる人は誰もいなかった。
代わりにシリルが淡々と告げた。
「しかし、そもそも彼女のことが心配なら、このような場所になぜ連れてきたのですか」
「心配はしている。が、安心したまえ。その不安を打ち破るだけの力があり、私では止められない」
そのような言い方をされるのはとても恥ずかしいのだが、アリアとしては騎士になることは絶対なので、どういう形であれ味方をしてくれることはありがたい。
「それに、シリル。お前も騎士ならば理解しているだろう。上司の言葉はお前にお願いをしているんじゃない。命令だ。意見することがあったとしても、却下をされれば従うかやめるかいずれかを選ばなければいけないことは理解しているだろう」
ブルーノの言葉にシリルは実に不服そうな表情を浮かべた。
声に出さないにしてもそこまでいやそうな表情をあからさまに浮かべることは許されるものなのかとアリアは思うが、ジェイミーは苦笑いを浮かべるだけだった。
「今回の件に関して私は意見を改めるつもりはありません。私もまさかこれほど幼い子供を部下にするとは思っていませんでしたが、本人の希望を無視するほど私も野暮な大人ではないつもりですよ。教育係も君から変更するつもりはありません。明日から頼みますよ」
「……かしこまりました。では、私は訓練に戻りますので」
実に不満ですと言ったような声だったが、それでもそれ以上反論することなくシリルは部屋から退出した。
それを見送ったのち、ジェイミーが肩をすくめた。
「まあ、許してやってくださいね。あれもまだまだ情緒面では子供ですから。もともと人を守る意識がとても強い奴ですから、本来守られるべき立場にある君のような姿の子には戦わせたくないのでしょう」
「私は気にしませんが……スティルフォード様にはとてもご迷惑をおかけするのではと心配しております」
もちろん極力迷惑をかけないつもりであっても、そもそもシリルが嫌々面倒を見る立場に置かれているのであればその時点で精神的な負荷をかけており、それはアリアにはどうしようもない事柄だ。
湖で出会った時も初めは心配されていたので、それも優しさ故にだろうことは理解できるのだが……。
「そんなに気にしなくても構いませんよ。なんだかんだで、適当にする奴ではありませんから。それに、あれも年齢でとやかく言われていた過去もあります。いえ、正確には現在進行形のときもありますが……。いろいろ、貴女の参考にもなるでしょう。たぶん」
「たぶんですか」
「絶対はありませんからね」
それはそうだが、今の段階ではそれを心強く思えるような状況ではなさそうだ。
しかししばらく共に過ごす時間が長い相手であれば、できるだけ良好な関係を築きたい。前世も合わせれば自分の方が年上であることだし、ここは精神だけでも年長者としてなんとか解決の糸口を探ろうとアリアは心に決めた。
そんな隣でブルーノが『気に入らなければぶっ飛ばしても構わんぞ、アリアみたいな可愛い子にぶっ飛ばされたなんて絶対に言えないだろうからな!』と言っていたのは聞こえないことにした。




