■【追憶二】 聖女が星に還った日
魔王を倒して王都へ帰還すると、今度は怒涛の催事が待っていた。
謁見やパレード、祝勝会の準備と忙しくなる中、エスタは自身の身体の状況が著しく悪化することを感じていた。
最終戦で仲間の治癒や攻撃および防御の援護を優先させた結果、自分が受けた毒の治療が後回しになったのは仕方がない。順序を間違えれば仲間が全滅していた。他者を優先したわけではなく、効率を考えた上で一番適切な対処だったと、エスタは胸を張って言えると自負していた。
(魔王を滅するには、ありったけの聖女の力が必要だった。だから、この状態は一番正しい選択をした結果なのだもの)
ただ、だからといって『全員で帰還できたこと』に喜ぶ仲間に知られれば、気に病むだろうことは理解していた。
だからこそエスタは祝勝会の準備を整えた後、貸し与えられた城の一室から抜け出し、皆の元から去ることにした。
ただ、部屋を抜け出そうとしていたときに訪問してきた魔術師のニールが毒消しをエスタに渡そうとしたことで、彼にだけは状況を把握されていると気付き、エスタも観念して病状を素直に話すことにした。
ニールも毒消しではその場凌ぎの痛み止めになればマシなほうだと悟っていたので、エスタを引き留めることはしなかった。
「しかし、あいつらには言わなくていいのか?」
「ええ、だって、落ち込ませたくないもの。華やかな場所が苦手、って手紙を残したから納得してくれるんじゃないかしら。私は隠居生活を楽しむから、いい王様や騎士様になってくださいって。それに、こんな状態じゃなくても崇め奉られるのは得意じゃないから、結局逃げてたよ」
冗談めかしに、けれどわりと本気で言うと、ニールは肩をすくめた。
「また明日、とでも言えそうな気軽さだから、忘れそうになる。……また、会えることを願っている」
「ええ、私も。しみったれたお別れだと、逝くに逝けないから」
そういう合間にも、まるで真綿で絞められるように息が苦しくなってくる。時間は、もう残り少ない。
「今夜あたり抜け出すんだろうなと思っていたから、馬は用意している。東商会へ行け。ここを抜け出して行きたい場所があるんだろ」
「ありがとう。こっそり歩くつもりだったけど、助かるわ」
「貸しは来世で返してくれたらいいさ。魔術の授業料と一緒にな」
「時間がかかるかもしれないから、無利子でよろしく。みんなは長生きしてね」
そんな冗談を言い合ったのち、窓から飛び出しニールと別れた。
城を抜けてからエスタはほっと息を吐いた。
「泣かずに済んでよかったぁ……」
また、見つかったのが何となく察してくれていたニールでよかったとも思ってしまった。
見つかったのがウィリアムや聖盾のアドルフたちだったら、抜け出すタイミングを失ってしまったかもしれない。
それにもうどうしようもないことを理解しているのに、もしも現状を話し、優しく励まされてしまったら、ここでの滞在を延ばし死に行く様を見せることになったかもしれない。
そして王都を後にしたエスタは、村を一目見た後、馬を放し、いつも寄り道をしていた湖に向かった。
満月が水面に映る、よく晴れた空を見て風の音を聞き、ようやく戻ってきたのだと実感した。
湖畔の木の根本に腰を下ろすと、一気に力が抜けて行く。本当に最期のときがきたのだなと思ってしまった。
「生まれてきて、よかった」
そう思える人生だった。
ただ涙が流れるのは、叶うならばもう少しだけ、この世界にいたかったからだろう。
だからせめてと、エスタは大好きな人たちの幸せを願って、ゆっくりと目を閉じた。
その後、その瞳が再び世界の景色を映すことは二度となかった。