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■第十話 旅立ち(二)

 そしてブルーノと別れたアリアはさっそくオスカーの部屋に向かった。


「お父様、いま、お時間よろしいですか」

「ああ。ブルーノとの話は終わったんだね」

「はい。今日から叔父様から馬術を習うことになりました」

「そうか。きっと、アリアならすぐに乗ることができるようになるだろうね」


 それは祝福されているようであったものの、しかし、オスカーの話は続かない。


「……しかし、騎乗ができてしまうと出発してしまうんだね」

「はい」

「私は、私たちの子がそこまで身体能力に優れているとも、魔術を使えるとも想像もしていなくて……正直に言うと、少なくとも今の段階でブルーノが認めるなんて思ってもいなかったよ」


 その様子からは昨日の戸惑いはなくなり、ただ、寂しそうな様子だけが残っている。

 そんな様子にアリアの心は少し痛む。


「アリアが勉学に励んでいたのは理解できていた。私たちの想定を遙かに上回る速度で学習が進んでいると報告は受けていたんだ。だから、いつかは騎士に限らずとも、ここを離れて行くのだろうとは思っていたが……まさか、これほど早いとはね」


 それは九歳の子供を相手にすれば当然の感想だろうとは思う。

 ただ、アリアとしてはできることにはどんどん挑戦していきたいのだ。


「大丈夫です、お父様。だって、たった数日の距離ですよ」

「……そうだね。アリアのほうが、私よりずっと頼もしく見えるよ」

「それは大袈裟すぎます。お父様のような立派なひとにならなくてはと、私は思っていますよ」

「なんにせよ、辛くなったらいつでも戻っておいで。おそらく、武力では私はたった九つの娘にも勝てないかもしれないが、別の方法では守ることができるだろうから」

「ありがとうございます、お父様。私も、お父様たちをお守りできるようになるため、王都に向かった暁には準騎士として精進いたします」


 子供らしい子供でないことには申し訳なさは感じるが、誇ってもらえるような結果を出して孝行できたらと思う。


 その後、アリアは十日も経たず馬を乗りこなしていた。


「本当に早かったな」


 そう感心したオスカーから、アリアは王都にあるエイフリート家の屋敷の地図を受け取った。

準騎士になれば寮住まいになるそうだが、休日には外泊もできるらしい。

 アリアが馬に乗れるようになったことから、ブルーノは以前の推薦状を正式に届けるため、一足先に王都へ出発した。

 入隊予定日は一月後となると、ブルーノからは伝えられている。


 あとはアリアも準備を整え、後を追うだけだ。

 とはいえ、ほぼ乗れるようになったころから準備は行っていたので、すでに荷物は纏めてある。

 験を担ぐため快晴の日を待ってから、アリアは発つことにした。


「では、行って参ります!」

「身体には気を付けるんだよ」

「無理はしないようにね」


 そう見送ってくれる両親とセルマに抱かれた弟に見送られながら、アリアは屋敷を後にした。

 事前に宿泊先の街の目星は付けているし、旅路も難しいわけではないのでアリアとしてはあまり不安はなかった。

 予定の行程通り進めば、おそらく入隊予定日十五日前には王都に到着できる予定だ。

 走り、休憩を取り、また走り、宿に泊まる。

 一泊、二泊とそれを続けて、あともう一泊すれば次は王都となったとき、アリアは部屋で小さくつぶやいた。


「これだと……ちょっと寄り道しても平気だよね」


 空を見る限り、明日も恐らく晴れるだろう。

 これより先に相当なアクシデントが起こったとしても到着に間に合わなくなることはほぼほぼない。

 宿で地図を見ながら、アリアは眉間に皺を寄せていた。


「地図には載っていないけれど……行くだけ、行ってみようかな」


 アリアが迷っているのは、かつてエスタが住んでいた村だ。

 すでに地図に載っていないので、廃村になっただろうことは想像できる。ただ自分の原点となった大事な場所がどうなっているのか見ずに進むことは自身の中で何かが違うと感じてしまう。

 主要街道からは少し外れた旧街道を通ることになるが、それほど時間的なロスはないはずだ。


 ただ、いざ行くとなると緊張するのもまた事実だ。

 村に悪い印象はまったくない。それでも緊張するのは、見るのが旅立ち以来だからということもあるだろう。


「行くときに『元気に帰ってくる!』って言ったのに……そのまま帰っていないし……」


 そう思うと、なかなかの後ろめたさも抱いてしまう。


「あと、こっちも地図にもないけど……ウィルと出会った湖もまだあるのかな」


 湖の寿命は長いと聞いているので、もしかしたらまだ残っているかもしれない。

 村と異なり、人通りから外れた場所にある湖は旅人用の地図には記載されていないことも少なくはない。

 ただ、湖のことを考えると、今更ながら気になったこともある。


 もう命が長くないと思った時に、最後に行きたいと思った湖。

 希望通りそこにたどり着き、一番好きな場所で最期を迎えた……というアリアの視点からは悪くない話だと思っている。

 しかし、よくよく考えればウィリアムも息抜きによく向かっていた場所なのだ。

 アリアが死んだ後もその場所へ向かったとしても不思議ではないし、なんなら亡骸を見つけられてしまったかもしれないとも思う。


(一応歴史書を見る限り、エスタは旅に出たということになっているから大丈夫だと思うけれど……。もし見つかっていたら違う伝わり方をしていそうだし)


 なにせ、ウィリアムはのちの賢王となったのだ。

 歴史の編纂にも関わることができただろうし、特に魔王討伐に関しては当事者であったのだからもし見つかっていたら異なる記述が残っているとも思う。

 しかし万が一にも見つかっていれば、手の施しようがないどうしようもない状態であったとはいえ相当な衝撃を与えてしまっただろう。

 黙っていたことに対し怒られるくらいなら、まだいい。ただ、悲しまれたとしたら言い表し難いくらい、申し訳ないと思う。

 当時は他に考える余裕がなかったし、千年前のことを後悔しても今更どうにもならないのはわかっている。そもそも、自分の死後どういう経緯を辿ったかなど正解を見つける由もない。

 だから、ただただ願わくば誰にも見つかっていないことをと祈るばかりであった。

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