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■第八話 内緒の作戦


 ブルーノと対峙したとき、アリアはその目を見て少し驚いた。


(思ったよりも、叔父様は私のことを甘く見てくださっていないのかもしれない)


 普通の子供相手であるなら、もっと隙を見せてくれていてもいいはずであるし、そもそもまだ戦闘前だ。武器を手にする前から隙がない状態は用心が過ぎる気もする。


(相手が誰でも油断をするわけではない、ということかしら)


 だが、アリアも負けるわけにはいかない。


「ルールはシンプルに俺に一撃を入れたらアリアの勝ちだ。俺から攻撃はしない。反撃のみだ。降参するときは申し出てくれたら構わないぞ」

「わかりました」

「じゃあ、好きなタイミングで来ていいぞ」


 思った以上にシンプルなルールだとアリアは思いながら手にした剣に込める力を強めた。

 そして深く息を吸い、神経を集中させる。


(行こう)


 そして目を開けた瞬間、アリアは足に強化をかけ、地を蹴った。

 さらに腕にも強化をかけてブルーノの足元に踏み込み、剣を振り上げた。

 ブルーノは目を見開きながらその一撃を受け止めた。

 金属同士がぶつかる音がする。

 精霊のことはアリアもよくわからない。

 ただ、刺青にも似たこの模様を知らないと言い張るには無理がある。

 それに魔術がもっと盛んであった過去でも珍しかった精霊が、今ならさらに珍しいだろうことは想像がついてしまう。

「っ、随分強い力だな。だが、片手か?」


 ブルーノの声が少し震えているのは、それだけ力を入れているからだろう。


(やっぱり、叔父様の力は強い。でも……受け止めるだけなら、耐えられる!)


 アリアは剣を持たない左手で風の魔術を発動させた。

 突然の風に驚くブルーノの腹にアリアはそのまま風をぶつけた。

 ブルーノは受け身の体勢のまま、後ろに飛び退いた。

 尻餅をつくこともなかったブルーノはすぐ再び戦闘態勢をとったが、すでに戦闘を継続する意思は見られなかった。


「お前……一体、どんな訓練をこの一年で受けてきたんだ」

「もしかして、合格……でしょうか?」

「どう不合格にしろというんだ。兄上、俺は何も聞いていませんよ」


 アリアに答えた後、ブルーノは様子を見ていたオスカーに苦情を訴えた。

 ただ、呆然としていたオスカーを見れば知らなかったことはすぐに伝わったのだろう。ブルーノは再び驚きを交えアリアを見た。


「お父様には内緒で訓練していましたの。だって、叔父様に作戦が露見してしまったら大変ですもの」

「独学ということなのか……?」

「はい」

「なるほど、それならば兄上も知らぬか……。そしてそこまでの力があるなら、お前には騎士ではなく魔騎士の推薦ができそうだ」

「魔騎士、ですか? お恥ずかしながら、初めて耳にします」


 騎士と名が付くのだから騎士の一種だろうとは思えるが、どこかいかつく聞こえる。


「知らなくても無理はない。魔騎士は非常に希少な存在だ。騎士の才がある者かつ、魔術に秀でた者に与えられる王宮騎士の地位だ。なり手の少なさから騎士よりも若年での登用が認められ、実質的な年齢制限はない。まずは見習いの準騎士となり、一定条件を満たせば正騎士として認められる」

(騎士は成人を迎えた十六歳以上でなければいけないという要項があったはず)


 そのため、今日認めてもらえたとしても目的を果たすまでにはまだまだ相当時間がかかるはずだった。

 だからこそ、ブルーノの言葉はアリアをさらに驚かせた。


「念のため確認させていただきたいのですが、魔騎士であれば、今の私でも登用いただける可能性があるという認識で間違いございませんでしょうか」

「不可ではない。ただ、まあ……周囲から浮かないとは言い切れないが……まあ、令嬢なら何歳でも同じか」


 女性騎士が少ないと言うことは聞いているし、ましてや武の家系でないのであればそれは仕方がないことだろう。

 しかし前世では平民なのになぜ聖女かと随分不躾な目を向けられた経験がある。

 そのことを思えば、今更気にすることもない。


「私は叔父様が認めてくださったのでしたら、いつでもその道へ踏み出しますわ」

「武力だけではなく、学も必要になる。そちらの現状も確認してから推薦状を認めるとしよう」

「ブ、ブルーノ、あまりに性急ではないか? 約束を反故にするつもりはないが、そんなに早くにだとは私も思っていなかったのだが……」


 アリアとブルーノで話を進めていたところに、オスカーが戸惑いの声で割って入った。彼にしても無理のない戸惑いだということは、アリアにもわかる。

 しかしブルーノは対照的に落ち着いていた。


「兄上が訓練をつけていらっしゃらないのに、この子はこれだけの力を示したのです。才があると見るのが自然で、本人が望むのであればそれを伸ばしてやるのが親の務めでしょう」

「しかし、まだ九歳だ。他の可能性だって……」

「王都で気が変われば、その道へ進めばいいのではないですか。むしろ本人もやる気であるなら、阻まなければいけない理由もないでしょう。困難な道です。早ければ早いほど、本人のためにはなるのではないでしょうか」


 ブルーノはすでにアリアを騎士の道へ進ませることに前向きだ。

 そして渋るオスカーに、今度はセルマが苦笑しながら近づいた。


「旦那様は寂しく思われているのでしょうが、ブルーノ様がここまで仰ってくださっているのです。一度挑戦させてあげてはいかがですか。それに、旦那様とてアリアが勉強を一生懸命している姿はご覧ではないですか。その上、このように力をつけているのです」

「……」

「では兄上、とりあえず今のアリアの学力も見せてもらいますよ。アリア、こちらへ」


 反論はできないと黙り込んだオスカーを押し切るように、ブルーノはアリアを屋敷へと誘導する。アリアも少し申し訳ないと思うものの、一生の別れとなるわけではないので逆に安心できるくらいの立場に早くなればいいのだと思うことにした。


「勉学については一応、進捗具合は事前に確認させてもらっている。本当に身についているか念のための確認をするが……あれを学びながら、良く鍛える時間があったな」

「お褒めいただきありがとうございます」

「何か困ったことはないか? 不安なことがあるなら、わかる範囲では応えよう」

「では、ひとつ。先程気付いたのですが、もしかして叔父様は左目の視力があまりよろしくないのでしょうか?」


 アリアの言葉にブルーノは息を呑んだ。


「どうしてそれを?」

「先ほど私が近付いたとき、一瞬叔父様が私を見失われたように見えたのです。それは速度を理由に見失ったというようなものではなく、視界から消えたから反応が遅れたように見えました」

「……なるほど、どうやらアリアは私が思っていたよりまだまだ余裕があったらしい。まさか観察までされていたとは」


 そしてブルーノは肩を竦めた。


「確かに私は左目の視力に問題がある。騎士の時代、討伐した魔物の体液が目に入り光が認識できる程度しか見えていないんだよ。幸い右目は無事で大体はカバーできるが、騎士として責務を全うするには難があり、退役したんだ」

「そのようなことが……」

「だからアリアにも充分気をつけてほしい、と後程話すつもりだったのだが。まさか悟られるとは驚いたよ」


 そう言ってブルーノは笑った。

 その表情からは後悔は見られなかったが、やり切ったという表情でもなかった。


「叔父様。私は叔父様がお父様にご提案くださったからこそ、こうして騎士への第一歩を踏み出そうとできています。ですので、叔父様にもお礼をさせて欲しいのです」

「それは嬉しいね。どんなお礼なんだい?」

「少し屈んで、目を瞑ってください」


 不思議な表情を浮かべながらも、ブルーノは足を折った。

 アリアは両手をブルーノの左目の前へと持っていった。

 それから集中し、淡い光を生み出した。


「お疲れ様です、叔父様。終わりました」

「うん?」


 何が起こったのか、ブルーノは良くわからないようだった。

 ただ、立ち上がったその瞬間、動きを止めた。


「まさか」

「叔父様は特別ですから。内緒ですよ?」


 少し悪戯っぽく言ったものの、ブルーノの硬直はなかなか解けない。

 無理もないだろう。

 アリアが怪我の様子を見た限りだと、治癒の見込みはないものだった。


「もしよろしければ、お話は明日以降にしませんか? 叔父様には、今のご様子を確認していただきたくもございますから」

「あ、ああ」

「では、いったん失礼いたします」


 そうしてアリアはその場から離れた。

 ブルーノには秘密といったものの、今までもあえて黙っているわけではなく、単に告げる機会がなかっただけという治癒術だが、無闇に披露するものではないとも思っている。


(下手をすればまた聖女ってなりかねないし……)


 本当に必要とされているならまだしも、今はそのような時勢だとは思えないし、自分は魔騎士を目指すことになったのだ。


(それに、緊急事態を除けば『聖女』任せは治療術の開発の妨げになりかねないし……)


 だが、ブルーノにそれを使ってもその心配はないと思っている。

 それにもし何かがあっても、知らぬ存ぜぬを通せばどうにでもなることも理解している。

 なにせ治癒術にアリアが行ったという証拠など何も残らないのだ。


「よし、今日はしっかりと寝よう。明日からまた忙しくなるかな?」


 自室に戻りながら、アリアはひとまず第一関門を突破したことに喜びを感じていた。


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