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■第〇話 リスタートは突然に

 広く綺麗な湖の畔で、八歳のアリアは青い目を見開いた。


 キラキラする湖面。優雅に泳ぐ白鳥。そして周囲に生い茂る緑の木々。

 さらには青空に白い雲がかかり、とても綺麗な、色彩豊かな一枚絵のような風景だった。

 これを見たなら、本来アリアもただただ歓声を上げたことだろう。


 そう、本来ならば。


 そのような綺麗な光景を見て、アリアは愕然としていた。

 アリアに浮かんだ最初の感想は『昔見た風景にとても似ていて、綺麗』という懐かしさだった。

 ただ、その『昔』という言葉は幼いアリアに似合うものではない。

 何よりアリアがこのような大きな湖を見るのは初めてであるし、そもそも『昔』という概念を持つほど長い間、生きていない。

 だが、確かにこの景色に似たものを知っていたのだ。


(でもあの風景を見ていた私はもっと背の高い大人で……って、え!? ちょっと、もしかして、私……いつのまにまた生まれていたの……!?)


 そう思ったと同時、頭の中に大量の映像が流れてきた。

 そのせいで、あまりに突飛とも思える発想を否定する余裕もないほど混乱していた。


『聖女エスタ。魔王討伐の任を役割を全うするように』


 そう言われた場面が頭に浮かんだとき、アリアの混乱はぴたりと止まった。


(うん、これを私が知っているっていうことは……転生したのは確定ね)


 聖女と呼ばれた場所が大聖堂であることをアリアは知っている。

 その後、旅立つ時には勇者に任じられた王子、賢者と呼ばれていた魔導士、そして聖盾(せいじゅん)の三人の仲間がいたことも覚えている。

 さらには、それを無事達成したことも。


(まさか有名なおとぎ話の聖女が私だったなんて……むしろ、転生なんてものがあるなんて)


 確信を持った瞬間に漏れてしまったのは乾いた笑いだった。

 人間信じられないことが起こると笑うらしいということを、アリアは今、ひどく久しぶりに思い出した。


 現在、新暦九九八年。


(私たちが魔王を討伐した年が新暦の始まりとされているということだから……今は約千年後なのよね)


 約千年前、この国には古の魔王が蘇るという災厄の事件があった。

 そして、それが『エスタ』を含めた四聖者によって倒された。

 その後、聖者の一人で王子が王となり、現在の国名に改められた――それはあまりに有名な話で、いまやこの国で知らぬ者などいないほどだ。

 実際、アリアもこの話の絵本を持っている。


(ただ……絵本の続きを言えば、エスタはこの後、長生きできなかったんだよね)


 メンバーの回復役を担っていたエスタは、最後の戦闘でその力をほぼ使い果たしていた。

 そのため、最後に魔王から受けた呪いのような毒を解除するだけの力が残っておらず、王都に帰還した後はこっそりと姿を消し、そのまま人生を終えたのだ。


(これは平和になった世界を満喫できるように、二周目の人生をいただいた、って思っていいのかしら……?)


 信じられないと思うが、チャンスが与えられているのであれば満喫しなくてはいけないだろう。

 なにせせっかく世の中の脅威を葬ったというのに、何もせずに人生が終わってしまったのだ。


(それに……今まで気付いていなかったけれど、今の私ってすごく恵まれた環境なのよね)


 アリアが生まれたエイフリート侯爵家は温和な一族だ。

 現在は両親と生まれたばかりの弟と一緒に暮らしており、先代当主とその妻である祖父母夫妻は隠居してから世界中を旅していると聞いている。

 エイフリート侯爵家はエイリー平原という有名な麦の栽培地を持ち、水車や風車といった建築物の技術を早くから発展させてきたため、金銭的にも裕福である。領民との交友状況も悪くない。

 おまけに『エスタ』としての記憶では貴族は利害関係を重視した婚姻をするものだと記憶しているが、エイフリート家の両親は恋愛結婚である。それゆえか現状アリアにも弟にも婚約者はいない。

 時代が違うということもあるが、それ以上に穏やかな一族であることが大きいと感じる。


(あれ……? ということは、本当に好きに生きても大丈夫という状況……?)


 教養の授業を受けたり、手習をしたりということはあったものの、アリアには特に何かをしなさいと強制された記憶もない。あくまで令嬢として困らない教養を受けているだけだ。


「なんと優しいお父様とお母様のもとに生まれてきたの……!」


 思いださずに生きていても、きっと幸せな人生を歩めただろう。

 だが、今がどれほど幸運な状況にあると知ったからには、より充実した人生を歩むことができるはずだ。


 そう思ったアリアは「よし!」と力強く頷いた。


 だが……その時、記憶以外に一つだけとんでもないものを持ち越してしまっていると気付いてしまった。


 アリアは生まれた時、深い青色の石が輝く指輪を持っていた。

 この世界において、生まれた時になんらかの物質を持っていることは『祝福』と呼ばれている。それは神がその者の誕生を祝われたのだと言われているからだ。

 ただし『祝福』は稀であっても時々あることで、特に大きな意味……例えば使命はもとより、特殊技能を持つなどと言ったことは記録されていない。

 だからアリアが生まれた時も『素敵な祝福をいただけてよかったね』といったようなことを言われてきただけだ。


(でも……この指輪は……前世で見たものに間違いないよね。しかも……これ、ウィリアムのもののはずなのに)


 なぜ、その指輪がここにあるのかはわからない。

 けれどその指輪がかつての仲間であった王子……のちに賢王と呼ばれるようになったウィリアムのものだということはよく知っていた。


 それに気付いたアリアが思ったのは、『返さなきゃ』という強い気持ちだった。



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