向かうは戦場、いや戦城 ~直前に出会ったマジチンコ~
ギィィィ…
古く軋む木の音をさせながら重いドアを開ける。
「すみませ~ん…」
恐る恐る入店し、ところ狭しと置かれる商品を眺める。ほとんどがホコリが被っており、商品名もほぼ見えないが、ギリギリ読めた[イケルステッキ5,000ベルタ][摩天楼の如…あの頃のままで…8,000ベルタ]など、アダルト商品であろう物がたくさん存在していた。
そんな卑猥な山の向こうにプルプルと動く三角の星柄の青い布が目には入る。
「あの~…どなたかいませんか??探しているものがあるのですが…」
あまり声にボリュームを持たせないよう、いるのか分からないお店の人に声を掛けてみた。
そうするとどこからともなくコツン…コツン…という音と共に返答が返ってくる。
「ぉお~客か?それもおなごか?」
プルプルと動く青い三角の布の方面から応答があった。まるでホラーのそれだが目的の為、と気を取り直しつつ勇気を出してもう一度声を掛けてみる。
「あ、はい。あの、ある魔法薬を探していまして、もしありましたらお売り頂きたいのですが…」
プルプル震える三角布が山積みの商品をスライドしながらコツン、コツンという何かを打ち付ける音と共に私の方へ近づいてくる。
ゴクリ…と生唾を飲み込み、そのプルプルを待ち構えると、山積みの商品からこちらを伺う様にひょっこりと姿を現した。そのプルプルの正体が帽子であったことに気付くと同時につぶらな瞳のお爺さんと目が合った。歳のせいなのかフルフルと小刻みに震え、白い柔らかそうな髭は胸のあたりにまで伸び、顔の造形からは可愛い以外の言葉が見付からない。
「い…いらっしゃい、おなごのお客さんとは珍しい。どんな薬をお探しかね…?」
プルプルと震えながら聞いてくるお爺さんの可愛さに悶える。
(か、可愛い……)
身長100センチくらいだろうか。 体と同じくらいの長さの杖を左手に持ち、紺色のポンチョを床に付く長さのものを着用している。足元がズルズルしている感じは、小さな子供が大人の服を無理やりに着ている様な、それがまた可愛さを増長させた。
「あんたの様なべっぴんさんに、何の薬が必要じゃ…?」
プルプルしながら上目遣いで聞いてくるお爺さんは完全に私の心を鷲掴みにした。
(か、可愛すぎる…なんて破壊力…!!こんなに可愛いお爺さんが卑猥な物を作ってるなんて…!)
悶えてる私にお爺さんはこう声を掛ける
「可愛いなどと思ってくれるとは…齢160になるワシには無用の長物じゃが、若い娘っ子に思われるのは格別じゃの…じゃが卑猥な物を作ってるとはけしからん。ワシは変わったものを、多く作ってはおるが、本来ここはは歴とした魔道具屋じゃよ…」
(…!!!!)
「え、ど、どうして考えてることが分かったんですか…??」
驚きのあまり、勢い良く聞くとお爺さんは何て事もない、魔法じゃよ、とプルプルしながら答えてくれた。
「こんな下町にすごい魔法使いの方がいらっしゃったのですね…。え、ですがここは…そのエッチなお店ではないのですか?」と私は[マグロになる薬]を指差す。さすがにイケルステッキは私にはハードルが高かったのでもっと手近にあった瓶入の丸薬を指差した。
お爺さんはなんの事だ?と言わんばかりに
「マグロを知らんか?海におる大魚でな、それを飲めばマグロの様に大海原を自由に早く泳げるというものじゃ。もちろん、溺れ知らずでな」
(…まさかのマジマグロ!?)
え、じゃあこれは?とおずおずと摩天楼の如…と書かれた瓶入の液体を指差すと
「それは身長が30センチ以上伸びる薬じゃよ。じゃが個人差はあるから人によっては摩天楼の如くニョキニョキと背が伸びる訳で…」と私の想像がいかに卑猥だったかと、思わず赤面してうつむいた。
「この下町では魔法はないものとされる事が多いが…お嬢ちゃんは信じるか」
そう言うとふむふむと、赤面した私を放置してお爺さんは考え事を始める。
今までに考えてた私のピンク色の思考は読まれてなかったのか、とホッと安心していた私を無視してお爺さんはふむふむと深く考え込む様子。
白い顎髭握りしめては毛先に向かって流す、という風に何度か梳かしながら、なるほどな…とポツリとつぶやく。
「探している薬なら、あるぞい」
(!!!!!)
要件すら話していなかったのに、お爺さんはそう言ってのけた。
「ま、まだ何も言ってないのに、考えを読む魔法とはすごい!!便利な物ですね!!」
そう言うとお爺さんは先程よりもさらに驚いた様子で目を見開きパチパチとさせる。そして、ご機嫌よろしくフォッフォッフォと笑った。
「便利か…お前さんはそう思うか」
「はい!説明する手間が省けましたし、何より求めるものがあるというだけで大満足です」
そうかそうか、嬉しそうに答えるお爺さんは目を薄くしながら微笑む。
そして、また少し考え込むと、ふむふむと導きだした答えを告げる。
「お前さんを男の興味を削ぐ様な醜くする薬は売れん。如何せん、べっぴんさんをその様に変えるのは例え商売でも嫌なのでな。だが、それじゃお前さんを納得させられんじゃろ。なもんで、一晩だけ太らせる薬を売ってやろう。それだけでも今のお前さんの魅力は十分に消せるはずじゃ…。あと、どんな姿か気になるじゃろうし、1時間だけその姿になれる試薬をおまけにつけてやろう。その体型に合わせたドレスも必要じゃろうて、試薬中に採寸すれば良い。フォフォフォ…案ずるな、任せておけい」
目をパチパチとさせながらお爺さんの言うこと聞き入る。
(魅力ってなんだ…?そんな物はないだろうが、なんし性なる夜会にならなければ結果は安泰だ。太るだけで免れる…すごく盲点だった。そういう方法があったか!確かに綺麗な令嬢たちの中に太った娘が一人…誰の気も留めないだろう。そうなれば声をかけられず無事に夜会を過ごすことが出来るし、何より高位貴族や…ましてや王族に嫁ぐことがなければ父の利益にもならない…!)
「あ、ありがとうございます!!太るだけで回避できるなら、是非その薬を売ってください!!」
「ふむ…。あ、なら、ついでじゃ、これも一緒に買ってくれんかの?」
プルプルと震えるお爺さんは手にもつ杖の先を空で二度円描くようにくるくる回すと、山のように置かれた商品の中からひょいっと宙に浮きそのまま私の目の前まで移動し止まる。左には小さな白い綺麗なネズミの置物と右には黄金色のカボチャ…だろうか?どちらも手の平サイズの小さなそれらを空中でまじまじと見入る。
「こ、これは?」
「帰り道に必要になるじゃろうて。薬を買うならこれも一緒に買うてくれんかの…?ちなみにこやつらはワシの魔法をかけた物で、使うときはこやつらに触れ≪ポンポ~ンスッポンポン≫と呪文を言えば良い」
「ポンポ~ン…スッポンポン…?」
「そうじゃそうじゃ。ええの、ええの!可愛ええの!呪文を唱える時は両手に乗せて唱えれば、こやつらはお前さんの助けになるじゃろう」
ニコニコと笑うお爺さんはスッポンポンというワードが気に入っているのかもう一度言ってくれんかの?と私にせがむ。
スッポンポン自体はあれだが、言葉に辱しめはないのでもう一度言うと可愛ええの!っと先程杖を回したときの魔法使いの神々しさはどこへやら、ただのエロ可愛ジジイになっていた。
やっぱりここにはアダルトものがあるんじゃね?と、疑わずにはいられなかったが、初めに恥をかいた事を思い出し、その考えをすぐに捨てた。
セットでないと薬は売らないと言うお爺さんに、帰り道に必要になると、訳の分からない事を言われた事もあり、まぁ安くはないが薬を買うためと、それらも一緒に購入することにした。
「まぁ、また困ったことがあったらおいで。逃げられん運命もあるじゃろうが、おそらく今日のこの日がお前さんにとっては良き道分かれとなるじゃろ…。当日はこやつらをポケットに忍ばせておくように。忘れるんじゃないゾ…フォッフォッフォッ」
と、全てを見通したかの様に語る、お爺さんを何となく眺めていたのだが、目的の買い物は出来たことだし、そろそろお暇しようと店を出ようとした時、ふと、このお店の看板を思い出した。
「そもそも、このお店の名前って【マジカル チャンコル】で合ってるんですか?」
「フォ?そうじゃ、チャンコルとはワシの名前じゃよ。何か気になる事でもあったのかえ…?」
「あ、いえ…そのお店の看板が古くて違う意味合いになってて…愛酒館も近いしことだしアダルトショップなのかと思ってたので。こんな事ならもっと早くに遊びに来ておけば良かったです。」
「アダルトショップ…?」
そういうとお爺さんは私と一緒に外に出て看板を確認する。
≪マジ チ ンコ ≫
フォフォフォフォ…と笑うとチャンコルさんは杖を振り看板を綺麗に作りたて同様に直した。
「またおいで」
そう、柔らかく微笑みやがら言うお爺さんは初めに見た時の可愛い印象のお爺さんになっていた。
ドアをパタンと閉じ、改めて直された看板を見る。
≪マジカルチャンコル≫
すごい穴場を発見してしまった!改めて今日来た事に感動しながら家路についた。