向かうは戦場…いや、戦城 ~早速下ネタですか?いいえ、そんなつもりはございません。~
思い出にびたびたに浸っていた私に、今にも泣き出しそうな壮絶な顔をした侍女ビビが私に声を掛ける。
「お、お嬢様…本当に良かったのでしょうか…?本来のお嬢様とは掛け離れたお姿で…いえ、今のお嬢様もお可愛らしいですが、いつものお美しいお姿で今宵の夜会に出席された方が…?」
心配そうに私の顔を覗き込むビビは本当に、宜しいのですか?と何度も私を伺う。
私は思い出に耽っていただけで心配をかけまいと、満面の笑顔を彼女に向けた。
「あら、全く問題ないわ!こんな姿、滅多に経験できないんですもの。それに今さらこの魔法は解けないわ!夜中の0時を過ぎるまではね♪」
ふふふ、と私はニッコリと彼女に微笑み掛ける。
左様でございますか、と諦めた彼女の俯いた顔にほんの少しだけ心が痛んだが、気にしてなどいられない。
今宵の夜会は7年に一度行われる他国の王族会議をした夜に、無事に滞りなく終わった事を祝して行われる夜会だ。
7年に一度3ヶ国の王族が友好をテーマにお互いの国の繁栄と栄進と題した会議を7年毎にそれぞれの国を渡って行われる。
そして今回の開催国はここネオタリス王国。
他国の王族貴族も呼ばれた夜会で聖なる晩餐会と称されたそれは、若男女にとって一世一代の婚活パーティと化す。
そこで出会い貴族としての地位をより確固たるものにする、というのがセオリーだ。実際に7年前の隣国ジプシーで行われた夜会では見事18組の縁談が成立。
こうして愛を育み友国を揺るぎないものに、という同盟が見事に功を奏して今に至る。
18歳で成人となるこの国で、今年成人を迎えた私。
しかもこの国での公爵令嬢となれば他国に嫁がせるにはうってつけの人材。
大嫌いな父に、そんな道具みたいに使われてたまるか。何よりこの身があいつの為になるような事になっては私は死んでも死にきれない。
そう、思っていた私はこの日のために入念に準備をしてきたのだ。
──1週間前───
7年に一度開催される王族会議を目前として、ここ下町も装飾の準備が進んでいた。
街中が無事に開催される事を祝してお祭り騒ぎなのである。
国を特徴とするである深緑色と金色をモチーフに、様々な装飾が至るところで街中を色づいていく。
これを目にすると否が応でも会議後の夜会の存在を思い出したのだ。
これまでも些細な夜会はあったけれど、社交好きな姉が皆勤出席し、もちろん絶賛嫌われ中の私は招待状を隠される、ドレスを切り裂かれるなど、鉄板の妨害で出席をする事が許されなかった。
当日エスコートの為に私を迎えに来た兄には申し訳なかったが、事情が事情なので無理やり連れていかれる事もなく…。
正直、この件に関しては姉に感謝だ。夜会は何より出会いを目的としたものが多く、出会ってすぐにパンパンスパパーンと処女、童貞卒業式…なる人が多いらしく、そもそもそんな所に出ようものなら政治利用をしたいであろう父親の思うツボである。
そんな訳で全く出席しない私は『ノワール家の謎の未確認次女』という、怪談話的なものに仕立て上げられた。
実際に私を見た者には幸福を…いや、見ただけで挨拶ができなければ不幸を…などおかしなでっちあげストーリーが出来ている事を兄から聞かされた時には、これは出るべきかと悩んだ時期もあったが…別棟に移ってからは兄に連れられ、聖なるいや、性なる夜会ではなく同性の多い昼会にでることで、ノワール家次女生存確認の噂を流し、不穏な怪談話を落ち着かせることに成功した。
だがしかし…
今回の夜会ばかりは話が変わる。
なんせ、この会に出席をしなければ不敬罪として厳罰に処罰される。
貴族としての爵位剥奪、もしくは投獄や修道院での軟禁生活など定められた法はまさに厳罰だ。
もちろん今回も姉が妨害にくるであろうが、もし妨害をしたとバレた場合はその者にも厳罰な処分が下される。
それを知っているのかどうかはさて置き、今回も姉は見事に私の為に用意をしておいた夜会用のドレスをこれでもかという程に切り刻まれた。
そう、微塵切りである。
今ではほぼミュージックショップで商いを勤しんでいる私は忙しさのあまり生活の基盤はほぼ別棟ではなくお店で出来上がっていた。
公爵令嬢がこんな下町で…と思われるかもしれないが、この辺りは治安が良い事と、演奏者メンバーであるロマが「ミウとビビだけじゃさすがに危ないわよ~~ハァト」と言い、泊まっていく生活で平和が保たれていた。
こうして私が不在となった別棟に姉が侵入…見事な銀布ドレスの微塵切りの完成である。
久しぶりに帰った自室で見た光景は白銀の世界を思わせる程の綺麗さで天晴れであった。
また、夜会1週間前という次のドレスの調達がギリギリ間に合うところを考えれば、チキンな姉が想像できる。
邪魔はしたいが罪は被りたくない。
切るならいっその事芸術的に、とでも思ったのだろうか。
基本全てにおいてスルーの父と継母とは裏腹に「次ミウに何かしたら殺ス」と兄に脅迫めいた事をされてからは非常にご無沙汰だった嫌がらせは私に感嘆をもたらした。
そしてドレスも新調せねばならないそんな状況でふと思い立つ…
いっそのこと、出るなら別人に変わって出てこの難を耐えしのぐか!
要は性なる夜会を本当に聖なるにすれば良いのだ。7年後の王族会議では私は25歳、立派な行き遅れ。
そうなれば公爵家であろうとわざわざ娶ろうとする変わり種はいないだろう。
ひとまずここを乗り切りビジネスさえもっと成功させ結婚は不要とすれば、おひとり様の完成だ!
お店の繁盛に夜会まで頭が回っていなかった私は、新たな目論見を現実の物とするために以前訪れた魔法屋で変身魔法を調達し、聖なる…性なる夜会を乗りきろうと考えた。
以前一度だけ訪れた、胡散臭さ100%の魔法屋
である。
というのもこの世界に魔法は存在するが、使える者は王族貴族のみ。
何の因果かはまだ解明されていないが一般庶民には使えず、魔法なんて夢物語と、信じる人の方が圧倒的に少ない。
貴族である私も魔法を使えなくはないのだが、どれだけ練習しても苦手で、唯一使えるものは特殊な物のみ。
生活する上で使用することもないので、どちらかというと庶民感覚が普通となっていた。
そんな事もあり『魔法屋』なんていう胡散臭さに加え、愛酒館という綺麗なお姉さま方とお酒を嗜むお店の近くにあり、万年閑古鳥が鳴く状態のその店はひっそりと存在していた。
≪マジカルチ ンコ ≫
領内マップを作成している時に偵察を兼ね、一度立ち寄った事がある…が名前がまさに魔法の男性器なのだ。
愛酒館の近くということもあり、男性の為のお店であろうと顔を赤くして入ったそこは見慣れない商品で溢れ、本当かどうか分からない[マグロになれる薬 10,000ベルタ][5日眠らずに元気MAX薬 30,000ベルタ]など…胡散臭いプラス下ネタ臭満載のその店に長時間いれる訳もなく、入ってすぐ、そそくさと出てきたのを思い出した。
胡散臭くはあるが、魔法の存在を知る私には、あそこなら見た目を変える薬があるのではないかと思い立ったのだ。
思い立ったが吉日、すぐに目立たない服に着替えお店に向かう。
もしや…潰れていたりして…
という心配もあり脳内マップを頼りに行くと、その店はひっそりと存在していた。
年季の入った木製のドアの入口に立ち、立て掛けてある看板に見ると息を呑む。
≪マジ チ ンコ ≫
たった数年でただの男性器店に変わっていた。
しかも、マジという意味を考えれば真実の男性器という意味である。
いやこの場合、本気の男性器か…。
そんなどうでもいいことを思考しつつ、改めて看板をまじまじと見ると、張り付けてある文字が取れていた事に今更ながらに気付く。
おそらく元は
≪マジカルチャンコル≫
全くお騒がせな話であった。