ファーストリップはミント味
覚悟を決めつつ声高々に宣言した私はそれぞれの思いに気付くこともなく、殿下と今後の為の作戦会議とやらをする為にその場を後にした。
殿下にエスコートされながらどこに向かっているかも分からずにいたが、その間にルシファーは修道院先が決まるまでは引き続き牢屋で隔離される事、継母にはまだ色々な嫌疑がある為、聴取が必要になる事を教えられた。また、継母と父は既に離縁処理がされているが王命であったという事を大々的に知らせる根回しが必要になるということも聞かされたが父の話しには興味がなかったので適当に聞き流していた。
父と兄はこれからの処理があるから忙しくなるだろうから暫くは会えなくなる、と殿下に謝罪されたが普段から特に会ってもいなかったので生返事しか出来なかった。
そして連れられた先───
「どう?口に合うかな?」
「はい、とても…美味しいです。」
只今絶賛餌付けされ中である。
明日の晩餐会に向けての作戦会議だと連れられた先は王宮が誇る、豪華絢爛の晩餐の間だ。
ペルシャ絨毯が敷き詰められた、だだっ広い大広間に通され、窓際の夜景が一望できる一番良いであろう席に通され、少し大きめのテーブルに殿下と向かい合い豪華絢爛ディナーを頂いている。
大きなお皿にちょこっとずつ載った繊細な盛り付けかの料理は正に絶品で、待ちすぎず絶妙なタイミングで次々出てくるコース仕立てになっている。
「食後にデザートはどうかな?」
「恐れながら殿下、デザートも嬉しいですが…とりえず明日の晩餐会の為の打ち合わせを急ぎしておく方が宜しいのではないでしょうか?」
「ふふ…ミウは真面目なんだね。」
「はぁ、真面目というか…明日の晩餐会で不備があっては困るのはお互い様なのでは?」
「まぁ、夜は長いし、これから…ね?」
慣れた様にウインクをする殿下は流石というかなんというか、『王子様』が様になっている。
同じ様にウインクしようとも口と頬が歪んだ形になり、こんなに綺麗には出来ないだろう。
まぁ、王族とは見られ魅せてなんぼのもんだからなぁ、などとそんなどうでもいい事を考えていると、殿下は突然真面目な顔をした。
「公爵令嬢でありながら、これまで私と接点がなかったのはどうしてなのかな?そんなに、嫌な顔をする程…私はミウに嫌われていたのかな?」
私は無意識に王子様ウインクを真似てた様だ。
慌てて令嬢仮面を被り直し、微笑を作りながら答える。
「いえ、嫌うなど…とんでもないことでございます。」
「ははは、今更取り繕って話すことなんてないよ?さっきルシファー嬢にしていたみたいに、ざっくばらんに話してくれないかな?」
「殿下、それはさすがに───」
「レオン」
「はい?」
「レオンと呼んで欲しい。婚約者である以上、愛称で呼ぶのが普通だろう?」
「はぁ…。では、レオン様」
「レオン、と」
愛称、呼び捨てに拘る殿下の目が猛々しい。
不興を買うよりいいかと諦め、呟く様に言う
「…レオン」
「なんだい?」
呼べと言われて呼んだだけなのに、満面の笑顔で何と聞かれても…とは思ったが、ついでとばかりに気になっていた事を聞くことにした。
「では、レオン。『緊急の産婆のリズム』とは一体何だったのですか?」
「あぁ、アレねぇ。そんなに気になる?」
「…はい!!是非とも教えてください!!!」
引っ張りに引っ張られすぎてずっと心で燻っていたのだ。音楽屋を営む者として最新のリズムがあるのであれば是非とも乞いたい。瞬きも忘れて見つめること数秒──レオンは目を見開くとニヤリと微笑んだ。
「なんなら…実演しようか?」
実演!?願ってもないチャンスに心が踊る──
「宜しいのですか!?」
「ああ、もちろん。何てったってミウの願いだからね?」
何だその特別感。一抹の不安が過るも気にせずにお願いしますと頭を下げた。するとレオンは優雅な所作で立ち上がり私の後方へ回る。
では、立って?と言われて何故か椅子を引かれエスコートされながらシャンデリアの下、少し広いスペースのある所へ連れられる。
え、リズムは見学希望なんですけど?
しかも、最後に出された苺のシャーベット、まだ半分しか食べてないんですけど??という疑問は対面するレオンの微笑みの前では言うことも叶わなかった。
「では、いくよ?」
コクリと頷くと、殿下はクスリと笑い右足を軸に1回転すると少し後方に下がり左側、顔の横で手2回叩く
そして1歩前に進み今度は右側の顔の横で手を1回叩くと、そのまま半歩近づいてきて息がかかる距離で止まる──
え、めちゃ近いし、てか全然産婆感ないんですけど…と思うも束の間──
レオンはそのままゆったりと跪くと前髪をサラリと揺らすと、スッと見上げてくる──
クスリと微笑むレオンは相変わらずキラキラが眩しくて思わず見惚れる程だ。
レオンはそのままゆったりと立ち上がると同時に私の腰に片手を回し、片手でくいっと顎を掬うと、レオンは顔を少し傾けそのまま顔がどんどん近付いてくる
息がかかる距離でさっき感じた何とも知れない良い匂いに包まれつつ、何が起こっているのか分からず固まっていると、唇にレオンの唇が触れる手前───
『チュッ』
リップ音がした。
唇に当たった…様な…当たってない様な…
そっと離れるとレオンは私の腰に手を回したまま眉尻を下げて言う
「ごめん、もしかしたら口付けてしまったかな?」
「イエ、当タッテオリマセン」
「だけど、私の唇にミウの柔らかな唇が──」
「いいえ!気のせいです!!」
怒りなのか恥ずかしさなのか訳も分からず顔が赤くなっている事は認める…が、こればかりは認めてはならない!
音で当たった気になっているだけだ!そう思い込み必死に弁解すると
「今のがキンジスキューター氏が彼の愛しの令嬢にしたサンバのリズムという名の求愛、だそうだよ?」
「求愛…?」
「あぁ、ミウは見てなかったよね?1ヶ月程前の夜会でキンジスキューター氏、通称キンキューが遂に愛しの花嫁を見つけたそうでね。そしてその夜会でのダンスタイム中、難易度の高いサンバの音楽が流れる中、まさかの公開求愛をしたんだよ。出会ったその日、その夜、その場でね。たくさんの人が見ている中で音楽が途切れたその時に聞こえたリップ音が『キンキューのサンバのリズム』の由来だったという訳だよ。そしてあの夜、酔っ払ったアダムス公爵がそれを再現しろとキンジスキューター氏に発破をかけてね…3国の重鎮が見つめる中、今のダンスをしたという訳だ」
「な、なるほど」
「だけどリップ音が難しいね。初めてしたけど、あの時の様な会場に響く音はできなかったよ。もう一度、してもいいかな?」
「結構です」
ファーストキスならぬファーストリップを捧げられ、羞恥に悶えたい所をなんとか耐えつつまたエスコートされながら席へ戻る。
テーブルに残されてたシャーベットは既に溶けていたが、まだ何とか食べれる状態だ。
熱くなった体を落ち着かせる為にこのまま食べようとスプーンで掬う─緊張からか唇が乾いて開けにくかったので舌で舐める様にして開く──するとほんのりミントの味がした。
「溶けたシャーベットもなかなか美味しいね」と微笑んだレオンはミドリ色のシャーベットだったことに今更ながらに気付いた。
ありがとうございました(..)




