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シンデレラが唄う時  作者: 山本トマト
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恨み言。

「お湯を沸かして!」


「清潔な布を用意して!!!」


「まだ力んじゃ駄目よ!!」



私が想定できる限りの緊急の産婆の様子だ。

リズムとは…これ如何に。

妊婦と赤子の見守る姿のリズムを踊るのか。



「もちろん、出来ますわっ!!」



自信満々な顔で、座り込んだルシファーは恍惚とした表情で言い切った───



「え、めちゃ見たいんだけど」



心の声が漏れてたのだろうか、この場にいる全員が私を見る。

目前にいる殿下も振り返ると少し残念な顔をしていた。



え?



ポカンとした顔のまま、ルシファーを見下ろしていたところで、殿下は再びルシファーを見ると口を開く。



「何も、私としろと言ったわけではない。リズムを踏めるかどうか、私の疑問はそこだよ。」


ルシファーは「え…」とトドメを刺されたように、恍惚としていた表情から、みるみる青くなり壮絶になる。



いや、何なの!!だから何の話!?



「殿下。緊急の産婆のリズムを私に分かるように説明してもらえませんか?」



痺れを切らした私は猫を被る気も失せ、少しワクワクしながら質問をした。



殿下は振り返ると柔らかな笑みを浮かべる。

カツカツとこちらに近寄ると私の両肩を持ち、ウインクをしながら「後で、ね?」と囁いた。



意味分かんないんだけど!!!

思わず、は?と言いそうになりぐっと堪える。

殿下はそのまま私の肩を抱きつつ横に並ぶとまた無表情になりルシファーを見下ろした。



「緊急の産婆のリズムを踏む、この意味を知るという事は、()()()()()()にいなければ知りようがないということだ。」



殿下はそう言うとルシファーは悔しそうに苦虫を噛み潰したような顔で凄んできた。



「私の…何がいけなかったのでしょうか?こんなにも、貴方を愛しているというのに!!!」


「悪いが、君には何も魅力は感じない。もう二度と会うことはないだろう。」


「そ、そんな…!!あ!!お、お義父様!そこにいらっしゃったのですね!!お義兄様も!!!助けてください!!私は貴女の娘で、そして妹なんですよ!!」



やっと見えたんかーい、というツッコミを呑み込み、ようやく喜劇は終演を見せる。



「私の妹は一人だけだ。」

お兄はドスの利いた声で告げると、次いで(あのひと)も一言言った。

「お前が助かる道理はない。」



「そ、そんな…」

完全に項垂れたルシファーは丸々しい手をぎゅっと握り、震えを押さえる様に拳を作っていた。



今まで大なり小なり色んな事嫌がらせはされてきたが、ここまできたら少し可哀想ではないか。

一応、彼女も継母に振り回されたからなのかもしれないし。

こんな、皆でフルボッコにしなくても…いいじゃないか。

間違いなく今あるのは同情心だろうが()()()()()()全て良しだろう、なんて考える自分はお人好しなんだろうか。



殿下が止めるのを制止し、ルシファーの元へ近づく。



目に涙を浮かべながら見上げる彼女に昔の面影はなかった───

弱々しく、揺れる瞳に捨てられた仔犬の様に思えて目の前にしゃがみこんだ。



約3年振りに間近で見る義姉は、あまりにも変わり果てすぎていたが、瞳はあの頃のままだった。



来た当初は仲良くしてたし、真夜中にベッドの中で二人声を殺して笑い合った事もある。


あまり一緒に出掛けることはなかったけれど、屋敷の中で二人着替えっこして、くるくる回ってどっちがよりドレスの裾を浮かせるか、なんて下らない遊びをしたり。



だけど気が付いた時には顔を合わせれば喧嘩ばかりになってしまったのは──どうしてだったんだろう。きっかけは恐らく些細な事だったんだろうけど日増しに加熱していく喧嘩に嫌気が差して逃げたのは私だ。



そんな多くはない良い思い出に浸っていると、弱々しくも最後まで強がろうとする、震えた声が聞こえた。



「…何よ。もう二度と会う事はないんだから、最後にあんたの言いたい事くらい言えば良いじゃない!!」



(言いたいこと…。『最後』か…。)



「う、恨んでるんでしょ、私の事。憎いんでしょ…、嫌いなんでしょ!?私はあんたの事が大っ嫌いだったわよ!だって…だってあんたは私が望む全てを持っているんだもの!どれだけ努力しても敵わない、どれだけ欲してもあんたみたいになれない。だ、だけど…私は、酷い事をたくさん…したわ…。許されないだろうけど…。」


「うん、そうね。許さないわ」



「ミウ、そのくらいに───」

(あのひと)が何かを言ってくるのを聞きたくなくて話を続けた。



「『ラスカの大冒険』の事はきちんと謝ってもらわないと許せないわ」



「「「「 は? 」」」」



ポカンと口を開けてこちらを見上げるルシファーの鼻の先にビシっと人差し指を突き立てて思っていることを捲し上げた──



「13歳の時のお兄からの誕生日プレゼントに貰ったラスカの大冒険の全20巻!!5巻以降、見事に表紙と中身をすり替えてくれたことよ!忘れたとは言わせないわよ!!6巻を手にしたと思ったらそれは8巻で、知らずに読んだら何故か主人公の姉が嫌みなハッカス副将軍に嫁がされてるわ、ラッカスの相棒バーリーは何故か首に怪我を負いコルセットが標準装備になってるわで訳が分からないまま読み続けた、次の8巻!!それがまさかの19巻でラッカスは何故か結婚してるし、姉は女将軍になってるし、バーリーはゲイに目覚めてたし!!!それでも気付かなかった私は大馬鹿者よ!!手にした9巻は20巻!怒涛の戦闘から手にした宝物は空っぽで、人にとって最高の宝は仲間だ!っていう安易なオチからの、まさかのスピンオフに繋がり最後はラッカスの幼少期の物語だったのよ!!!最終回を迎えてから一気読みするのを首を長~~~く、長くして、めちゃくちゃ楽しみにしていたのを…あんたは私からそれを奪ったのよ!!!ちゃんと謝って!謝りなさい!!!」




息継ぎもせず、言い切るとハァハァと肩で息をしているのが分かる。後ろから「ブフォッ!」と陛下だろう声が聞こえたが華麗にスルーした。



指を差され瞬きもせずに時折当時を思い出して白目になりつつ一気に捲し上げられたのが怖かったのか、ルシファーは面を食らった顔をしている。



そして、少し離れた所で私達を眺めていたお兄が呆れたように言う──



「お前、もっと他にもあっただろ。石投げられて怪我したり、階段から落とされて怪我したり…熱いスープをひっくり返されたり…気に入ってた人形をボロボロにされたり、服切り刻まれたり…。可愛がってたインコのピーちゃん()()()()()…」



ルシファーを指差したままそっとお兄を見る──

腕を組みながらやれやれと、言いたそうなお兄にラッカスの大冒険の恨みが伝わっていない事に不満を覚えたので睨みながら良い放つ──



「別に怪我された事はすぐに治ったから平気よ。それに、人形は私もルシファーのにやり返して坊主にしてやったからお相子だし…てか、え、何でお兄知ってるの!?てか…え!?ピーちゃん家出したんじゃなかったの!?」



お兄を二度見ならぬ三度見をしてしまう──仕方がないだろう。インコのピーちゃんの家出の真相を聞かされるとは思ってなかったからだ。

思わず差していた人差し指が震えた────




「···ごめんなさい。」




弱々しくも、絞り出した謝罪は素直な彼女の気持ちだったのだろう。何だか胸の凝りがストンと取れたような思いだった。

こうやって、いがみ合う前に話し合えば良かったのだ。そうすれば、今ここでこんな事にならなかっただろうし、義姉もモンスター扱いされずに済んだのかもしれない。



「私もごめんね。」



ふと口にした彼女への申し訳ない気持ち。


それを聞き終えると彼女はまた堰を切ったように泣き出した。


このままじゃ駄目だ──確かに彼女がした事は許されるべき事じゃない。だけど──



おもむろに立ち上がると、私はくるりと反転する。



そしてカツン…カツンとヒールの音を鳴らし、ゆっくりと殿下の前に立つ──そして深々と一礼(カーテシー)をした。




そして顔を上げ、視線を絡ませる──と、この場にいる全員が聞こえる様に大きな声でこう言った。




「殿下のワインに薬を入れたのは(わたくし)です!」











ありがとうございました(..)

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