王族ギャグは存在したのか
「えっ…は?…う、嘘…この人は…私?」
謁見室にて───
殿下が出したソファーセットのすぐ隣に直径2メートル程の薄い膜で出来ている、水の様な球体の中に1人の女性がいた。
彼女からは何も見えていないのだろう、時折口をパクパクとしている所を見ると何か喋っているであろう、彼女からの声も遮断されている様だ──
彼女は球体の中心で、後ろ手に縛られ立たされている。着用しているドレスは薄ら汚れており、胸元にはワインを溢したのだろうか、赤黒い大きなシミがある。だが高価な物には違いないのだろう…何故ならかなりダサいからだ。
原色の黄色と緑のレースを交互に何重にも巻き付け所々に赤やら青などの宝石の塊を縫いつけられ、エスカルゴ型のベアドレスは華奢な彼女の肩から生え出るようで、形は最早ティーポットカバーだ。
(そういえば昔、ママと一緒に木に飾りつけをした事があったな…。冬だったっけ??ああ、何か似ていると思ったら!あれだ!あれに似ている!何だっけ…クスのツリー?クズノヒトツリー?なんかそんな名前だった気が…)
執事が連れてくると言った後、程なくして1人で戻ってきた。【例の人】は何だったんだと思っていた矢先に、ソファーの近くに水色の石を置きそれに向かい魔術詠唱を始めたのだ。
すると、彼の目の前に魔方陣が浮かび上がり、自分と似ている女性が現れたのである。
彼の目の前に膜に決して触れないようにと念を押され、陛下にこの女性をよく見なさいと言われて舐めるように眺めていた。
初見、自分かと思うほど似ていると思った…が、所々自分に似ている…気がするが、私に比べると彼女は目が少し釣り上がっており唇も厚く艶っぽい…何より胸が全然違う。自分はリンゴ2つとするならば相手はメロン2つだ。
そして何となく、あ、化粧を濃くしたら似るのか?程度な気がしてきた。
全ての観察が出来てきた所で私は口を開いた
「こちらの方は…どちら様でしょうか?」
「「「「······。」」」」
何故に沈黙…?
首を傾げつつ全員の顔を見渡すも無言の姿勢は変わらない。すると陛下はこう尋ねる──
「それが、ミウの答えだね?他に思うことは?」
「は、はぁ。そうですね…私に似ている…のかなぁ?と…思いますが。」
「うん、そうか。わかった!セバス、そろそろ呪縛を解いて。念のため足元は…分かっているね?」
「畏まりました。」
執事はまた何やら詠唱を始めると割れる様にして膜は光を放ち消え失せる──
一瞬の目映い光に目を取られ、顔を背け目を瞑る。すると、背中に温かな感触を感じる──
「ミウクレイシー嬢、大丈夫か?解呪の魔法だから怯えることはないよ。」
幼子を宥めるように背中を撫でられる。決してビビった訳ではない、ただ眩しかっただけなのだ。この気持ちはこの瞳を持つ者以外には分かりようもない。
「いえ、大丈夫です───」と、そっと目を開けて殿下を見ると、蕩けるように破顔した微笑の殿下と目が合った──心臓が止まったかと思うくらいにドキッとすると、今度は殿下のキラキラに当てられ、またしても視界を失う気がしていると───
「こぉぉお~のぉおお~どぅろ棒ぉお猫ぉぉおお゛!!」
地を這う様な低音ボイスに、どもった声で怒鳴られる──
咄嗟の怒声に側にいた殿下の腕の服を両手で掴んだ
ゆっくりと振り返ると───
謁見室にモンスターが現れた!!!
ヒッ!!喉が引き攣るような声が出た。
あ、私も女だったんだと思う程に、か弱い声が出た。
咄嗟に殿下は私の肩を抱き寄せ守るような姿勢を取る──と、自分の倍程ある肩幅と頭ひとつ分高い上背に思わずドキッとして目の前の殿下の横顔に目を奪われる──
横長の整った目に長い睫、通った高い鼻、きゅっと結ばれた唇に陶器の様な吹き出物とは無関係の白い肌。
その横顔に視線を逸らせずにいると気付いた殿下ゆっくりと、こちらを見る──大丈夫だと言い聞かせる様な優しげな金色の瞳に鼓動が激しくなるのを感じる。柔らかな微笑にモンスターの存在を忘れかけていた頃──
「ゎたすぃの、おおずぃ様にぬぁにすぅいてくれてんぬぉよぉお゛ぉおー!!」
我々は戦闘中だったことを思い出した!!
え、てかワザとどもった声で喋ってません??くらいのどもった声で罵声を浴びせられた様な気がした。
如何せんどもりすぎて最早何を言っているのかは分からないが、先程よりも赤く高潮しきった顔に腫れぼったい目で睨み付けられ、鼻息が荒く呼吸の度に大きくなる鼻の穴からは湯気が見える気がする──そして引いた顎の下にはたっぷりの二重顎は肉の厚みが凄まじくて輪郭の様に思えた。
この光景───!!!
夜会の広間に入る手前、大きな鏡に写る自分!
『カツアゲの術』だ!!!
咄嗟にジャンプして見せようかと思ったが、激昂するモンスターから私を守ろうとしているのか肩を抱いていた格好だったが、今ではほぼ抱き締められる状態で身動ぎすら取れない──が、何で男の人なのにこんなにいい匂いがするのか。
思わずクンクンと嗅いでみた──が、
「ごぉおぬぉおゃやろぉおお゛ぉ!!!!」
メンタルポイント30のダメージ!!
特に食らっていないが、何となくそんな気がする。
何を言ってるのかは分からんが取り敢えずこのモンスターは凄いキレてる!!
そしてそこでハッとする…
先程の…膜の中にいた女性はどこにいったのか。
ここへきて漸く、疑問を口にする。
「あなた…誰??」
「ぬぁんですってとぇ───」
「いい加減静かにしてくれないか。」
「聞くに耐えぬ。セバスよ、声だけでもまともにしてくれ。」
殿下が口を開くと同時、陛下も苦言を呈す。
これだけでも相手のダメージは計り知れないだろうが、真っ赤に染まっていた顔はみるみるうちに青ざめていく───
ブツブツ聞こえてくるのは視界端にいる執事の詠唱だろうか。
唱え終えると聞き覚えのある声がした。
「…殿下!!レオン殿下!!何卒義妹に騙されないでください!!悪いのは義妹なんです!!あぁ、お願いです信じてください!!私は騙されたのです!!常日頃から虐げられていたのです!刻印は…刻まれていた事など知らなかったのです!!」
殿下しか目には入らないとばかりに許しを乞うこの人物は今───義妹…と言ったのか…??
目と口が開いて塞がらないというのはこの事だ。
というか、何やら物騒な情報が多すぎて頭で処理が追い付かない──
こういう時はどうしたらいいのか?誰か教えて頭の良い人!と思っていると願いが届いたのか、そっと腕の力を緩めた殿下が状況を簡潔に説明してくれる──
「ルシファー元公爵令嬢。貴女の母についての罪は今は問わないが…貴女はミウクレイシー嬢の名を騙り、父ダグラスとの不仲を高位貴族に説いて回っていた。そして自分が王太子妃に就いた暁には、公爵当主であるダグラスを失脚させ、血の繋がりのないジーンを僻地に追いやるという計画を話し、その後釜に公爵の爵位を譲り受けると方々に発破を掛け、王国法第七条三項にある不義理の法を犯した!また、私と水面下で婚約の儀を交わしたと嘘を吹聴し私に対する不敬罪、並びに母キャサリンは隣国ダナン国アウディ閣下に偽りの手紙を送った疑いは既に、我が国に不益をもたらした罪に当たる!!更に、夜会の場にて刻印された化魔法を消さずに参加し、また極めつけは私に薬入りのワインを飲ませようとした重罪人である!!」
ルシファー…とは!!義姉か!?本当にあの義姉なのか!?
変わりすぎだろ!なんだその代わり映えは!?
化魔法か!?私と同じ類いか!?
それもそうだが
え!何重苦、いや、何重罪ですか!?
音楽でいうと三重奏?いや四重奏くらい?
「まさか貴女…ルシファー…なの?嘘でしょ??」
確かに元々キツイ目はしていた当時、美少女で有名だった。何より母キャサリンの再婚時は艶やかな茶色の髪が特徴的で女らしい体つきをした、とても綺麗な人だったと記憶している。
清純で童顔の母の真逆にある人──そんな人に父は陥落したのだと思っていたのだが…
そして、そのキャサリンをそっくりそのまま幼くしたのがルシファーだったのだ。
見た目だけは愛らしかったのにね。
何でこうも太ったのか…いや、今が魔法中なのか…?
何にても…再婚当時は可愛かった、うん。
『王命で再婚させられた──』
突如、先程の陛下の言葉が甦る。
もしかして、もともとキャサリンは王族に入るために公爵家に嫁いできた──が、母キャサリンではなく娘のルシファーを王太子妃にさせる為に父を狙っていた──?
その事に気付いていた国王は父と再婚させた──?
「きちんとお話させて頂ければ、お分かり頂けるかと存じます!!!」
依然と様変わりしながらも、鼻にかかった甘さを帯びる声でルシファーは必死に殿下に懇願する──
ルシファーの目を真っ直ぐに捉えながら殿下は私の肩から手を放すと、ゆっくりと私の前に立つ──これまで一度たりとも聞いたことのない低い声で一言「いいだろう」と、答えると、尋問の様な質疑応答が始まった。
「では、まず。貴方が今の姿ではない時…ミウクレイシー嬢に似ているの何故だ?血が繋がっていない上に幼き頃は可憐なミウクレイシー嬢に比べ、貴方はまた別の種類の美を持つ少女だったと、聞いたが。」
「そ、それは…一緒に住めば似てくるというものでしょう!?7年間共に住んでいるのです!ずっと側にいれば血など関係ございません!」
「調べによると、ミウクレイシー嬢は既に別館に住み3年が経つという。ずっと一緒にいればというのは既に嘘ではないか。だが、その体に刻まれた刻印を調べればすぐに答えは出るだろうが。」
「そ、それは…ですが4年も7年も変わりませんわ!それに、刻印に関して私は存じ上げません…!!」
「自分の体にあるのに気付かないとは恐れ多い。それでは、自分が婚約者であると謀ったのは何故だ?」
「た、謀るなど…しておりません!!その婚約をしたいと、友人の令嬢達に申したのは事実です。…昔、殿下が私の事を…初恋だったと仰っていたというのを王城にいた時にたまたま聞いたからです!だから、殿下の思いに私もお応えしようと思い…そうなればと願ったまでです!!」
「もし仮に、幼き頃に私がその様な事を言った事実があったとしても、それは断じて君ではない。そんな風にしてまで私の婚約者を謀ろうとした上で、7年に一度のあの夜会が終わると同時に…人が少なくなったのを見計らい、私を殺そうと…薬を盛ろうとしたのか。」
「こ、殺すなど!!とんでもありません!!く、薬なんて私は存じ上げません!!ただ、たまたま手にしたワインが美味しかったので…是非殿下にも飲ませて差し上げたいと思っただけなんです!」
「調べによると、あのワインにはかなりの高純度の媚薬が入っていたそうだが…?」
!?!?
び、媚薬!?夜会後って事は…12時過ぎの出来事…?私とひと悶着あった後の出来事か…。
ってかそんなものを本当にルシファーが飲ませようとしたとして…一体ナニをしようとしていたんだ…。
それにもし王族エリアで殿下が誤って飲んでいたら…既にお酒で出来上がった隣国王族がいたとしたら…
『いやぁ、殿下もご立派になられましたなぁ~ワハハ!お?こんな時に殿下の殿下もこれまたご立派で!ワハハハハ!!』なんて親父ギャグならぬ王族ギャグが飛び交う事には…ならないだろうが。
駄目だ、完全に下町に染まりきっている私には今は喜劇を見せられている気分だ。笑い事ではないのだが。
「そもそも君を警戒していた頃から渡される飲食物には一切手をつけていない。それにあの時、鼻が利くウィリアム王太子が気付いて咄嗟に君が差し出したワイングラスをひっくり返し…君自身が薬入りのワインを被ったお陰で…何故か君にかけられている化魔法が弱まってしまったみたいだしね?」
「…そ、それは…私にも何がなんだか…ですが、私は途中まで王族エリアにいなかったんです!!ですから何者かに薬が入ったワインを持たされたに違いありません!…それにそのワインがかかったせいで私がこの様な醜い姿に変わったとしか考えられませんわ!!そして…こんな事をするとするなら…それは他ならぬ私に恨みを持つミウ以外におりませんわ!!!」
「…ならばこれが最後だ。」
殿下が人差し指と中指で空中を一振する──
と、拘束されていたルシファーの縛りが解けて自由になる──
ルシファーは緊張の反動で力が抜けたのか、その場にへたりこんでしまった
殿下は一歩、また一歩と優雅な動作で彼女に向かって歩いてていくと見下ろす位置にまで近づき相変わらずの低い声でこう囁いた──
『お前は緊急の産婆のリズムを踏めるのか?』
またしても謎が湧き出た瞬間である──
ありがとうございました(..)




