爺はいつ如何なる時も見守っております。
少し短いです…すみません:-(
「お待ちください!!!」
座ったままゆっくりと振り返ると、視線の先──
10歩程先にはこの世で一番会いたくない人がいた。
咄嗟に上体を元に戻す──
目蓋は開いているが、目に写るのは真っ暗闇の中の様に、何も焦点が合わないような、虚空を見ている気分だった。
もしかしたら会うかもしれない。
この場にいるかもしれない。
嫌すぎて考えないようにはしていたし、そんな事を考えるための労力は使いたくなかった。
ただ、ひたすらに今この場を耐えしのぐしかない──
そう考えているとふと、殿下と目が合った気がしたが、さっと逸らした。
「陛下!!私は申し上げていたはずです。この件、娘は一切関与しないと。また此度の娘がした件はジーンより聞いておりますが、既に罰則金は昨日のうちに上納する手続きをしたはずです!なのに…これは一体どういう事でしょうか?」
怒りの籠った声で話しながら、革靴の音を鳴らして私たちの後方で止まる。
お兄はさっと立ち上がり父に席を譲ったが…代わりに座る気配はない。
既に上納の手続きをした──と、そう言ったのかこの人は。
陛下は私をチラリと見ると、真っ直ぐに父を見る──
「それなんだけどね、昨夜のうちにレオンから話があってね…。君の上納書は内々に私が止めたんだよ。それに、レオンの提案は…私も良いと思ったしね。何しろ…王命でキャメルと再婚させ、目を付けていなかったルシファーを使って王族に成り上がろうなんざ…あの時の誰が予想した?」
「その話は今関係のない事です。」
「確かに関係はなかったが、たまたまミウが行動を起こしてくれたお陰で我が国が危機を乗り越えられるチャンスが訪れたんだよ?」
突然、バンッ!!とローテーブルを叩きつけドサッと横に座る。
「私の娘は、政治の駒ではありません!!!」
大きすぎる声に右耳がキーンとなる──
だが、父親の陛下に対する横柄な態度よりも、私の心はこの言葉で占められていた。
王命で再婚──
どういう事なのか。
父親は母が死んでその翌年に再婚している。
継母キャメルと添えたいばかりに母を殺したのではないかとあの時からずっと思っていた──が、どういう事だ…とふと右隣に座った父を見やると
金髪だった髪はグレーに様変わりし、目尻には皺が増えていた。
頬は痩け昔はとても美丈夫で人気だったという父は、もうどこにもいなかった。
『パパはねイケメンだし、育メンだし…格好良すぎてママはいつも心配なのよ?』
『パパに愛想を付かされないようにママ、頑張らなくっちゃ!!』
『ジーンもミウもだーい好き!だけど、パパが一番だーーい好きなの!!』
母のいつかの声が脳内再生される。
あの父は、こんなんだっただろうか──
いつからこんな風になったのだろうか──
あの日からまともに口を利いてなければ、顔も見ていない。
じっと見すぎていたのか、視線に気付いた父は私を見る。
何年振りに視線が絡むと──父の瞳は何かを言いたそうに揺れていた。
バッと目を逸らして顔を前に向ける──と、見かねた陛下が父に声を掛ける。
「ダグラス、私も人の親だ。お前の娘を心配する気持ちはよく分かる。だが私としても、これはチャンスだと思っている。キャメルのこれまでの事で、どの派閥が生まれていたかも漸く把握するに至ったのだ。それに、もしお前がミウの罰則金を上納するとなれば…罪を償ったとしてミウは犯罪歴を持つ事になるんだよ?だが、レオンの提案に乗るなら無罪放免だ。何故なら彼女の化魔法薬はレオンが指示した事にするからね。」
「殿下のお手を煩わせずとも、ミウは私が守ります!第一この法自体まだ可決していな────」
「お引き受け致します!!」
気付いたときにはそう言っていた。
そして思っていた以上に大きな声が出たせいか、その場にいる全員がピタッと固まる。
守ってもらうなんて、許せない。
そんな事、されてたまるか!その一心で私は真っ直ぐに殿下を見つめる──と、ガッと両肩を後ろにいたお兄に掴まれた
「ミウ!お前は最後まで父上の話を───」
「お兄様、お話は十分です!」
強く掴まれたせいで肩の痛みに身動ぎし、ガバッと立ち上がりお兄を見る──
「ミウ、お前は少し冷静に──」
「私はいたって冷静です!」
「どこが冷静なんだ!お前は父上が関わるといつも──」
「自分の身は!!自分で守れます!」
「っ!?馬鹿な事ばかり言いやがって父上がどれだけお前の事を心──」
「お兄の方が馬鹿じゃない!これまでも、これからも私は───」
「お前達っ!!!!御前であるぞ!!」
父が窘めると、途端に静かになる──が、言い合いをしていた私とお兄の荒い息遣いだけがこの空間を包んでいた。
「お見苦しい所をお見せし、誠に申し訳ございませんでした。」
お兄は綺麗に一礼すると、ジロッと私を睨む。
私もクルリと反転し、大変失礼致しました、と淑女の礼を取りそのまま着席した。
「まぁまぁ、喧嘩するほど仲が良いと言うからね…」と陛下が宥める中、これまで空気と化していた案内役の執事が口を開く。
「陛下、並びに殿下。お話の所、恐れ入ります。例の者…そろそろお連れしても宜しいでしょうか?」
「ああ、頼む。」
陛下は片手を挙げて答えると執事は「畏まりました。」と言い執事は綺麗に一礼する──と、階段の横、奥に消えていった───
この後登場する人物に私は驚愕することになるとは、この時欠片も思わなかった。
ありがとうございました(..)




