熱愛発覚
今回は階上に案内され、ゆっくりと階段を上がっていく───
真っ直ぐに延びる階段を上がりきると、天井は吹き抜けでこちら側には天井絵はないのか、と少し残念に思いつつ、どこまでも続く奥を目を細めて遠くを見るように眺めてみると──
しばらくいった先にまた正面の階段があり、ここから見ると脇には騎士と思わしき手のりサイズの大きさの人間が見えた。
あの大きさから言って、あそこまでかなり距離があるのだろうと思わせるには十分だった
真っ直ぐに繋がる通路と左右に広がる通路がいくつもあり、案内されるがまま歩いていく。
左に曲がったり、右に曲がったりして、やっと通された部屋はかなり広い客室だった。
案内してくれていた侍女頭は「こちらで少々お待ちください。」とだけ言うと、綺麗なお辞儀をして退出していった
パタンと丁寧にドアが閉まり、ようやく部屋の内部を見渡せた。
明らかに団体様用の大きすぎる部屋には、華奢な作りの見ただけで分かる高価な調度品の数々が、首尾良く配置されており、さすがの一言しかなかった。
一貫として無言でいたが、爺が椅子を引き、どうぞ、の一言でようやく一息つけた気がした。
豪華絢爛とばかりの様子にかなり居心地は悪かったので、お兄と爺の3人だけという空間に内心ほっとしていた。
爺に促されるまま座ると、お兄は慣れた様に向かいに座る
お茶を手配して参ります、と爺が言うと部屋の外に出ていった。
はぁ~…と小さく溜め息を吐くと、お兄はおいおいと言いながら眉尻を下げて困ったように言う
「本番はこれからだぞ?だけどまぁ、ちゃんと『公爵令嬢』してる姿を見て安心したよ」
「お兄のお陰でね?嫌でも体は覚えてるみたい」
肩を竦めて言うと、じゃあ今のうちに、とお兄は事実上の死刑宣告をしてきた。
「これから、陛下の謁見だ」
!!!
え、早速ラスボスですか!
早くないっすか!?
陛下へのご挨拶はしないといけないと思ってたけど…まさかの今日!?いや、それは後日に設けられたんだと思ってたんだけど…
目を大きく見開いていると、兄は両腕を組み直して言う
「本来であれば、今日は殿下との靴の下りの話…の予定だったんだが、色々と判明したことがあってね」
「判明?」
「あぁ、そしてお前は陛下から直々に質疑応答を受ける」
「はっ!?え、何で、そこに陛下なの?普通は法官とか文官とかその辺りなんじゃないの?!」
お兄はポリポリと頭を掻きながら、あぁ~と言いにくそうに続ける。
「まぁ、色々とあってだな。今回は身内だけって事になってる」
「身内って…まさか王族と公爵家のみってこと?」
「ああ。だから、今回は陛下、殿下、私達…という事だ」
「…なんだ、私は他国貴族も含めて法務官に徹底的に裁かれるんだとばかり思ってた…」
想像では2、30人くらいに囲われて、阿吽紛糾の怒号が飛び交うとばかり思っていたのだ。
「おいおい、なんでそんな想像になるんだ…?まぁでも普通は興味の面子だとガタガタ震える所なんだが…」
「へ?何で?」
訳も分からず首を傾げるも、何でもないと苦笑され、ゴホンと咳払いをする。
「お前は陛下、もしくは殿下より質問を受ける、それに正直に答える様に。間違っても誤魔化したりしないこと。あと、何があっても『再現魔法』は使わないこと。いいね?」
コクンと頷いたところで、控えめなノック音がした。
途端、2人とも貴族モードに切り替えつつ、そんな事が可笑しくて顔を見合わせて苦笑した。
兄がどうぞと言うと静かにドアが開く。
「失礼致します、お茶をお持ち致しました。」
爺と思っていたら、先ほどの侍女頭がワゴンを押して入ってくる。
後ろから確認するかの様に爺が次いで入ってきた。
コポコポとお茶を淹れる音が聞こえてくる。
その様子を何気なく見ていただけだったのだが、侍女頭とバッチリ目が合ってしまった。
条件反射であろう、ニコッと微笑むと、彼女もまた微笑し、綺麗な顔が綻ぶ。
ゆったりとした動作でソーサーを持ちながら目の前に置くとリンゴの香りがフワッと広がる
「良い香り…」
「ミウクレイシー公爵令嬢様にはアップルティーをご用意致しました。またジーンアウス次期宰相様にはいつものペパーミントティーをお淹れしております。」
ん?と思いつつも、久しぶりに名前をフルで呼ばれて、体が強張る気がした。
「ミウ様、少し宜しいでしょうか?」
爺が、胸に手をやり一歩踏み出す──
爺は執事の鏡の様な人で、外では決して愛称の様付けで呼ばない。
珍しい事もあるもんだと思い、どうしたの?と聞くと胸に当てていた手をそのまま侍女頭に向けた
「私事で恐れ入りますが…こちら王城にて侍女頭をしております、我が孫娘のアントワでございます。」
……!!!
「そうだったの!?そういえば確か、爺の一家って伯爵家なのにご当主以外は皆執事してたもんね!もっと早く言ってよ~!!あっ!!確かに目元とか婆に似てるかも!」
一瞬にして令嬢仮面が崩れ落ち、しまった!と思う頃には時既に遅しである。
爺とアントワが微笑む中、お兄が呆れたように苦言を呈してきた
「ミ~ウ~、気を緩めない。ここは家じゃないんだから、もう少しマシな顔しなさい。はぁ~…兄ちゃん心配だわ。」
「フフフ、そう仰るジーン様もなかなかのリラックスモードにございますよ?」
爺が私に加勢したと思うと、次いでアントワも加わった。
「ええ、私も初めて人前で顔を緩められたジーン様を拝見した気が致します。」
いつもの…からの
初めて…人前で…?
てことは…?
ニヤニヤしながら2人を見やる。兄は、しまった!みたいな顔をしており、アントワは一瞬目を見開いたがそのまま固まっていた。
その様子を見てやっぱり、と確信する──
「じゃあ、人前じゃなく、アントワの前だと…つまり2人きりの時だと、よく顔を綻ばせているのね?」
「「…!!!」」
「お嬢様、さすがでございます」
爺は相変わらずニコニコとしていたが、お兄とアントワは更に驚いたのか2人で同時に爺を見るとそのまま固まっていた。
冷静沈着…お堅いイメージで通っているという噂の兄が狼狽えるとこうなるのか、なかなか珍しい物を見たなぁ~なんてと思いつつ、ズズとお茶を啜っていると、柔らかなリンゴの甘さが口の中に広がる──
流石王城のお茶はウマイ。
「ミウクレイシー公爵令嬢様、きちんとご挨拶もままならなず、この様な形でのご報告となり、誠に申し訳ご──」
深々と頭を下げようとしたので、寸でのところでピシッっと手で制した
「何も謝る事なんてないし、そんな固い呼び方止めてよ!ミウでいいから、ね?それにしても、こんな事で固まるお兄様でいいの??こういう状況だと普通、貴女より先に口を開くべきだと思うし、何が冷静沈着の美丈夫なのかしら?呆れない?」
「いえいえ、滅相もございません!わ、私がつい口走ってしまったせいで…ジーン様にご迷惑をおかけし──」
「迷惑などでない!!いや、ミウがそんな一言で気付くと思わなかったのと、まさか爺も知っていたとは思わず、その驚いてしまって…不甲斐なく固まってしまっていた。爺…いやディーク殿!!貴方が知る前に先に報告すべき所、既に耳に入っているとは知らず、不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫び申し上げる!!」
お兄はガバッと立ち上がると、綺麗な所作で深々と頭を下げる──
その姿を見たアントワはすかさずお兄に顔をお上げ下さい、と懇願していた。
優しく微笑んでいた爺は、相変わらずの優しい声で話し始める。
「我が孫娘は、あまり笑わない子でした。それは執事の家で生まれ育った性だったのかもしれません。当たり前のように令嬢としてではなく、侍女として教育をし、たくさんの道があるにも関わらず、同じ道を生かせてしまった──そんな負い目を感じておりました。」
遠い目をしながらも、優しい眼差しの爺はいつもの執事ではなく、祖父としての顔だった。
「可愛い孫娘が王城へ仕えるようになり、それでも何も変わることはなく、日々淡々としていたのが…ジーン様と出逢い、恋をして少しずつ笑うようになったと知ったときには狂喜致しました。そして、お相手がジーン様であったことに、私は心から神に感謝しましたとも…今後とも、アントワを宜しくお願い致します。」
爺はお兄に深々とお辞儀をする。
爺の言葉に目を潤ませポロポロと涙を溢していた…のは
私だけだった。
「ミウ…アンティが泣くならまだしも…何でお前が泣いてるんだ?」
「だって…だって感動したんだもん!爺の優しさとか…!そういうのに!!」
おやおやと、言いながら爺はハンカチを差し出してくれる───が、アントワの目はカラッカラに乾いていた。
「孫娘もミウ様の様にお心お優しくあればよかったのですが…」
「ええ、確かにミウ様は私と違いお優しくいらっしゃると、今まさに実感しております──が、お祖父様がいつも使う、お涙頂戴トークでは冷えきった私の心には掠りも致しませんわ、お祖父様」
キーンという音が出るほどに冷たい声で言いきると、そのままツーンとそっぽを向くアントワにお兄はアンティと呼ぶとウッすら顔を赤く染めていた。
え、爺いつも使うのか?なんて思いつつグスグス言いながら爺を見ると何とも困った顔をしていた。
ぐすんと、ひとしきり泣き、落ち着くとアントワは化粧道具をお持ちします、とそそくさと退出していった。
「爺、こんなお兄だけど…悪い人じゃないから…許して上げてね?」
「ジーン様のような芯のある男性に見初められた孫娘は大層幸せ者にございますよ」
「ミウ、妹のくせに何で、親目線なんだ…」
「だって!!あのお兄に恋人だよ!?え!てか婚約はいつになるの?式は!?」
お兄は飲んでたお茶が変なところに入ったのかゴホゴホむせだす
「ゴホゴホ!!い、いや…ところで今はそんな事より」
「そんな事…?」
爺の空気が悲しいものに変わる ──
「いや、そういう意味じゃなくてだな!!その、言葉の綾だ!」
「ふ~ん」
「み、ミウもそんな目で見てないで…お前はこれから陛下の謁見なんだからな!!いい加減令嬢の顔に戻れ!」
ふいっと不貞腐れた様に兄がそっぽを向く
気まずい空気が流れるなか、ノック音がした。
「入れ」と不機嫌そうな兄の声にもおくびも見せずにアントワは入室した。
不機嫌なお兄を気遣う様な視線を送りつつ、あ、ごめん!君に不機嫌になった訳じゃないからね的なニュアンスの視線を絡ませる──
いや、視線絡ませるくらいなら喋れよ、と内心ツッコミつつ、アップルティーをズズズと啜る。
たくさんのメイク道具が入った籠を持ったまま、私が飲み終わるのを待ってくれていた──ごめんね?と言うと、とんでもございません、とニコリと微笑み、お化粧直しを致します、こちらへどうぞと部屋の奥張ったドレッサーに案内された。
アントワにされるがまま、化粧を直された所で部屋のノック音が遠くから聞こえる──
お兄と誰かの話す声が聞こえた思ったら後ろから爺に声を掛けられた。
「お嬢様、お時間でございます。」
「分かったわ」
目の前の鏡を見る。
そこには気を引き締め直した令嬢の自分がいた──
ありがとうございました(..)




