完全なる羞恥プレイ
ドレスが決まり、お茶菓子の色とりどりのマカロンを食べ、金策をどうするかとぼんやり悩んだ後、メインダイニングで1人夕食を取っていた
これ以上考えてもしょうがない。ひとまず明日、なるようになる!!そんな事を考えていたところで兄が帰宅する。
挨拶もそこそこに、兄は食事は済ませてきたから、私の食事が終わったら部屋に来なさいと、言い踵を返して行った──
しっかりと夕食を食べ終え、兄の部屋に直行する。
コンコンコン──
ノックをするとすぐ、入りなさいと中から返事が返ってきた
がチャッと開けると兄は書斎のデスクで書き物をしている。
「忙しそうね。幸福日らしくゆっくり休めば良いのに」
「文官には色々とやることがあってね。すぐに済ませるから少し奥のソファーで待っていてくれ」
「はーい」
そう言うと横広に繋がる応接セットのソファーに深く腰をかけた。ほとんど帰って来てない証拠に本棚にある書物は代わり映えのないものばかりだ。
少しして、コツコツと足早に兄が向かいのソファーに座った。
「お待たせ」
「もういいの?」
「あぁ、目を通すだけだったから。それにしても足はもういいのか?」
「平気、もう何ともないよ」
「そうか、それは良かった」
お兄は柔らかに微笑むと、突如真面目な顔になる。
真剣な話なんだろうと、こちらも背筋を伸ばしてまっすぐに見つめた。
「今朝、登城が明後日になると言ったが、時間が確定した。夜6時だ。」
「分かりました」
「あと、これを…」
そう言うとお兄はローテブルの上にコツンと片方だけのガラスの靴を置く
「ミウ、率直に聞くが、この靴の片方は…城に忘れてきたか?」
「…あ!た、たぶん」
確か、左足の靴はフローリングに刺さったままだ…
あの突風で一緒に馬車に吸い込まれたと思っていたのに…。
お兄はがっくりと項垂れやっぱりかと小さく呟いた。
「実はな、殿下が城に残された靴の持ち主を探している。」
「…はぁ」
「何やら、きちんとお詫びしたい、と仰せだ」
「お、お詫び?」
「何に対してかは知らんが…何か心当たりはないのか?」
あの様な場所で何をしていたか咎められる要素はあっても謝られる筋合いはない。
自信を持って、いいえと首を横に振る。
お兄は、そうかと言うと話を続けた。
「実はな、靴が片方見つかった場所に、録音石を用意していたそうだ」
「録音石?」
「あぁ、魔法具で、その場に置くと周辺の音を吸収し、石に保存する事ができる魔法石だ」
「はぁ」
「そこでだ。昨夜、その録音石を確認したところ、一部を除いて音が入っていなかったらしい。」
「一部…?」
「ああ。それが…殿下の声と女性の悲鳴だけだったとの事だ。設置されている間、何らかの影響で録音石が無音の状態に陥っていたと考えられる。」
「…。」
嫌な予感がしつつも話の続きを聞く。
「録音石が置かれていたのは床下の中。録音石は空気に触れることが絶対条件だ──だから設置した床下の蓋を閉めることは出来なかった。まぁ、まさかそんな所に設置するなんて事、殿下も思いもしなかったようだが…。で、率直に聞くが…その中にお前が嵌まっていた。間違いないか?」
「…確かに床下に嵌まっていたけど、まさかその下に魔法具があるなんて知らなかったもの。てか、王城に録音石を設置するとか、どういうこと?本当に話が見えないんだけど?」
「まぁ、最後まで聞いてくれ。話を続けるぞ──
他の場所にも録音石を設置していたものは全て解析したそうだが、何も収穫はなかった。そこでだ、解析不能だった録音石がもし、お前がいなければ何か声を拾っていたかどうか、そこなんだ。何せ解析不能の状態だからな。そして、昨日のうちに殿下がこの靴の持ち主を調べろと明朝、内々に伝鳥がきてな…。理由は、あの場にいた時に何か聞かなかったかどうか、ということだ。その確認をする為に、お前を探している──つまり、これと同じ靴を作っている店を調べだし、この靴の持ち主を探し出せ、とのお達しだ。」
「な、なるほど…」
「昨日、お前が降ってきた時に靴が片方しかなかったと爺から報告が上がっている…やっぱり、悲鳴の声はミウなのか?」
「た、たぶん。というか、うん、私だと思う。」
「そうか。」
はぁと小さく溜め息を吐き、真面目な顔をしたお兄は真っ直ぐにこちらを見てくる
「それで…お前が嵌まっている間、何か聞いたのか?」
「ぁあ~ハイ。」
恐らくは蜜談の事を指しているのだろうと、素直に返事をした。
「…何を聞いたんだ?」
「実は、カシャノール公爵夫人のアイーヌさんが男性と蜜談してるところを聞きました、ハイ。」
「アイーヌ氏だと!?」
バンッとローテーブルに手を付き、明らかに動揺した様子で兄は席を立つ──
「密談だと!?相手は誰だ!?それはどんな内容だった!?その時の事を再現してみろ!!!」
怖っ!!!
にーちゃん、怖ーよ。そして密談じゃねーよ、蜜談だよ。あ、そこは伝わんないか…でも突然そんな鬼気迫る感じで詰められたら泣いちゃうよ?眉間の皺!!鼻の穴そんなデカかった??
『再現』
これが私が唯一使える魔法だ。見聞きしたものを一言一句間違わず、忠実に再現出来るという…誰得の魔法である。
記憶があやふやだったとしても、きちんとその場で見聞きしたかどうか、またその場面を覚えているかどうか、という2つがこの魔法の絶対条件だ。
ちなみに再現中に本人の記憶が飛ぶとか、そんな事は一切ない。ただ、再現した人の声になるとかはない。なので、似てるかどうかはまた別の話なので内容によってはただただ恥ずかしいという事になる。
だけど再現中に、あ、そういえばそんな事言ってたよねーと思い出す事はあるので、1人で勉強してたときなんかは家庭教師教えを思い出す──その時なんかは役に立っていた気がする。
ただし…今回の件は頂けない。なんし、似ても似つかないアイーヌさんの情事真っ只中の声を今まさに地声で再現などどんな羞恥プレイだ。
いくら兄妹仲が良いとはいえ、直接的な話は避けたいんだけど…と思い、どう話そうか考えていると、真面目な顔をした兄が話し始める。
「今、アイーヌ氏は国家機密事項案件の関係者として、国から内偵をつけられている。重要な話なんだ。頼むから全てを話してくれないか?」
なんていう壮大なスケール!!!!!
国家機密事項て何すか…
そんな大きな物に関わってしまったんですか、私…
不本意だったけども!ものすごい吐き気しかなかったけども!!!
「再現はしたくない…だってアイーヌさん男性と…その、仲良くされていらっしゃったから。そんな再現とか無理」
「…!!!そ、そうだったのか、だな…わかった、ならばその場で聞いたことを話してくれ」
突然ドギマギと話すお兄に、ほんの少しのキモさを感じて途端に冷静になった。
思い返しつつポツポツと話し出す
「確か、《レオ》から始まる名前の男性と、話の内容からするに昨日の夜会で1週間ぶりに会うと言ってた。内容は、3日前?だったかな?カシャノール公爵家にお客さんが来て、マザーグース商会の…確かジダンっていう人だったみたいで、部屋には近づくなって言われたから気になって盗み聞きしてたんだって。」
「レオ…から始まる男と密会ね…。マザーグース商会のジダンか…なるほど。」
兄は聞いた内容を紙にしたためていく。
「えっと…グングル期末の烙印がなんとかで裏表紙に刻印が入ってて…??」
話ながら何だったかなとコテンと傾げる。
人の記憶とはあやふやである。
うーん…
「グングルのなんかを?確かあり得ない金額で買うとかなんとか…」
兄は聞きながらも遠い目をしてこちらを見ていた
「グングルって何だ…?つまり、ちゃんと覚えてないんだな…?」
「う、うーん?」
エヘとお決まりのポーズであろう手を頭に置いてみたののお許しは貰えそうにない。
(確かこの時、デスクの向こうは誰だろなゲームに没頭しつつアイーヌ姐さんの思い出に浸ってたのよね…必死に思い出そうとも相手男の低音ボイスとレオから始まる名前、カシャノール公爵夫人だという事以外は正直きちんと話せる気がしない…)
「…降参」
両手を上げ、万歳のポーズをする
「なら、再現魔法使う以外聞き取り出来ないじゃないか」
「ううう」
「ミウ、頼む。国家の存亡に関わるかもしれないんだ」
重ッ!重すぎるわ!!!
どんな案件だよ!!
はぁ~。そんなヤバイものに関わってるかもしれないとなれば腹は括るしかない…
───女は度胸だ!!
「ワ、ワカッタ。…だ、だけど、1回しかしないからね!!約束してよ!」
「あぁ、もちろん。それに、再現魔法が使えることは身内しか知らない話だから、私以外に見せる事もない。安心しなさい」
お兄はそう言いきると、しっかり頷くとじっとこちらを観察してきた。
「わかった。」
スッと目を閉じ、体内に魔力を高めていく───
溢れてくる魔力を感じながら、思い出すべく場面のイメージを強めていく──
『「はぁ~ん!もっと、いつもの様に…」
「クスクス。私に急かすなと言っておきながら、貴女は私を急かすのですね。」
「だ、だって…」』
………ボンっという音が出たような気がして顔に熱が集まる。頭が爆発したかと思った…いや、いっそのこと爆発してくれ、本当に私が何をしたというのだ。
間違いなく再現は出来たが、何故ここからスタートなのだ。
兄は気まずそうに顔を伏せ両肘をテーブルに付き、両手を揉み込んでいる。
やめてくれ、その反応──自分の情事を見られた気がするではないか。
いや、した事もなければする予定もないんだけども。
「す、済まないが…続けてくれないか?」
兄は顔を伏せたままポツリと呟いた。
本当にどんな羞恥プレイだよ、と思いつつはぁ~と、大きく溜め息を吐いた。女は度胸だ、度胸?どちらかというと根性??いや、もう何でもいいや…
切れた集中力を繋げていく。
もう一度魔力を高めてから先程よりもより場面を思い、強くイメージした。
「『実は3日前、我が屋敷にお客人が見えたの…軍事機密の…ま、魔術刻印の…方式を3,000万ベルタで、売ると…最近、アトランタと名乗る男が本物の…術式記録を商会に持ち込んだ…と。うちの人が表紙の…裏には王印が…お、押されていると、とても興奮していた様子で」
「なるほど。ほら、ご褒美ですよ。しかしカシャノール公爵が興奮していたと仰いましたが…誰よりもこうなる事を予想して興奮していたのは貴女ではないのですか?」
「ん…ひゃグん、フグん」
「フフ…これ以上貴女の声を出さない為ですよ。それとも私が口を塞がなくとも、貴女は耐えられるのですか…?」
「はぁあ…!…だ、だめ!!レオ…フグん」』
──────
(や、やりきったわ!!!)
感動の余り両手を握り天井に向けてぐっと伸ばした───
「あ、アリガトウ、助カッタ」
顔面蒼白の兄に棒読みのお礼を言われ、何も言えずそのまま部屋を後にした──
そしてその足で湯浴みを終わらせ早々にベッドに潜り込んだのだった───
ありがとうございました(..)




