ピラフはママの味
フワフワと浮く感覚───
内腿を座面につけ、座った状態のまま、ゆっくりと下降していく
目前に広がるのは久しぶりの屋敷の本館のダイニング
兄が食事をしているのか、ダイニングテーブルのいつも座っていた席でおもむろにフォークで柔らかそうなお肉を口に運ぼうと、している所だった。
席の奥には使用人が何人か待機しており、兄一人に対しては多すぎるもてなしに思えた。久しぶりに見る光景を目にしながらゆっくりと着地した先はいくつか美味しそうな料理が周りに並ぶ、テーブルの中央にメインディッシュかの様に私はちょんと鎮座した。
「「「「──────え?」」」」
ドレスだった物はダイニングの床にバサッと落ち、その上に甲冑、靴が、バサッ、ボソッ、コンッとドレミの音階で落っこちた。
目玉が落ちそうなくらい目を見開き、石の様に固まる兄を正面から見据える。
久しぶりに見る兄は少しやつれた様な顔をしていた。見開いた目と口はだらしなく、美丈夫と噂される兄の顔ではなかった。
「お前らぁぁぁああ!!!目を瞑れぇぇぇえええ!!!!!」
兄の怒号が部屋中に響き渡る
これまでに聞いたこともない兄の怒号に思わずビクッと萎縮し、両手を胸の前でぐっと握りしめる──
何度も何度も忘れるが…そういえば裸だった──
そう思った後、一瞬だった。
飛んできた筆頭執事である爺は私をかっさらい、回りから見えない様に抱え込み、1人の執事は白いテーブルクロスを料理が載ったままの状態でさっと引くと、スープがユラユラとゆれるくらいで子羊のソテーの上に盛り付けられたヤングコーンはコロンとソースに沈没する。さっと抜き取ったテーブルクロスをそれを私に目掛けて広げるようにバサッと放り投げる様は、洗い立てのシーツを天気の良いお庭に干す様だ───
見事にジャンピングキャッチをした侍女はくるくる回りながらすかさずそれの端を持ち、どうやったのかは知らないが爺との連携プレーで気付けば私は頭以外簀巻きにされ、爺に横抱きにされていた
その間僅か7秒足らず…
何があったのか未だに理解していない私は裸で現れた事に赤面する暇もなくポカーンとしていた。私の代わりに真っ赤に染まった兄がドスの聞いた声で呼ぶ
「ミ゛ぃぃ~~~ウ゛ぅぅうう~~~~!!!!!」
ひぃと声を上げそうになり、思わず爺やの首もとに顔を隠す。
御年70歳近い細身の爺は軽々と私を優しく持ち上げニコリと微笑んでいた。
はぁ~と盛大に溜め息をついた兄は薄目で殺さんばかりの視線を飛ばす。
そっとそれを躱し、爺に隠れるようにしながら後方に目をやると、兄と食事をしていたのであろう客人らは───椅子から転げ落ちた者、顔をテーブルに伏せった者、呆然と立ち尽くし、目をぎゅっと瞑ったたまま鼻から血を流す者───
そこら中が血だらけになっており皆ピクピクと痙攣していた。
後に語られる事になる【ノワール公爵家血まみれディナーの変】である。
何事かと思いその光景を見入っていたが、ここの使用人は出来る者が多く、何事もなかったかの様にそそくさと血を拭い、皆の介抱に当たっていた。
目をパチパチとさせ、背後から感じる殺気に臆して硬直する。
流れる沈黙を破ったのは誰でもない優秀な爺であった。
「お嬢様、お帰りなさいませ。お体が冷えておりますので、先に湯浴みを致しましょう。お腹も空かせているご様子ですので、湯浴み後にミウ様の好物をお持ち致します。…ジーニ様、ひとまずお怒りをお鎮め下さい。」
そう言うとスタスタと爺は浴室に向かって歩き出す。
何故、空腹だと分かったの?と小声で問うと執事ですので、と答えになっていない返事が返ってきた。
さすが筆頭執事、の一言である。
小さく感動しつつ、ぐるぐる巻きの状態の私はひとまず爺に身を任せたのであった。
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湯から上がりほかほかの状態で、フワフワの夜着を身に付けていた。着替えが終わるとドアの向こうから爺が現れさっと横抱きに抱える。何故抱えるのか気にはなったが、久しぶりに爺に甘えれる事が嬉しく、されるがままにしていた。そしてそのまま自分の部屋に連れていかれる。
ドアの前にスタンバイしていた侍女がそっとドアを開けてくれる。
ドアが開いた途端、懐かしい香りが鼻腔をくすぐる。
爺やが2、3歩入ると、天井に備えられているクリスタルのガラス細工に灯りが灯る。柔らかい色の灯りはもちろん魔法具だ。
灯りが点くと、3年前に部屋を出た直後のまま…綺麗に保たれていた。
時間が戻った様な感覚がして、この家が嫌で飛び出した頃の記憶が甦る。それと同時に3年間もこのままに保ってくれていた皆に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
ふぅと小さく息を吐き「ごめんね?」と呟き爺を見上げる。
爺は「お嬢様が謝る必要などございません」と優しく微笑んだ。すると、同時お腹がぐぅ~と鳴る。
クスクスと微笑みながら、お食事の前に先にお手当てを致しましょう、と木の箱を持った侍女を呼んだ。
「え!?どうして怪我した事まで分かったの!?」
「執事でございますので。」
「…それ、答えになってないよ?」
「お嬢様の全てを把握するは、執事の仕事でございますので。」
久しぶりに会ったというのに、毎日見てくれている様な気がして心がいっぱいになる。
目頭が熱くなったところで、空きに空いたお腹はぐぅ~とまた鳴った。
優しい手付きで右足首にヒンヤリする塗り薬を塗り、上から清潔な布を張り付け包帯を巻く。
大袈裟だよ、と言うも大事があってはならないと、包帯を巻く手は緩めない。
「ありがとう」
「とんでもない事でございます。」
フフフとお互い微笑み合うと、大好きな「ピラフ」が出てきた。
白米を食べるという習慣はこの国ではないが、母が大好きだというので、牛の肥料であった穀物を脱穀し本館でも保管してくれていたようだ。
父が再婚してからはピラフはほとんどでてこなかった。
継母と義姉がお米を好まないから、という理由だ。
別館に移ってからは週3回ほど出てくる。朝御飯はおむすびという塩で味点けたものも絶品だ。
「はぁ~!良い匂い!!頂きます!!!」
ようやくありつけた食事に夢中になる。ほんのり温かく優しい味付けにようやく心も落ち着いた気持ちになる。
ピラフを頬張りながら、ふと気になったことを爺に問いかけた。
「そういえば、あの人たちは?」
「…まだお帰りではないようです。お会いになりませんでしたか?」
「そういえば…見なかったわね。」
「左様でございましたか。」
「…!!!」
言おうとした事に驚愕し突如ゴホンゴホンと噎せた。
背中を擦ってくれながら、爺はコップに入れた水を差し出してくれた。ゆっくりと飲み干し、胃を落ち着かせる。
「思い出した!!義姉さんって王太子と婚約者したんだっけ!だったら王族エリアにいたのかもね。」
「…誰からお聞きになられたのですか?」
「1年くらい前だったかしら、突然別館に駆け込んで来たらしく玄関口で叫んでいたのよ『殿下と婚約したから邪魔をするな!』って。たまたま私がお手洗いにいたから顔は見なかったのだけど、叫んだ声から義姉だと思ったわ。」
(あの時、町で流行ってたアーモンドクッキーにハマって食い意地張ったのよね…食べ過ぎはダメだと心に決めた瞬間だったわ…)
「義姉があの殿下とねぇ~…」
食い意地良くないと思いつつもピラフを口一杯に頬張る。
殿下のワードから連想し、そういや王太子ってあの…胸を凝視していた殿下を思い出した。
普通、見てみぬふりをするのが紳士じゃないの?いくらキラキラ美丈夫でも変態は頂けない…と、自分が間抜けにも床下に嵌まり身動き取れない原因を作り、しかも12時までの魔法をかけた自分の事を棚に上げ、初めて異性に裸を見られたことを思い出し身体がカッと熱くなる。
「…ミウ様は王族の方へは行かれなかったのですか?旦那様と…お会いになられなかったので?」
モグモグモグモグモグモグ…
咀嚼しているふりをして爺の質問には答えなかった。
悟った爺はジーニ様にお声掛けして参ります、と言うと完璧な一礼をして足音も立てずに部屋から出て行った。
一瞬でずーんと気持ちが沈む──。
継母や義姉はまだ会ってもどうとでも出来る。だけど、あの人は……ダメだ。
私はあの時の事を一生許せはしないし、許す気など毛頭にない。
アイツが────ママを殺した事を。
「ミウ!!!!!!」
ガチャっと乱雑に開けたドアの音と兄の怒声に私の思考は中断された───。
ありがとうございました(..)




