城の晩餐を食さなかった罰。
令嬢とは無縁の「げっ…」を吐き出してから数秒。───頭の中のお嬢様辞典を捲るが、『げ』から始まる、殿下にかけられそうな穏やかな言葉は見付かりそうになかった。咄嗟に出てきそうな言葉としては、「限界に挑戦しています!」くらいのものだが言えるハズもない。
殿下は一瞬目を見開いた様に見えたが、相変わらずキラキラは止まらない。
穏やかに微笑みながら後ろにある書棚を背にもたれ、長い脚をクロスさせゆったりとした動作で腕を組みこちらを見下ろす。
必死に頭をフル回転しているところに、殿下からの追撃がきた。
「うん、状況がまずいのは見て分かるんだけど、そこで一体何をしているの?」
───これ以上の悪態はまずい。ひとまず、乗り切ろう。チラッと時計を見ると【11:41】を指していた。何とか王太子を追いやりひとまず逃げる算段をつけよう。意を決して今できる最大の礼を…取れはしないので笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかります。少々アクシデントがございまして、今すっぽりと…はまっております。身動きが取れない為とはいえ、御前に相応しくない格好深くお詫び申し上げます。」
「それは構わないよ。だけど、どうして床下に嵌まってしまったのか気になるんだけど…説明を求めても?」
「恐れながら…わざわざ殿下に申し上げる様な事ではございませんし、殿下のお目汚しになるこの様な状況は大変申し訳なく、深くお詫び申し上げます。また、───────」
いいからとっとと早く去ってくれないか、こんな所見てんじゃないわよ、恥ずかしいじゃない!を、敬い奉る言葉で口上を述べるが聞いてるのかいないのか、キラキラしながらお面の様に貼り付けた笑みは恐怖すら感じる。
「あぁ、どこかで見たと思ったら貴女はダナンのアルディ閣下に通訳してくれた子だね?あの時はありがとう、本当に助かったよ」
そう言うと殿下は優雅な動作で立ちながらクロスしていた脚を戻し、前屈みになるよう膝に手をつき、視線はそのままに三角座りをする様に屈んできた。
目線は嵌まった私と、同じ高さになり無駄にキラキラとしている様に一瞬ドキッと心臓が跳ねるも、黄金を見た時のようなチカチカ感はないので、目線は反らさずに済んだが──
(か、顔が近いってば!)
こちらも負けじと微笑み能面を貼り付けるが、右足首と嵌まったお尻が「やだわ、私達の事忘れるなんて!」と、主張したいが如くズキズキ痛みだす。
「顔色が良くないね。大丈夫?今助けてあげるよ──」
と、私の両腕を掴もうとしたのを左手でそっと制する。
「結構でございます。恐れながら、殿下の更なるお目汚しになる前に一度ご退出願えませんでしょうか…殿下のお手を煩わせたくはございませんし、何より1人で抜けるには色々な態勢を取りたく存じます。殿下とはいえ、殿方にあられもない格好をお見せしたくはございません。」
微笑みを浮かべながらもピシャリと言ってしまった事に不敬の2文字が頭をよぎる。
勢い余って若干やってしまった、と思い背中にダラダラと冷や汗が流れる。
が、吐いてしまった言葉の訂正は出来ないのでそのままニコニコしつつ殿下の退出を促す。
「…だけど、何かあってはいけないし、私に触られるのが嫌なら無事に抜けられるまで見守らせてもらうよ、心配だしね。あ、だけど手を出したりはしないから安心して?それに色々な態勢というのがどんなものか気になるしね…心配しないで、貴女のあられもない姿を見ようと決して誰にも言わないから。」
王子人差し指を唇の前に立て、シーっと吐息を吐き秘密にするよ?とウインクをする。
思わず眉間に皺を寄せた。
デブ専か?デブ専なのか?お尻を左右にぐっぐっと上げる所がそんなに見たいのか?刺さった左足で腰を必死に上げようとする所に興味を持たれても見せる趣味は毛頭にない。
どう反撃しようか悩んでいるところに、王子はまた口を開く。
「ところで、お腹が空いているんでしょ?ここから抜けたら一緒に食事でもどう?すぐに用意させるよ?」
────史上最低のナンパである。
いや、殿下にそのつもりはないのだろうが、言ってる事はたまにされる『カーノジョ!今から飯どう?』と同類である。
またもや顔をしかめるも、かろうじて御前であったと瞬時に微笑を取り戻す。
「もったいないお心遣いに感謝致します。ですが、本っ当にお気遣いなく!1人で大丈夫ですので。殿下におかれましては───」
『ギュルギュル~グルグ~ギュイ~ギュルギュル~』
早く1人になりたい一心で、お断りの口上を述べようとしたものの、お腹は『え?ご飯?城のご飯??食べたーい!』と、言わんばかりにギュルギュルうるさいくらいに鳴り出す。
「クスクス…ほ~ら、体は正直だね?さっき広間にいた時に何も召さなかったのかな?もしかして、料理は口に合わなかった??」
『ぎゅるぎゅる~~ぐぅぅう~』
「ハハハ!人のお腹の音と会話してたのはこれが初めてだよ!素晴らしい体験だ!!」
「あ、いえあの、本当に大丈夫ですのでお気遣い『ぎゅるぎゅる~ぐぅぅう~』……」
毎回意味深な返しをされ、焦りと心的ダメージで足とお尻と同じくらい心も限界だった。
しかも床下に嵌まった姿を見られる事以上に、お断りの口上とお腹の音の矛盾に、今まで聞いた事のない程の爆音は今更ながら、羞恥にぐあっと押し寄せ顔に熱を帯びる。恐らく真っ赤に染まっているであろう。
そんな顔を隠す為に目を伏せたが…視線の先には、ぎゅっと握りしめた懐中時計。
時計の針が刺していたのは
【11:59】
────絶対絶命である。
ありがとうございました(..)




