靴擦れは見た目以上に感じる痛みは重症なり。
改めて大きな鏡の前で立ち止まる。左手には広間に続くであろう道が見えており、この鏡の後ろが会場である事はザワザワとたくさんの人の話し声から感じ取られた。
戦地に入る前に改めて写し出された自分を見る。
いつもと違う姿と、先程の無意識に与えたた攻撃を思い出し無事にお一人様帰還を果たせると、自信を持った顔をした私がいた。
苦手なパーティーでもこれなら…まぁ楽しんでみるか!と、ふふふと微笑み心を新たに入場した。
───────────
(広っっっっ!!!え、こんなに広かったの?てか、こんなに人がいたの!?鏡の前までは結構静かだったのに、いざ入ると大乱戦ゴホン大社交会じゃない!)
会場が全体に見える所に立つとそこは別世界が広がっていた。こちらから一番最奥が見えない程
広いこの部屋には何百人の色取り取りの召し物を着た人が談笑やら、食事を楽しんでおり、豪著な家具や入口とは異なる色取り取りの宝石で出来た装飾品に、部屋のなかだというのに噴水がある。空気がキラキラしていると思わせたのはどれ程高いのか想像もつかない天井から一面のシャンデリアが光を屈折し、この大広間が城の中とは思えない異空間を作り上げていた。入ってきた入口は端だと思っていたが、後ろにはどこでも休憩出来る様にいくつもの豪華なソファーとローテーブルがゆったり配置されており、その10歩程後ろには存在を感じさせないのに多数の執事が佇んでいた。
(さすが3ヶ国合同会!金とは違ったキラキラが凄まじいわ!それにカラフルな色に色んな形のドレス!…あ!可愛い!!あのドレスは…イーグルに似合いそう!)
そんな事を考えながらゆっくりと奥へと進む。
チラチラとどこの令嬢かと、物色する様な視線が男女問わず感じられたが、この姿でまさか公爵家とは思わないだろう。誰にも声を掛けられることもなく、ゆったりとした心持ちで周囲を見ていった。
この広間の全体形が、四角いのか丸いのか、はたまた長方形なのか、そんな事も分からない程の広さだったが部屋の奥、更に中心に行けば行くほど家具やオブジェが豪勢になっていく。
集まる人間の爵位序列を表しているのだろうと思われた。
入口から数十メートル範囲内には貴族年鑑で観たことのある男爵、子爵位の貴族がウヨウヨとしており、至るところで雑談をしている。
群がる貴族達の奥には飲食スペースがあり、それを仕切りにする様にそれより奥にはより豪華な家具や装飾品が目に入る。
そしてそれは左右が対となる様に配置されていた。
また飲食スペースの奥は同じ様に群がる貴族が雑談をし、その奥には飲食スペースがありそれより奥は公爵、そして最奥は王族スペースとなっている。
基本のマナーとして爵位が下の者は上の爵位の者に連れられない限り、仕切られたスペースに入ることはマナー違反とされる。だが、逆に高位な貴族が下位スペースにいる事には小咎めなしとされているが、出世を願う者が多く、よっぽどでない限りは高位貴族が下位スペースにいることはなかった。
よって入り口に蔓延っていた【媚売り取り入り隊】の様に、上位爵位の者と仲良くなれれば自然と王族の近くに足を運べるという企みで、常に入口もしくは隣のシマの貴族を気にしながらの雑談が常という話であった。
普段の夜会ではここまで序列を気にした会ではないが、今回は7年に一度の王族貴族が集まる会。
セキュリティをより高く保つ為ということもあり昔ながらの方法をとっている様だ。
私は本来であれば一番奥、王族の手前のシマだけど、行くつもりは毛頭になかった。
3ヶ国とも一番少ないとされる、伯爵と侯爵陣地あたりがチェックポイントだと目星を付けていたのだ。
目的地に向け歩みを進める。途中目が合う者がいたが躱しに躱し、淑女の微笑みを崩さずなんとかチェックポイントへとやってきたが…なんせ広いのだ。どれ程歩いたか分からないくらいに歩き続け、普段ではあり得ないがまさかの室内で歩き疲れてしまった。
(足が…痛い…!)
普段履いている靴では、この体重には無理があるのか、開始早々思わぬダメージだ。
普段からヒールのある靴は履いているので足は慣れていたのだが、いつもと違う体重を支えるのはさすがにしんどかったようだ。
ちょっと座ろうと、人があまりいない手頃な椅子を探してみるが、ほとんどがマシュマロガールズによって占領されていた。
しかも、王族側のシマの飲食スペース付近はマシュマロボーイズが虎視眈々とシマを狙いつつ飲食している様が見える。
私は踵を返し、逆側の壁の近くに2人掛けのロングソファーを見つけそこに腰かけるも…お尻の大きさでほぼ1人で占領する事になる。
伯爵、侯爵スペースはわりとふくよかな人が多い。
というのも、財力は体なりもいう考えがあり、ふっくらとしている事がその家の財力がある事を知らしめる事になるからだ。
だがそれは40~50代に多く見られ、年頃だと少しふっくらしている程度で、今日の私はマダムの中にいれば目立たないが年齢としては浮くという状態。
なんとなくぼんやりと人間観察をしながら足を休ませ、派手派手のドレスに身を包んだマシュマロガールズの足元を見る。
(ヒールが太い!!!)
マダムに多く見られたが、ほとんどが拳大くらいの大きさのヒールだった。
だが、それは彼女達のロングドレスにもピッタリでとても似合っていた。なるほど、と感嘆しているとふと、自分の靴がピンヒールだったと気付く。
(もしかしたら足元はドレスとちぐはぐなのかもしれないな…でも)
今日履いていたのはお気に入りの一足。
下町にある、オリジナルオーダーが出来る老舗靴屋だ。老夫婦で経営している店で、職人は親父さんの1人のみ。どんなワガママもデザインも叶えてくれるが無愛想すぎるのが玉に瑕。初めは怒っているのか?と、ビクビクしていたが愛想の良い奥さんにこの人はこんなもの、とフォローしてもらってからは全く気にならなくなった。そして何より腕前は天下一品。高いヒールでもどれだけ走っても痛くならず、細いヒールでも安定して歩けるし、立てる。
初めてオーダーした物を履いてから靴はここでしか買わないと決めたくらいに感動したものだ。
決して安くはなかったが(オーダーしまくったので)他で浮気はしないと決めている。
今日履いてきたのは、その中でも一番のお気に入りだ。ガラスで出来た、透明のシンプルなピンヒール。アッパー部分には小さな薔薇が一輪ずつ飾られている。もちろん、普通のガラスとは違い、かなりの強度がある。製法は謎だが親父さん曰くたとえ瓦礫が降ってきても割れない自信があるとの事。いや、瓦礫が降ってきたらそもそも私が木っ端微塵になるだろうが…。
何より、オーダーしてから1年後にようやく完成したお気に入りのこの靴が、勝負靴(?)に相応しいと思い履いてきたのだが、もとの私の体型で計算された靴なのだ。久し振りの足の痛みに、やっぱ親父さんってすごいな~と改めて感動していると、マシュマロボーイズが集まっていたあたりから1人の男性の大声が聞こえた。




