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ゼロ・カルテル  作者: 池田 ヒロ
8/9

7話:ヒーロー(後編)

 全くの関係のない子どもを悪事に利用する最低くそ野郎こと、ゼロ。本名は誰も知らない。カルテルの連中からはデーモンだの、サタナスだのと悪魔呼ばわりをされている。それは事実だとタクマは思っていた。眼前で卑劣に嗤う外国人。口元を歪ませて、あの日と同じようにして間接的に人を殺そうとするやつだ。


「ドチラヲ殺スカ選ベ」


 タクマとゼロの間には二人の女の子。一人は茶色のくりくりとした目から、ボロボロと涙を流している子。もう一人は綺麗な銀髪のツインテールが自慢のはずが、今は赤い血がこびりついている子である。そんな彼女たちを目の前に持ってこられ、彼は究極の選択を迫られていた。


 どちらを殺すか選べ。選べるわけがない。当然だ。泣いている女の子は自分たちが助けなければならない一般の子ども。もう一人は同じ立場でゼロ・カルテルを追っている自分の上司ではあるが――結局はまだ子ども。


 歯噛みをする。選べないから。眉間と鼻の上にしわを寄せた記憶がこれほどまでにないタクマは「選べるか」と吐き捨てる。その憤慨をゼロは面白おかしそうに、にっこにこと満面の笑みで「贅沢ハ、ダメダヨ」と銃口をこちらに向けてきた。それによって、タクマの心臓が跳ね上がる。


「ドチラモ。ソレ、ズルネ。ズルイノダメ」


「だからと言って……!」


「コンナ風ニ、キミヲ苦シメテ、タカシ・ミカミモ苦シメルノガ、俺ノ役目」


 ゼロがこちらを見る目は嘲笑ではある。だが、その碧眼の奥に見えるのは――人として見ているわけではない。彼はタクマたち三人を、タカシを寄せ付けるためのおもちゃとして見ていた。そら、今からゼンマイを巻くよ。だから、自分が思う通りに動いてね。おもちゃなら、なおさら。


「キミガ、ズルスルカラ、コッチ、ゲームスル」


 そう言うゼロは彼女たちを連れてきた男に視線を送る。その男は渋々とした表情を浮かべながら、どこか古臭いリボルバー式の銃を彼に渡した。それと共に、弾は一つ。男はスペイン語で「相手は子どもだぞ」と言う。


「だから、一つでいい――」


「わけねぇだろ。弾五発寄こせ」


 なんと、こいつは大人だろうが、子どもだろうが、対等に扱うつもりらしい。大人として見て欲しい子どもにとってはいい人に思えるだろうが――男が取り出したリボルバー式の銃に装填できる弾の数は六つ。それはすなわち、どちらかが死ぬことは決定したようなもの。


 そのことに呆然とタクマがしていると、リボルバー式の銃を取り出した男は弾をあと四つ取り出すと、彼の右手だけを解放してくれた。空いた方は使わせない左手にかける。逃げ出せないように。


 同じようにして、ゲームに使う銃を受け取ったゼロはタクマの右手にそれを持たせる。自由が利かないようにして、ゼロの手に力が入っていた。


「マズハ、アノ女ノ子」


 あまりの恐怖なのか、その場に座り込み、泣いている女の子――モニカに銃口が向けられた。こちらを見る顔はこれまでに見せてくれたにっこり笑顔ではない。絶望に満ちた表情だった。


 いざ、ルーレットスタートと言わんばかりにリボルバーを回す。金属同士が摩擦し合う音が不気味に思えた。


「BANG!」


 ゼロが強引にタクマの指を使って引き金を引いた。その場には乾いた音が鳴り響く。六分の一の確率でモニカは助かる。事実そうだった。発砲音が鳴ったとき、目を瞑っていた彼女はどこも異常がないようにして、そっと目を開けていたのだから。


「アレレ?」


 ということは――。


 金属独特の冷たさがタクマのこめかみにやって来た。ゼロの手は離れた。右手が重いというのに、それはぐったりとしている銀髪の女の子――オフィーリアに向けられている。このリボルバー式の銃は全部で六発発砲が可能。その内、ゼロたちが弾を入れたのは五つ。先ほど、モニカに向けて発砲した分は空だった。


――俺がオフィーリアを殺す?


 人を殺したことは一度もない。その事実が頭に過り、右手を震わせる。


「撃テ」


 金属を強くこめかみに押しつけられる。押しつけられた側の瞼が痙攣していた。そんな中、ぐったりしていたオフィーリアが薄目でこちらを見ていることに気付く。彼女がとても不憫で、なおかつ自分の不甲斐なさに申し訳なさが際立った。


「ごめん」


 思わず、日本語で謝罪の言葉が浮かび上がる。これに対して、彼女は意識を取り戻しているのか小さく頷く。


「こっちこそ、ごめん」


 なぜに自分たちは互いに謝っているのだろうかという疑問があった。それはゼロたちもそう感じているのだろうが、自分たちが一番よくわかっていないと思う。この発言はとっさなのだから。


 その意味不明さに苛立ちがあったのだろう。ゼロは片言日本語を止めて、普通に英語訛りのスペイン語で「撃て」と言ってきた。


「早く、俺を煩わせるな」


 そして、オフィーリアも「撃って」と言う。ただ、それだけ。それだけのことだから。いつも、誰かに急かされていることがあるから、反射的に右手の人差し指が動いた。


 二度目の乾いた音。だが、一発目よりもどこか重たい。先ほどのオフィーリアにはなかった血が現れた。ああ、自分がオフィーリアを殺してしまった。これで、自分は殺人を犯してしまった。その現実が目の当たりにあるものだから、自然と拳銃を床に落としてしまう。モニカが泣き叫ぶ。タクマは声にならない悲痛の叫びを上げるのだったが――。


 ゼロはなぜか断末魔のような声で悲鳴を上げていた。彼の右肩からは血があふれていた。あまりの激痛のせいで、タクマのこめかみに置かれていた銃は床に落としてしまう。


 唐突のことに、徐々にタクマとモニカは冷静を取り戻していく。ゼロを見ていた男の目が大きく見開かれる。何事か。答えは――。


「タカシ・ミカミ!」


 右肩を抑えるゼロは入口を睨みつけた。それにつられるようにして、男も振り返る。誰もがそちらを見た。そこには、ゼロの発言通りにタカシがいた。拳銃を手にして。銃口からは煙を出して。


 ゼロは床に落とした拳銃を左手で拾い上げる。今度こそは、とタクマの頭に銃口を置く――その前に、またどこか重くて乾いた音が鳴り響いた。ゼロの左手からは銃が滑り落ちてしまう。彼は両膝をついた。尻もちをついた。体を丸めるようにして、四つん這いになる。


「クソっ……!」


「もう諦めろ。俺を怒らせたお前に未来はない」


 それでも諦めが悪いのか、男の方を見るゼロであるが――。


 がしゃんと音がした。男はその場に拳銃を投げ捨て、両手を上げる。


「ああ、もう終わりだ」


「ふざけるなっ! トーポ、てめぇ!」


「俺はヘコがいたから、やっていけた。あいつがいない今、もう無理だって覚った」


 男――トーポのあっさりとした投降にタカシはあっけからんとするが、すぐにゼロの方を見た。


「だそうだ」


「はっ! だが、そこにいる銀髪のガキは――」


「気付かない?」


 じっとゼロを見つめる二つの碧眼。それは永遠に目を閉じたはずのオフィーリアだった。彼女は床に伏せたままゼロを嘲笑する。


「確かに発砲はされた。けど、その弾道の先は知らないでしょ?」


 ゼロはすべてを理解した。であっても、彼は何をするかわからない。だからこそ、右肩と左手を怪我しているというのにもかかわらず、床に落ちている拳銃を拾い上げて何度も引き金を引いた。その狙いは彼をバカにしていたオフィーリアに。男はとっさの判断でモニカを引き寄せる。


 しかしながら、オフィーリアは両手両足を縛られてもまだ動けた。横に転がれた。ころころと銃弾を交わしながら転がっていく内に、拘束は解けてしまう。


「ガキの癖にっ!」


「わたしはただのガキじゃない」


「それはどうだかっ!」


 銃口の向きがオフィーリアからモニカたちへと変えられた。男とモニカの目が大きく見開かれる。


「Fuck!」


 オフィーリアが走り出す。間に合えと言わんばかりに。タカシも同様。男はモニカを必死に庇おうとする。そのまま、引き金が引かれると思われた。だが、実際は違う。銃口の向きを変えたのはただのフェイント。怪我をしているゼロの一瞬だけの溜め。これに気付いたタクマは動かせる右手を伸ばすのだった。


     ◆


 何かに引き寄せられるようにして、背中から倒れた。その何かに気付いたときは、タカシの怒声が聞こえてきた。それを見て、すぐに理解した。だからこそ、腹の底から苛立ちを覚える。


 後ろから妙な気配を感じる。眼前で吐血をする彼はなぜか笑っていた。彼の目は優しい。いつものタクマだった。


――助けなきゃ、後悔するって思っていた。


 タクマの目がそう物語っている。自分の命を顧みずして、助けてくれた。彼はそういう人物だったか? あのとき、モニカの母親を庇うように、カルテルの連中の前に丸腰で躍り出ていた。酒場でのときは逃げてばかりだったのに。


 とても羨ましいと思うし、尊敬できると思えた。ああ、彼は、本当はこういう人だったんだって。誰かを助けようとする人だったんだって。


 だからこそ、オフィーリアの心は動かされた。大丈夫、わたしならば、まだできることがある。わたしならば、できる。彼だって、そう信じてくれている。


 二発目がもうすぐ撃たれようとしているのがわかる。流石に弾を避けることはできない。防ぐことはできない。だが、その前の行動はできる。その時間はある。わたしならば、できる。いや、しなければならない。ここにいる人たちを守るために。


 引き金は引かれようとしている。拳銃の持ち主の顔は歪んでいる。なぜって、右肩と左手を怪我しているから。思うように、両手を動かせないはずだ。相当無理をして銃を動かそうとしている。


「Who do you think I am?」


     ◆


 引き金を引いたはずだった。あるはずの物が、半分なくなって使い物にならなくなっていた。思わず、目を疑う。


「なっ!?」


 目の前でありえない現象が起きていた。手にしていた拳銃の上半分が消えてなくなっていたからだ。何があったのか。それは汚い床を見ればわかることだった。


 分解。そう、ゼロが手にしていた拳銃の半分はいつの間にか分解されて、床に落ちていたのだった。下から音が聞こえてようやく気付いた。誰が、何がどうなっている!?


 訳がわからず、戸惑いを隠せない。その隙をつかれるようにして、両腕を後ろに回された。怪我をしているところから全身を駆け巡るようにして、激痛が襲う。その痛みに伴い、膝を着いた。誰が腕を後ろに回したのかなんて――。


「冗談じゃねぇ」


 後ろから「現実だよ」とタカシの声が聞こえてくる。


「お前みたいな普通に捕まえられないやつには、ありえないやつを持ってこなきゃあな」


 その言葉と共に、額には拳銃を突き付けてくる幼い子どもがいた。綺麗で長い銀色の髪の毛を二つに束ねて。


「子どもが人を殺せるかな?」


 どうせ、殺せまい。そう思っている。あんな細い腕で拳銃をずっと持っておくなんて、無理がある。そう思っていた。


「これでもわたしは人間社会のルールを守っている」


 そりゃ、そうだ。人を殺してはならないという理由がよくわからないルールがあるから。だからこそ、目の前の女の子は「脅しはしても、人なんて殺せるわけがない」とはっきり答えた。


「あなたみたいに非道な人でもね」


 そう言う銀色の子どもは拳銃なんて使わずして、ゼロのあごに一発蹴りを入れた。子どもの蹴りなのに。とても重たくて、痛いと思う。そうしていると、拘束しているタカシが「オフィーリアが正しい」と言う。


「これでも、俺はお前を今すぐに殺したい。エリのために。エリの仇を討つために」


 こちらの腕を握る力が強まる。相当な恨みが伝わってくるようだ。


「……だったら、殺せばいいじゃねぇか」


「ああ、お前はもう死んだも同然だ」


 タカシの言っている意味がわからなかった。遠くから足音が聞こえてくる。何事かとゆっくり視線を動かせば、そこにはずっと追いかけごっこをしていた捜査官たちがたくさんいた。


「俺たちはゼロ・カルテルのリーダーであるお前を二十年も追っていた。だが、現時点を持って裏社会の人間ゼロは死亡した」


 それはつまり、ゼロには逃げ場がないということ。彼はそれを踏まえた上で逃げようとは思わなくなった。どうせ、逃げたところで死ぬだけだし。というよりも、タカシが握る手の力が強くて、もがくにしても両腕が痛いからそれどころではない。


「そういうことかい」


「あとは表社会で生きるために、誰もが納得のいく制裁がお前に与えられるはずだ」


「もしも、俺が死刑を免れたら?」


 腹を撃たれたタカシの息子は手当てを受けているようだが、結果としては彼を苦しめることとなっている。そして、彼の妻は間接的に自分が殺したようなもの。もしも、ゼロが死刑を免れたら? それにタカシは絶対納得がいかないはず。今どきの死刑なんてものは時代錯誤に近い。そんな刑はよっぽどの快楽殺人犯が奇跡的に判決を食らったぐらいか。もう何十年ともどこの国でも執行されたことのないのに。


 きっと、タカシはゼロの死刑を望んでいるはず。そう思っていたのだが――。


「いや、生きて償え。お前が死ぬことは許さん。これまで殺してきた人たちが生きるはずだった分まで生きろ。それがお前の罰となるならばの話だがな」


「……散々無茶ぶりなやつだと思えばなぁ」


 いいや、とこちらを見下すようにしている女の子――オフィーリアと手当てを受けて、これから護送されるタクマを見た。自分の命を惜しまずして、助けようとした青年。とんでもないスピードで拳銃を分解しやがった少女。


「無茶ぶりは親譲りってか」


「ああ、俺の自慢の子どもたちだよ」


 にやりと笑うタカシにゼロは鼻で笑うしかなかった。


「だったら、適うはずもねぇな」


     ◆


 全く以て、散々な結果だ。タクマは病室のベッドの上に寝転んで嘆く。ぼんやりと天井を見てはいるが、時折こっそりと腹からの痛みがあいさつしに来るものだから、つらい。彼は腹の痛みに少しだけ耐えながら、サイドテーブルに置かれたタブレットを手に取った。その中にある文書を眺める。


 結局、ゼロは逮捕された。それはこの国での最大規模だったカルテルの壊滅となる。ということは、自分たちの大きな仕事は終わったのも同然。次はここでの残党狩りをするのか、それとも別の国へ飛ばされるのか。そういうことはまだまだわからないが、この国を去るというのも惜しいと感じる。


「……労災、どれぐらい下りるかな」


 なんてタクマが呟いていると、病室のドアがノックされる。それに返事をすれば、自分にお見舞いに来てくれた人物が。モニカとモニカの母親、父親だった。彼女たちは愁眉を開きながらこちらの容態を訊いてくる。


「ミカミ君、怪我はどんな感じかしら?」


「ああ、まあ一応は。時々痛いって感じがするぐらいですかね」


「ホントに?」


 大きな茶色い目をくりくりとこちらに向けるモニカの手には一枚の画用紙が握られている。ややあって、彼女はそれを手渡してくれた。どうやら、モニカなりのお見舞いの品らしい。


「お兄ちゃん、元気出してね」


「ありがとう」


 これはタクマの似顔絵か。クレヨンが色とりどりでよく描けているではないか。そして、モニカの両親からは「ミカミ君」と声をかけられた。彼女の父親は「ありがとう」と感謝の言葉を述べる。


「僕がいない間、娘と妻を命がけて守ってくれたんだろう? とても感謝しきれないよ」


「そんな……」


 あれはとっさの判断で行動しただけ。そう謙遜的でいると、彼は「それでも」とそのようなことはない、と言ってくれた。


「ミカミ君自身が最初から守らなければ、って考えがあったからできた結果だろう? それは誇ってもいいことだよ」


「そうですかね……?」


 あまりそういうことに実感が沸かないタクマが小首を傾げていると、モニカとその母親が「そうだよ」と微笑んでくれた。


「ミカミ君は私たちのヒーローよ。とってもかっこよかったわ」


「うん、かっこよかったよ。ヒーローお兄ちゃん」


 ヒーローだなんて。そう言われると、こそばゆかった。それと同時に何かしらの達成感があった気がする。それがなんであるかはわからないが、きっといいことなんだと思える。なんてタクマは一人で納得した。


 それから、モニカたちとは今度オフィーリアとの食事をする約束を交わして、病室を後にした。彼女たちはこれから入院している友達のところへと行くらしい。そう言えば、この病院はモニカが入院していたところだ。そこでできた友達がいたと言っていたな。


 そんなことを思い出せば、次に現れたのは同じチームメイトとタカシだった。彼らのノリは病院にそぐわないものであると、一目見た瞬間からわかった。こっち来るまでに多少のお酒を飲んだな? 妙にアルコール臭がするぞ。


「よう、タクマ!」


 妙にハイテンションのタカシ。今日は珍しくよれよれのスーツ姿ではない。私服だ。そう言えば、彼の私服姿をほとんどと言っていいほど見たことはないに近い。もしも、タカシがこの仕事をしていなければ、日曜日なんかは楽しくその格好の彼とどこかへと遊びに行っていたのかもしれない。


「少しは顔色がよくなったわね」


 ジュディたちもタクマの安否を気にしているようではあるが、やはり酒のにおいにより――。


「みんなは顔が赤いよね」


 一応はこんな冗談が言えるほどの回復はしている。だからこそ、四人は安心したようである。


 ところで、酒臭い四人。ということは、オフィーリアは一緒ではないことは確実だろう。そう言えば、彼女はどこにいるのだろうか。なんて気にしていると、タカシからグシャグシャになった紙切れを手渡された。それを機に「元気なら何より」と酒盛りでもする気なのか、すぐに立ち去ってしまうとは。別に構いはしないが、どちらかと言うならば、ちょっぴり寂しいと思えるタクマは受け取った紙切れを見た。相当古いものではあるように思えるが――そこには見知らぬ筆跡。どこか走り書きの日本での記述があった。




  より。


拓真へ。


あなたが言っていた、ヒーローになりたい。もう叶ったでしょうか。お母さんはいつもあなたのことを思っています。拓真なら、誰かを助けることができるヒーローになれるって。

お父さんと仲良く、幸せになってください。


お母さんより。




 読み終えて、涙があふれ出てきた。母親からの手紙。これはきっと、命が尽きようとする前に書いたものではないだろうかと思える。上の方が破れていて、誰かに宛てた文章を書いていたのだろう。それはおそらく、タカシへであることが窺えた。


「母さん……」


 きっと、タカシが酒を飲んでこちらに来たのも、自分に涙を見せないため。彼なりのポリシーがあったのかもしれない。そうともあらば、許せると思えた。だが、同時に目の前で泣いてもいいのにと呆れるのもこれまた事実だった。


「俺、ヒーローになれたよ。私たちのヒーローって言ってくれたよ」


 これでタカシと対等になれた気がする。タカシが自分の母親のヒーローであるならば、タクマは誰かのためのヒーローとなったのだ。それを誇ってもいいと言われた。だからこそ、自慢できる。小さい頃の夢が叶ったと。


 そうして、一人鼻水を啜っていると「何泣いているの?」そう、いつの間にかオフィーリアが病室に来ているではないか。あまりの唐突さにその涙目を彼女に向けた。


「えっ、来てたの?」


 タカシたちと一緒にいないから、てっきり今日は来ないとばかり思っていたのだが。どうやら、彼女曰く、酒臭い連中と一緒にいる気にはなれないから、一人で来たらしい。ああ、そういう手もあったかと納得するにしても、色々なことがあり過ぎて思考が回らないんですよ。


「じゃあ、さっき来たばかりなんだ」


「ううん。モニカとカナとちょっとだけお話してた」


 知らない子の名前が出てくるが、それはモニカがこの病院で友達となった子のことだろう。なるほど、いつの間に新しい友達を作ってくるとは。しかも、彼女はどこか嬉しそうに「今度、一緒にサッカーする約束をしたんだ」とにっこにこ笑顔で銀色の髪の毛を弄る。


「ねえ、何か気付かない?」


 いきなりそのようなことを言われ、タクマは片眉を上げる。何かに気付かない? それは何だろうか。じっとオフィーリアを見た。普通に美少女である。それだけだ。服はいつものパーカーにショートパンツ。結局、わからないから「シャンプーでも変えた?」と言ってみたら「そういうところは鈍感なのね」とちょっとだけ腹が立つ。


「ほら」


 オフィーリアはこれ見よがしに前髪に留めていたピンを指差した。小さな赤色の花があるピンである。彼女は「かわいいでしょ」と自慢をしてきた。


「モニカとカナとのお揃いなんだ」


 どうやら、カナから友達としての証にピンをもらったらしい。これに浮かれた様子のオフィーリアは「いいでしょ」とこれまでに見たことのない笑顔を見せていた。よっぽど、嬉しかったんだなと思える。だからこそ、「よかったな」と苦笑いしながらもそう言ってあげた。


「オフィーリアにまた友達ができたか」


「そう! ゼロ・カルテルは約束の一か月以内に壊滅させたし、いいこと尽くめよ!」


「じゃあ、もう一ついいことを。今度、モニカたちから一緒に食事でもどうだってさ」


 それに食いついてくるオフィーリアは「絶対に行きたい!」と意気込んだ。


「それ、いつなの!?」


「さあ? 多分、俺が退院してからじゃないかな」


 それもそうだろう。病人が病院を抜け出して、レストランで食事をするなんて。医者も看護師もカンカンに怒るだろう。それに、モニカたちもそう考えているはず。だが、オフィーリアはそういうところに融通が利かない。この約束を早く果たしたいようである。


「もぉ、だったら早く怪我を治してよね!」


「人間の治癒力にスピードはそこまでないんだよ」


「屁理屈言わない!」


 どっちもどっちだと思う。ということに関しては黙っておくことにしよう。そうしていたら、彼女が「でも」と顔を少しだけ窓の方に逸らす。


「あのとき、助けてくれてありがと」


 きっと、ゼロが向けた銃口のことだろう。タクマが空いた右手でオフィーリアを後ろから引っ張らなければ、彼女の体に穴が空いていたはず。そうともなれば、ゼロの逮捕というものはできなかったに等しい。そのことも踏まえて、オフィーリアは「認めるわ」と言った。


「タクマのこと、ヒーローだって認める」


 まさか、オフィーリアからもそう言われるとは思わず、タクマは目を丸くした。


「最初、やる気のなさにムカついたけど……今は立派にカッコいいヒーローだわ」


「そっか、ありがとう」


 オフィーリアから認めてもらえた。それが嬉しいと素直に思える。だからこそ、タクマは思った。突然させられたこの仕事は嫌々だった。だが、この国で出会った人たちと接していく内に、子どもの頃の夢であったヒーローになれたのだ。


 その夢を達成できたからこそ、この仕事も悪くないと思うようになったタクマであった。

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