3話:ハッピーバースデー(前編)
傍から見れば、オフィーリアは普通の女の子。そうタクマは彼女を見る度に思っていた。現在、彼らがいる場所は自分たちのオフィス。朝方にやっとこちらへと戻ってきたのである。
新たにわかったゼロ・カルテルの一員『ヘコ』。スペイン語でヤモリを意味する名前持ちとは。偽名であろうが、ソロが口にしていた不動産を営んでいるらしい。まさにぴったりの名前だ。おそらく、こいつはカルテルの一員に寝床やアジトの物件を提供しているはず。でなければ、こうして捜索に苦労することはないだろう。
だがしかし、メガロポリス内にあるすべての不動産屋を徹底的に調べ上げればヘコの姿が見えてくるはずだ。
今回の調査において、詮索班の人数は多い方がいい。片っ端から不動産屋を洗うからだ。そのため、タクマも調査員として抜擢されていた。彼は今日の午後に近所の不動産屋へと顔を出し、部屋探しのふりをしながら内情を探るという指示が下りている。だとしても、チームや支部でも一番の戦力ともなるオフィーリアはお留守番。なぜって、前記にもあるように、彼女はまだ子どもなのだ。見た目はもちろん、身分証明書などを提示しても、子どもが「部屋を借りたい」だなんてできるはずがないからである。
「じゃあ、先に私が行ってくるわね」
オフィス内にいたチームメイトのジュディがそう言った。彼女の頬には手当の痕があった。これは先日、廃倉庫で運び屋たちにやられた傷である。これを利用して、暴漢に殴られたからセキュリティのしっかりしている家を探す女性役として、今から不動産屋へと向かうのである。
不幸中の幸いと言うべきか。こういうときにこそ利用できる傷だな、と思いながらジュディを見送った。オフィーリアもアイスキャンディーを手に持ちながら「行ってらっしゃい」と笑顔で見送ると――。
「あーあ、わたしもジュディやヴァンダみたいな大人の女だったらな」
そう窓に向かって嘆いた。アイスキャンディーに齧りつきながら、キャスター付きの椅子をくるくると回して遊ぶ。彼女曰く、早く大人になりたいそうだ。それもそうだろうな。自分が一か月以内にゼロ・カルテルのリーダーを捕まえると宣言をしていたのだから。彼女自身も潜入捜査に加わりたいのだろう。結果がわかるまでの指示待ちとは。ずっと資料動画などを眺めていても退屈だろう。
「今日は暇だな。あーあ、今日が明日だったら、どんなにいいことか」
そして、オフィーリアは明日を心待ちにしているようである。明日はモニカと遊ぶ約束をしたから。そのため、休暇を取っているらしい。
タクマは資料を眺めながら、「そういえば」と訊ねる。
「モニカとは何して遊ぶ予定なんだ?」
「……何すればいい?」
遊びを知らないお子様は、こればかりは仕方あるまい。同年代の子どもと遊ぶよりも、勉強と体力づくりをし続けてきたらしいお子様だから。彼女曰く、学校という学校をよく知らないと言う。皮肉ではあるな、と少し同情しながら「サッカーは?」と提案した。
「モニカはサッカーが好きだし。それに、オフィーリアだって、身体を動かすことは嫌いじゃないだろ?」
運動神経は抜群。それも、タクマよりも。同じチームメイトたちよりも、体力は十分にある方だ。拳銃一丁を持った相手に丸腰で挑めるのは彼女ぐらいなものだろう。というか、途轍もなくすごい。その一言で足りる存在だ。
タクマの提案にオフィーリアは眉根を寄せつつ、自身の銀髪を弄り始めた。
「あの玉蹴りを?」
「なんで、そんなに嫌がるんだよ」
「だって、どこが面白いのかわからないんだもん」
キャスター付きの椅子で再びくるくると回り始めるわがままお嬢様。なくなったアイスキャンディーの棒に染み付いた味を噛み締めながら先端部分を指で弾いている。それを見たタクマは「ごみは捨てろよ」と近くにあるごみ箱を指差す。そうしていると、マリアが《サッカーのルールをオフィーリアの端末機にお送りしましょうか》と反応してきてくれた。
《ルールを知れば、楽しいゲームですよ》
「言っても、二十二人もどうやって集めるって言うの? ああ、わたしたちを除いて二十人か。モニカは記憶喪失だから、友だちを誘いづらいでしょ? たとえ、誘ったとしても、わたしは気まずいもん」
オフィーリアは二十二人も集まらなければ、サッカーができないと思っているらしい。これにタクマはツッコミを入れた。
「二人だけでもできるじゃないか。どうせ、グラウンドでやる訳でもないしさ。モニカの家の庭とかぐらいだろ?」
そのツッコミに彼女は「そもそもぉ」と唇を尖らせながら、齧っていたアイスキャンディーの棒で差してきた。
「サッカーって、ただボールを追いかけるだけの競技でしょ? 絶対、途中で飽きるって」
「飽きたなら、別の遊びをすればいいだけだろ」
そろそろ、捨てろと彼はごみ箱片手にオフィーリアに近付いた。彼女は渋々とアイスキャンディーの棒を捨てる。
「じゃあ、別の遊びは? 言ってみなさいよ」
「テレビゲームとか、お人形遊びでもいいんじゃないか? 記憶を失う前のモニカはお人形遊びが好きだったらしいし」
「お人形遊びだなんて。それこそ、赤ちゃんの遊びじゃん! わたし、赤ちゃんじゃない!」
それぐらいは誰もが知っているよ。そう言いたいが、黙っておくことにした。そう、タクマはごみ箱を定位置に戻しながら思う。だって、逆切れして、足蹴りされたらたまらないもん。絶対痛いし。
という以前に、オフィーリアはここでお留守番をすること自体が気に入らないらしい。「散歩に行ってくる」と椅子から立ち上がると、オフィスを出ていってしまった。この状況に彼は深いため息をつくしかないのであった。
◆
自慢の綺麗な銀色の髪の毛を弄りながら、オフィーリアは町の大通りへと来ていた。人ごみに紛れて、ただ前を突き進む。それだけではつまらない。だから、周囲に目配せをして、あやしい連中を探していた。だとしても、どいつもこいつも昼間っから歩き回っているせいで、仕事をしていない人間としか見えない。それが故に、全員があやしいとしか思えなかった。
あーあ、白昼堂々と犯罪が起きていないかな。普通はそうならないように願うべきなのに、あまりの退屈さにとんでもない願いを込め始めるオフィーリア。ぼんやりぼけっと歩いていると、急に目の前をトラックが横切るものだから、肩を強張らせた。
「何よっ」
歩行者が見えていないドライバーなのか。いや、見えていたらしい。運転席の窓が開いたかと思えば、無精ひげの男が「退け」と言ってくる。
「邪魔だ。こっちは汗水垂らして仕事しているんだぞ。学校サボるな、学校を」
そんなの知らねぇよ、と視線で悪態をつくオフィーリアは「ただ運転しているだけなのに」と一蹴する。
「本当に自分の手で運んでいるなら、そんなことが言えると思うけど」
「ああ!?」
ここで一連の騒ぎを受けてなのか、近くのビルからスーツ姿の男性が現れた。そこのビルは少し真新しいように思えるのは――ああ、そうだった。タカシが言っていたな。このビルにアパレル会社が入ったって。そこの社員か。であるならば、彼がこちらへとやって来るのは――スーツ姿の男はドライバーと顔見知りなのか「何をしているんだ?」と怪訝そうに話しかけてきた。
「トラックがあるのに、なかなかこっちの方に来ないし」
「ああ、このガキがよぉ……」
「そんなの無視をすればいいだけだろ。お嬢ちゃん、悪かった。これをあげるから勘弁してくれ」
スーツ姿の男はポケットからキャンディを一個取り出すと、オフィーリアに手渡しした。それでこちらの気が晴れるとでも? 彼女はしかめっ面を見せながら「そういう問題?」と上から目線かつ、問題を引きずろうとする。
「たかが子どもだと思っているから、誠意が全くないわ。あなたたち、立派な大人なんでしょ? だったら、立派な大人である証拠をこの子どもに見せなさいよ」
不愛想にもほどがあることを口走る。それに対して、男たち二人は顔を見合わせると、ドライバーの方が「なんだ、このクソガキは」と文句を言う。
「こいつ、跳ね飛ばしたいんだけど」
「止めとけ。警察に見つかったら、どうするんだよ」
「私が警察だけど?」
オフィーリアは自身の身分証明書を二人に見せた。一瞬だけ、彼らはどこか焦り気味であったが、「本物に近いおもちゃを買ってもらってよかったな」とバカにされた。本当にムカつきを覚えた彼女はこの場で暴れてやろうかと思ったのだが――。
「一般人に手を出しちゃいかんだろ」
そうタカシに拳骨を食らった。彼はどこか面倒臭そうに「この子が失礼をした」と頭を下げる。
「ほら、この人たちの仕事の邪魔になっているから」
「邪魔ぁ!? 邪魔はあのドライバー! 聞いて、こいつって人の通行を妨げたのよ!?」
「はいはい、愚痴はよそで聞きます。だから、お口はチャック」
「でもっ……!」
「でもはなし。この人たちを邪魔した分の慰謝料を払いたくないだろ? ほら、行くぞ」
タカシに制されても文句が足りないオフィーリア。この場に留まろうとするのだが、彼によって引きずられるようにして引き取られてしまった。その場に残された男二人は再び、互いの顔を見合わせるのだった。
「何だったんだ、あの子どもは」
「さあ?」
◆
強引に目の前にある支部のビルへと連行されたオフィーリア。彼女にはホットチョコレートを出す。それを飲みながら「なんてことをしたの?」とタカシに不満がっていた。
「粘れば、あいつらの方から慰謝料取れたのに! 子ども相手を下に見ているから、逆に搾り取れるのに!」
「子どもの癖に、金にはがめついのな」
「……日本語で何を言っているかわかんないけど、私の邪魔をしないで欲しかった」
「いやいや、オフィーリアだって、あの人たちのお仕事を邪魔していたようなものだろ?」
「ただ、車で荷物を運ぶだけのことでしょ? 人力だったら、わたしは何も言わない」
先ほどの現場と支部があるビルは近い。すぐそこにある。彼女の通行を妨げたトラックはまだ向かいのビル側に停車していた。
「それに、聞いたことのないブランド会社。その内、潰れそう」
「はいはい、お口はチャックね」
「バカにしてんじゃないわよ」
タカシからバカにされた気がして、オフィーリアはスーツの男からもらったキャンディを取り出した。そして、それを食べようとするが――没収される。
「大の大人が子どもからお菓子奪ってんじゃないよ」
「そうじゃねぇよ。前にも言っただろ? 知らない人からお菓子をもらうなって」
これにより、更にご機嫌斜めになる彼女は自身の髪の毛を弄りながら「じゃあ」と口を尖らせていた。
「別のお菓子をちょうだい」
わたしを子どもだと思うなら。なんて、催促をしてくる。これにタカシは「そう言うと思って、Qのチョコレートがあるぞ」と目の前に本物の箱を取り出してみせた。これに反応するお子様は精いっぱい手を伸ばしながら「早くちょうだい」と言っていた。
「それ、食べたい」
「食べるのはいいが、条件がある」
「はあ? 子どもからお金を奪う気?」
「違ぇよ。これをあげる代わりに、タクマのことについて教えて欲しいだけだ」
なぜにタクマのことを? オフィーリアは疑問に思う。二人は親子なのに。
「本人に訊けばいいじゃないの?」
まだまだオフィーリアは目いっぱいに手を伸ばしている。それを見ながら、面白いなと思うタカシは「いやぁ?」と苦笑い。
「タクマって、大人になっても反抗期が続いているからさ。もうちょい、詳しく知りたいじゃない? 親なら」
彼曰く、タクマと話してもあまり自分の子どもとしての情報が得られないらしい。そして、タカシはどこか寂しげに言うのだ。
「俺は親だけど、父親失格みたいなところがあるらしいからな」
「どういう風に失格なの?」
「それ、聞いちゃうの? って、あれぇ!?」
オフィーリアの手が届かない位置に自分が持っていたのに。いつの間にか、彼女はQのチョコレートを奪取して美味しそうに頬張っているではないか。ここまで発言して、取られてしまったのは仕方あるまい。タカシは「あとで教えろよ」とタバコを取り出しそうになるが、手を止めた。口寂しいなと思いながらQのチョコレートを眺める。
「誕生日とか、運動会とかさ……行事がある日にはいつも一緒にいてあげられなかったことだよ」
「母親がいるんじゃないの?」
どうせならば、とタカシはQのチョコレートを一つ取った。それに不服そうな顔を見せるのはオフィーリアである。彼は頬張りながら「いないよ」と答えた。
「あいつが三歳のときに死んじゃったからね。一応、家にはお手伝いさんがいたんだけど……まあ、誕生日にお手伝いさんだけじゃあね」
「誕生日で思い出したけど、四月四日はわたしの誕生日だからプレゼントを用意しておいてね」
「それ、今言う? まあ、用意はしておくよ。そんで、あるとき、タクマに「本当のお父さんじゃない」ってめちゃくそ言われたなぁ。あのときはすっげー傷付いたし、枕が濡れたよ」
「鼻水で?」
「もうちょい別の言い方があるだろ。……それからだよ、親子関係がぎくしゃくし始めたの」
オフィーリアはカラフルな色をしたQのチョコレートを眺めながら「どうして一緒にいてあげなかったの?」と訊いた。
「日本支部にいた時期もあったでしょ」
「あっちにいた頃もな、ゼロ・カルテルを追っていたんだ」
「忙し過ぎたってこと?」
「そうだな。当時は日本の移民受け入れ制度を利用して、カルテルの連中が活動していたし」
タカシ曰く、最後の一人のところで中国に逃げられたとか。その逃げた人物こそ、オフィーリアとタクマが追っている麻薬カルテルのリーダー的存在であり、最重要人物――サタナスだ。彼をタカシは二十年も前から追っていた。そう感慨深いなとオフィーリアが思っていると、最後の一つであるQのチョコレートをタカシに奪われてしまう。これに呆気に囚われ――。
「さて、俺のことは話したぞ。次はオフィーリアの番だ」
指示を受けるが、答える気にはなれない。だって、取った人が悪いんだもん。だが、約束は約束。オフィーリアは一度だけ視線をずらすと「使えるか、使えないのかわからないやつ」と答えた。
「そんな感じ」
「そんな感じって……おいおい、もうちょっとわかりやすく教えてくれよ」
「わたしに弱い」
「俺が求めている答えをオフィーリアは出せんのか」
今度はバカにしたような言い方。肩を竦めて、してやったりの顔をしてくるものだから、ちょっとだけ腹が立つ。これに唇を尖らせるオフィーリアは「酒が飲めない、タバコが吸えないお子様」と言った。
「ここで働いているのに、スペイン語が下手くそ。だから、いつもわたしが日本語を話してる。もちろん、英語も下手くそ。チームメイトと話すときは言葉をよく詰まらせてる。でも、わたしが、みんなが頼みごとをすれば、そつなくしてくれる。おんぶもしてくれた。私とモニカの中を取り合ってくれた。わたしの好みを知って、Qのチョコレートを買ってくれた。いつも、ミルクや紅茶を淹れてくれる。少しだけ……ほんのちょっとだけ、ピンチのときに助けてくれた。マリアを見せたとき、すごいと言ってくれた……人」
「へえ、あいつはいいやつだな」
「これで文句はないでしょ」
「ああ、そうだな。そんないい子にもう一つお願いがある」
そう言うタカシは懐から封筒を取り出した。そこに書かれているのはパーティーの招待状か。
「不動産業界のパーティーの招待状を手に入れた。これにオフィーリアはタクマを連れ出して欲しい。ちょっとだけ親子の会話をしたいから」
「電話ですればいいのに」
「あいつがそれだけのために話をしてくれるとは思えない。だからこそ、面と向かって話をしたいんだよ」
なあ、いいだろ? とタカシはねだってくる。
「Qのチョコレートをもらっただろ?」
「おじさんは最後のお楽しみを取ったことはどう思っている?」
「……次は全部オフィーリアの物だから」
「一箱だけ?」
彼はそっと指を三本立てた。これにオフィーリアは満足げに大きく頷いた。納得してくれたようである。
「いいわよ。あいつをパーティーにお誘いしてあげる!」
◆
ついでにタカシからお昼ご飯を奢ってもらい、オフィーリアがオフィスへと戻ってくると、タクマはいなかった。ああ、そうだった。彼は調査のために近所の不動産屋へと赴いたか。それならば、帰ってくるまで何をしていよう。頭を悩ませながら、彼女はジュディとマリアに「ただいま」と言った。
時計を眺めながら自席へと向かう彼女にジュディたちは「おかえり」と返してくれた。
「お散歩行ってきたんだっけ? 楽しかった?」
「うん、楽しかったかな。ねえ、あいつはいつ頃帰ってくるかな?」
ジュディは誰のことだろうかと一瞬だけわからなかったようだが、誰のことかわかった。彼女は「ああ」と理解すると「タクマのこと?」と訊ねる。これにオフィーリアは頷いた。
《タクマならば、三十七分五十秒前にオフィスから退席されていますよ》
「私と入れ違いだったからね。不動産との相談って時間かかるよ?」
まだ帰ってこないとわかると、彼女は「そう」とどこか残念そうにした。その様子にジュディは「伝言でもあるの?」と訊いてきた。
「急ぎだったら、電話すれば出てくれると思うけど」
急ぎでではない。オフィーリアがタクマに伝えたいのは今夜のパーティーについてである。このことについて連絡をしてみよう。絶対に、今は不動産屋にいるんだけどという苛立ちツッコミが来るのは間違いない。彼女は自分が間違っているという指摘を相手にされることが大嫌いなのだ。そういうところに変なプライドがあるから――。
「いい」
椅子に乗りながら、窓の外を見る。人がいる。その中にタクマはいない。オフィーリアは早く帰ってきたらいいのに。そう不貞腐れるのだった。
◆
タクマがオフィスへと戻ってきたときは夕方だった。彼は疲れ切った顔をしながら「戻りました」と報告をした。
「お店の人がどんどん勧めてくるから、逃げるのに一苦労ですよ」
「タクマは押しに弱いのね」
「ははっ……」
彼は苦笑いをすると、自席に着いて一息ついた。その様子にオフィーリアは「遅い」と唇を尖らせている。
「どれだけ時間がかかっているの?」
「仕方ないだろ。逃げられないように、これはあれはって間取りを次々に見せてくるからさぁ」
「全く。せっかく、わたしがあなたにパーティーのお誘いをしてあげてやっているのに」
パーティー? 行きたい! この回答がオフィーリアの予想だった。だが、タクマは「いや、いい」と断ってしまう。これに驚きを隠せない彼女は「なんでよ!?」とついオフィス内で声を荒げてしまう。
「パーティーよ!? お菓子とかジュースとかいっぱい出てくるのに!?」
「俺、疲れてるし。そもそも、騒がしいところは苦手だし。俺じゃなくて、ジュディさんはどうですか?」
そんなっ!? 珍しくオフィーリアは悲しそうな顔を見せている。その表情に、何かしら気付いてしまったジュディは「遠慮しておくわ」と苦笑い。
「今日は先約があるから」
「ああ、それなら……」
仕方あるまい。付き合ってあげるか。この言葉を期待するのだが――現実は違うことを知らしめてくれるアイテム、スマートフォンが登場した。
「手が空いている人はいないかな?」
タクマはパーティーへ行く気ゼロ。チーム内に連絡を入れ始めたのである。これにどう言えばいいのかわからないオフィーリアはうろたえる。連絡をするタクマとジュディを交互に見てきた。一方でジュディもどうしようもないと思っていた。下手な発言はあのお子様のプライドが傷付くはず。どうしようか。そもそも、彼女は何を以て彼とパーティーに行きたがるのか。そこを始めに知っておけばよかったのかもしれない。なんて後悔してももう遅い。
――いや、待てよ。
ジュディは慌ててチームメイトたちにメールを作成した。それはパーティー参加を断って欲しいという内容。事情はあとで伝えるということで、送信をしてみるが――これでどうにかなるわけではないというのが現状である。
「あっ、行けますか?」
誰に連絡を入れた!? 声が聞こえないからわからない。パーティーに行けるという人物と通話しているタクマはオフィーリアに「何時からだ?」と訊いていた。
「ヴァンダさんなら行けるって」
「…………」
答えたくないから、仕事に忙しいふりをしてみる。だが、そのふりは傍から見ても、本当には見えない。「おい、聞いているのか?」と彼は少し苛立っている様子。
「パーティーに行きたいんだろ? 開始時刻とか、会場を教えてくれないとわからないだろ」
「…………」
誤魔化しは利くだろうか。一応、マリアの反応設定を変えてやり過ごしてはいる。だって、何も答えない状況であれば、彼女は反応してくるから。
ジュディはヴァンダと連絡を取っていることを知って、オフィス外へと出た。そして、彼女と一緒にいるはずであろうローベルトに連絡を取る。彼はすぐに出てくれた。彼らは確か、一緒になってこちらへと戻ってきているはずだ。
実際に彼は外にいるのか、雑音がうるさかった。だが、それを気にしている暇はない。
「お願い、ヴァンダのパーティー出席を断るように言って!」
《はあ?》
「オフィーリアがどうしてもタクマとパーティーに出たがっているみたいなのよ」
《……よくわからんが、ヴァンダ》
スマートフォンの向こう側から男女のやり取りが聞こえてくる。それがしばらく続き、ややあってローベルトが《わかったってさ》と同時にオフィスの方からは「ああ、そうですか。残念ですね」とヴァンダが断ってくれたようである。
何をここまで自分が必死になっているかはわからないが、オフィーリアも年頃の女の子。好きな人とパーティーに行きたいのは当然。実質、このチームメイトで一番に懐いているのはタクマなのだから。
「ありがとう、ローベルト。今夜はヴァンダも誘って何か奢るわ」
《そいつはありがたいな。ヴァンダも喜ぶよ。断るとき、ちょっと残念そうな顔をしていたからな》
「彼女にも謝らなきゃね」
一安心するジュディをよそに、やっぱり出席できないと断られたタクマは渋っていた。誰も予定が空いてないとなると、いよいよと自分がオフィーリアのお守役で出席せねばならないのだから。こればかりはな、と頭を掻く。正直言うと、行きたくないのである。彼女を見た。オフィーリアはじっとこちらを見ている。その目からして、どこか怒り気味のようだが?
「……今日じゃなきゃ、ダメなのか?」
「ダメ」
「俺、行く気ないんだけど」
はっきりと断るには理由を言うべきだ。言ってみた。だが、その理由はすぐに却下されてしまう。
「行かなきゃダメ。わたしとあなたは今夜、パーティーに出席する運命となっているもの」
「それ、恐ろしいものしか感じないんだけど」
「いいから。パーティーはもうすぐ始まる。急いで、支度して」
なんて言うオフィーリアが席を立つと――あら不思議。先ほどまではパーカーにショートパンツ姿だったのに。いつの間にドレスアップをしたのやら。
「いつ着替えたんだよ」
「いつでもいいでしょ。準備は早めが一番」
何も言えないタクマは「はいはい」と嫌々にパーティー出席に首を縦に振るしかなかった。
◆
そもそも、パーティーだのと人が賑わっている場所が億劫だと思うタクマは頭を抱えていた。半歩先を行くオフィーリアは上機嫌。どうも、そのパーティーにはチョコレートが出るらしい。彼女は「チョコレート、チョコレート」と小粋な歌を歌っているではないか。
――パーティー、か。
もっともな話、彼自身はしたことないのだが、する準備だけはしたことがあった。自分のバースデーパーティーである。苦い思い出がよみがえってくる。家のお手伝いのアカネと共に、飾りつけをしたっけか。ケーキも一緒に作って――夜に帰ってくるであろうタカシの帰りを待ち侘びていた。もう十五年も前の話なのに、鮮明に覚えている自分に嫌悪を抱く。
夜にパーティーをしよう。そう、約束をしたのに。
【アカネさん、お父さんはいつ帰ってくるかな?】
友達からもらったバースデープレゼントをタカシにも見せてあげたかった。とても嬉しかったから。だが、今夜のバースデーパーティーの方がもっと楽しい一時になるはず。自分の傍には父親の似顔絵と、頑張って貯めたお小遣いで買った安物の腕時計がある。
【わかりませんねぇ。少し、遅くなるのかもしれませんね】
当時のアカネはサプライズでタカシが登場するものだと思い込んでいたらしい。いたずら好きの彼ならありえると思って。しかし、七時になっても、八時になっても、九時になっても――。
【タクマ君、先にご飯を食べていましょう?】
十一時過ぎても。
【タクマ君、もう寝る時間過ぎていますよ】
【お父さんが帰ってくるまで待ってる】
十二時過ぎても、一時過ぎても。転寝をするアカネの傍らで待ち続けた。時計の音がやけに頭の中で響いていた。その音のせいで、秒針の音があまり好きじゃなくなったんだっけか。
ふと、気がつけば朝を迎えていた。それでも、タカシからの連絡は一切なし。こちらがかけようとしても――。
【おかけになられた番号は、現在電波の届かない場所にあるか、電源を切られているか――】
悔しくて、悔しくて。自分が用意したバースデープレゼントが憎たらしく思えるようになっていた。
【二度と、お父さんとパーティーなんかするもんか!】
一人、布団の中で泣いていたっけ。
会場へと向かう重い足。そのパーティー会場があるビルの入口に立っていたのは――。
「よう、お二人さん」
へらへらと笑うタカシがそこにいた。タクマの腹の底から怒りが込み上がってくる。なんで、こいつがここにいるんだとムカつきを覚えた。
「今日は親子で楽しもうぜ」
何を言っているのだろうか。頭を強く叩かれた気がした。ぐわん、と視界が一瞬だけぼやけそうになる。彼は頭を抱えた。
なかなか、こちらへと来ようとしないタクマ。事情を知らないオフィーリアは「どうしたの?」と訊いてきた。その表情はこれまでこちらに向けることはなかった不安そうな顔。モニカのときでも見ない顔。
「別に」
何でもないと答えたら、タカシが「大方、中の方が眩しく見えたんだろ」と冗談交じりで言ってくるものだから――。
――その通り。眩し過ぎた。
だからこそ、タクマは不快そうな顔を造って、タカシに向けた。
「オフィーリア、そいつがいるなら……俺は帰っていいだろ」
「えっ?」
「いやいや、タクマ。せっかく来たんだ。ばっちりと正装もしちゃってるし」
「帰る」
二人に背を向け、そのまま立ち去ろうとする。だが、ここでタカシが「何が気に食わないんだ?」と低い声で訊いてきた。
「お前、俺を見たときに嫌な顔をしたよな? 何が不満なんだよ。言ってみろ」
横目で自分の父親を見る。向こうもこちらと同じ不快感あふれる顔をしているではないか。なぜに、こいつがそんな表情を浮かべているのか全く意味がわからなかった。
――なんでだ?
あまりにも怒りが収まり切れない。とてもむしゃくしゃする。どうして、こちらが悪い方になっているんだろうか。
――何が不満なのか言ってみろ、だ? マジでふざけんじゃねぇよ!
業を煮やしたタクマは二人の方を振り向くと「じゃあ、言ってやるよ!」そう、睨みつける。
「二度と、父親面をするなっ!!」
これ以上、足を止める必要性なし。聞く耳を持たずして、彼は夜の町へと消えていくのだった。そんなタクマの後ろ姿を見つめながらも、タカシが気にかかるオフィーリア。昼間聞いていた親子関係の溝よりも、ここで生まれた溝は更に深そうだ。それに、自分自身が彼らの仲を取り合うことは不可能だろうという確信があった。
「おじさん……」
他人の家庭事情に首を突っ込めそうにない。どう声をかけたらばいいのか。タカシは眉間にしわを寄せて、とても悲しそうな顔を見せていたが――何かに気付くと「悪かった」そう、オフィーリアの頭に手を置いた。どこか声を震わせているのは絶対に気のせいではない。
「中に入ろう」
タカシは会場の方へとオフィーリアを案内する。受付で招待状を渡しながら「Qのチョコレートはちゃんと買ってやるから」と独り言のように言い放った。
「約束だったもんな。あいつをこっちに連れてくるって」
「で、でも……」
彼らは親子としての会話を全くしていない。むしろ、悪化した――いや、これはさせてしまったというべきか。
元々、タクマはパーティー参加を断っていた。それもあろうことか、自分の私利私欲に負けたことが災いしてか、強引に引っ張ってきて――二人を傷付けてしまった。これでいいはずがない。オフィーリアはとても申し訳なく思っていた。
このパーティーは不動産業界が携わっている。それだからこそ、タカシは可能性として潜りたかった。本格的な調査に入る前にして、タクマと会話をしたかったようである。だが、彼自身のプライベートミッションは失敗に終わっている。これはモチベーションの問題だろうかはわからないが、なんとも複雑な気分。美味しそうに見えるはずのケーキなんて食べても美味しくない。ただ単に、主催者たちが盛り上がっているだけのパーティーに過ぎない。
オフィーリアは設置された椅子に座るタカシを見た。彼は相当気を落としているようだ。このまま、仕事モードに入るわけにはいかない。どの道、彼にとっても仕事にはならないはずだろう。
今回は諦めて帰ろう。そうオフィーリアがテーブルに皿を置いたときだった。ふと、彼女の視界の端に映った男の姿。そちらを見れば、誰もいないのに――。
だがしかし、彼女の目にははっきりと映った男の首にあった物。
――あいつは!?
慌てて、その人物が向かったであろう場所へと駆け込む。突然走り出したオフィーリアにタカシは追いかけてくる。彼女は何かを見つけたとしか思えない。それがなんであるかの憶測は――。
「誰もいない?」
念のために、会場から離れた関係者用通路を手あたり次第捜索する。見えていたのだ。あの男の首にあった『0』のタトゥー。間違いない。あいつはサタナスだった。
「オフィーリア、誰かいたのか?」
ようやく彼女に追いついたタカシが声をかけると、オフィーリアはサタナスを見つけたと答えた。
「サタナスって……カルテルの連中か?」
「リーダー! ソロが言っていた。ヘコとあいつはサタナスって呼んでいるって! それに、ブエイはデーモンって言っていた! 何? あれにはまだ名前があるの!?」
「ブエイ……ああ、あのデカ男か」
タカシが思い出すのは事情聴取で知っていることすべてをバラした大柄な男、ブエイ。本名はまた別にある男――。
「あいつの名前を知っているやつはほとんどいないはずだ。だから、俺や古参の捜査官は二十年も前から『ゼロ』だなんて呼んでいる」
「ゼロ……? タトゥーからの由来?」
「そう。あいつらのカルテルにも実は名前がない。だから、俺たちはそいつの仮名『ゼロ』から取って、『ゼロ・カルテル』と呼んでいるんだ。そっちの方が、どいつが言っていた名前を利用するか悩まずに済むだろ?」
もっともだと思う。だとしても、もうここで会話をする暇はないだろう。サタナス――改め、ゼロはそう遠くまで行っていないはず。
ここでタカシは護身用に持っていた拳銃を手にする。
「近くにいるなら、拘束するぞ」
「うん」
オフィーリアは動きやすいように、ドレスの端を上の方にまくり上げて縛った。ああ、もう。こういうときに限って動きづらい格好なんだもん。最悪だ。
「危ないと思ったら、逃げろ。応援を呼べよ」
「もちろん」
慎重に行動せねばならないのは十分に承知している。ゼロは危険な人物だ。カルテルの仲間の命ですらなんとも思わず、弄ぶ極悪非道な人間なのだから。
二人が同時にとある部屋へと踏み入れたときだった。タカシの頭に強い衝撃が走った。その鈍くて痛々しい音にオフィーリアが動こうとする前に――「うっ!?」
反応ができなかった。判断ができなかった。自分の動きよりも素早い誰か――ゼロが首を掴み取って部屋の奥へと投げたのだから。直後、扉は閉められて、鍵もかけられてしまったではないか。
「出しなさいっ!」
慌てて体勢を立て直したオフィーリアは扉へと走り寄って、強く叩いた。
「ここから、出せっ!」
しかしながら、扉の向こう側に反応はない。誰もいないように思えた。扉からの強引な脱出は不可能。それならば、窓から――窓がない。それどころか、通気口ですらもとても小さくて、オフィーリアの手だけしか入れそうにもない。
「そんなっ……!」
そうだ、連絡! 誰かに連絡して、助けに来てもらわなければ――と、自身のスマートフォンを出すも圏外だった。それに、プライベート用のスマートフォンに至っては、液晶がバキバキ状態。電源を入れようにも入らないのは本体までやられている? これは先ほど投げられた衝撃でだろうか。
「最悪」
タカシは未だとして気絶しているし、この状況で気付いてくれるのは――いるにはいるが、どれほどの時間がかかるのだろうか。たとえ、タクマがここにいると知っていて、探しに来てもらえたとしても。タカシのチームメイトが来たとしても、ここにいる人間からいないと言われてしまえば――もう終わりだ。これが絶体絶命というもの。
オフィーリアは恨む、自身が欲に負けて動いてしまったことを。
◇
お帰りなさいませ、とアカネにあいさつをもらった。現時刻は夜の九時を回っていた。
「タクマは?」
タカシの手にはバースデープレゼント。前からタクマが欲しい物だとねだっていたおもちゃ。彼の居場所をアカネに訊ねると、彼女は「今朝から自室にいらっしゃいます」と困惑していた。
「申し訳ありません。私にはどう声をおかけすればよかったのか」
「ありがとう。いいんだ、俺が連絡を寄こさなかったから」
タカシはラッピングされたプレゼントを手にしたまま、タクマの部屋のドアをノックする。
「タクマ、誕生日プレゼントだぞ~」
扉の向こう側から帰ってきた言葉は「要らない」だけ。それ以外に何も答えようとはしなかった。彼はもう一度、ノックをする。
「いいのか? 前から欲しがっていた変身ベルトだぞ? あのヒーローのアイテムだぞ?」
「要らない」
「ケーキも俺が全部食べちゃうぞ~」
「勝手に食べれば」
ドアには鍵がかかったまま。開けようにも、開けられない。彼がタクマに何かを言おうとするが――。
「二度と、お父さんとパーティーなんてするもんかっ!」
言葉が詰まる。だが、昨日のバースデーパーティーまでに戻ってこられなかったのには理由がある、とタカシは主張した。
「しかたねぇだろ? 俺は……仕事だったんだ。それも、途中で抜け出せないくらいの忙しい仕事でな」
「なんでだよっ! 電話もなくて……出てくれなくて!」
「出られなかったんだって」
いいから、鍵を開けろ。そうタカシが言うのだが、タクマは「嫌だ」と駄々を捏ねていた。
「お父さんなんて、本当のお父さんじゃないんだっ!」
これ以上は何も言えなかった。プレゼントを持っている左手が震えている。いや、膝も震えていた。なんだか、持っていられなくて。そのバースデープレゼントをアカネに投げ渡す。そして、彼女に「すんません」と小さく謝った。
「俺、寝ていないから眠くて。あとで、タクマとご馳走でも食べてきて。冷蔵庫の中身は起きたら俺が処分するから」
財布から二万円を取り出して、それを彼女に渡した。彼は夜にまた仕事に戻るから。そう言うと、こちらもまた自室へと籠ってしまうのだった。
◇
思い出した。今日は自分の誕生日だった。夜空を見上げていたタクマは気付く。なぜにバースデーパーティーを開きたかったのか。それは自分の次の日がタカシの誕生日ということもあったから。一緒に祝おうとしていた。父親が忙しいということもわかっていたから。二日続けて誰かを祝うことはできないだろうから。タカシが言っていた。タクマの誕生日に一緒に祝おうなって。
祝ってあげたかったんだ。
「捨てたっけ」
本当はあのバースデーパーティーに渡す予定だった安物の腕時計と似顔絵。アカネに訊ねられた。これは本当によろしいのですか、と。捨てても構わない物だったから、頷いた。勝手にこれでタカシが喜ぶだろうと勘違いして。
ああ、今日はなんて最悪なんだ。嫌な記憶はよみがえるし、苦手なパーティーに無理やり参加されそうになったし。逃げて正解だったな。
早いところ、家に帰ろう。タクマが足を動かそうとしたときだった。
「こんばんは」
声をかけられた。そちらの方を見ると、そこにはスーツ姿の優男が立っていた。この人物、タクマには見覚えがある。
「不動産屋の……」
そうだ。今日、彼が調査に入った不動産屋で鬱陶しいほどの間取りを見せつけて、なかなか帰らせようとしなかった人物だ。
「えっと、モンタニェスさんでしたよね」
「はい、僕の名前を覚えてもらえて何よりですよ」
そりゃ、あんなにしつこかったならば、嫌でも覚えている。なんて口には出せず、タクマは苦笑いをする。
「こんな時間にお散歩ですか?」
「ええ」
散歩でも、スーツを着るのか。それとも、仕事帰りの散歩か。そう思っていると――。
「よかったら、一緒にディナーでもいかがですか?」
誘ってきやがった。これは時間外営業か? まさか、ここは日本じゃあるまいし。タクマが「結構です」と断ろうとするのだが「いいじゃないですか」と強引に誘おうとしてくるではないか。
「僕は一人のディナーが苦手なんですよ。誰か一緒じゃないと、死んじゃいますし」
「そんな、ウサギじゃあるまいし……」
「ウサギは寂しさで死にはしませんよ。それに、大丈夫です。今は間取りのデータなんてありませんし」
「そういう問題ですか?」
「はい、そういう問題なんですよ。どうせ、そちらもディナーはまだでしょう?」
「…………」
実に悩ましいところ。であっても、今夜の予定は潰れたものだ。モンタニェスは営業目的ではないと言っているし、いいか。タクマは「いいですよ」と断るに断れなかった。