第3話
風呂から出てきた俺に陽羽が話しかけてきた。
「ちょっと調べてみたんだけど、ここのマンションって二人暮らし用なんだね。まるでオレを歓迎してくれてるみたいじゃんね☆」
「いやいやいや、本当にここに住むつもりか!?そもそもお前を養っていく金なんてないぞ!?」
「あーそれなら大丈夫。オレの消費したものは大人の…じゃなくてまやかしだからほんとは消えてないし…今朝の目玉焼きだって、冷蔵庫見てよ?」
「確かお互い2個ずつ、4個使ったはずだが」
冷蔵庫の中を覗く。10個入りの卵パックからは卵2個だけが無くなっていた。
「……どうなってんだ」
「だーかーら、オレが生活してる部分は全部、現実世界にはなにも残さないってこと」
「よく分からないが…まあ、金銭的には今までの感覚で支障ないのはありがたい」
「それにオレ、バイトしてるからお小遣いはいらないし。というわけだからさ、合鍵ちょーだい」
陽羽はテレビから向き直り、俺に手を差し出した。指をちょいちょいと動かす。
「まだ、俺はお前を信じた訳じゃ」
「忘れたの?キューピッド、だよ☆」
「うっ…無くすんじゃないぞ」
「へへっ、あんがと」
今さっきのできごとが、普通ならすべてあり得ないことだけど、そんなあり得ないことを普通に見せられたら、俺の恋を本当に叶えてくれそうな気がして。
これまでの自分のヘタレさを思い返すと、情けないが頼るしか方法はなかった。
「じゃ、あとでねー」
階段をあがると、陽羽が葵さんの部屋から出てくるのが見えた。何事かと思い、するりと陽羽に近づいた。
「おい、何してんだ」
「わっ。なんだ、奏多かー。脅かさないでよ。何って…クッキー作って夕飯ご馳走になっただけだよ?」
そして俺に、可愛くラッピングした袋を渡す。
「それ、葵さんから。よかったねー」
「え、は…え?」
「あ、それからあとで奏多にも夕飯のおかず持ってきてくれるって」
そう伝えた陽羽は、俺を廊下に残し、そそくさと自分の家へと帰っていった。
…キューピッド、やるじゃねーか。
「ね?よく撮れてるでしょ☆」
「これはなんだ…」
陽羽から渡されたケータイには、自撮りする陽羽とその横には葵さん。二人してお揃いのエプロンを着け、カメラ枠内に入るようにかなり密着している。
「お前」
ピーンポン
陽羽に詳しく問い詰めようとしたその時、玄関のインターホンが鳴った。
「はーい!…あ、葵さん!うん、ちょっと待って…かーなーたー、葵さんだよー!」
陽羽が素早く玄関に向かい、俺を呼ぶ。
たく…話は終わってないんだが。葵さんが来たのなら仕方ない。
「こんばんは」
ドキドキしながら玄関に出た。そこには先程の写真に写っていたエプロン姿の葵さんがお皿を持って立っていた。
いつもは下ろしている髪をポニーテールに束ねている。
ぐはぁっ…画面越しじゃないと天使すぎる…!
「こんばんはー。さっき陽羽くんにはお話してたんですけど。これ、良かったら」
そう言って彼女はラップをしたお皿を俺に差し出す。
「陽羽…お前」
陽羽を見ると、後ろ手でピースを作っていた。
うん、これは、悪くない。さっきの件は許そう。
「ありがとうございます」
「それすっごく美味しかったよ!葵さん、良いお嫁さんになれるね☆」
「そんな…ただ料理が好きなだけよ」
頬を赤らめる葵さん。と何かを思い出したように俺を見る。
葵さんとの新婚生活を妄、いや、想像していた俺は瞬時に顔を引き締める。
「えっと…昨夜もおかずを持ってきて。でも、いらっしゃらなくて、それでドアノブにかけたんですけど…食べられてないですか?」
「え!!そ、そうだったんですか!昨日は今日よりも遅くて…でもドアには何もなかったです。お前も見てないよな?」
「うん、奏多が帰ってくるちょっと前に帰ってきたけど、見てないよ」
「そう……誰か持っていったのかしら?」
「そういえば、最近ここらでホームレスがうろうろしてるって新聞にありました」
「だけどここ5階だよ?わざわざ取りに来るかなー?」
「それはわからない。けどそいつらが持って行ったっていう可能性もなくはないだろ?」
「そうですよね…」
しん、としてしまった空気を打ち破ったのは、陽羽だった。
「それなら、これからはオレか奏多に連絡すればいいんじゃない?オレのはさっき教えたから、ほら奏多。教えたげて」
「そうですね!それなら今回みたいなこと無くなると思いますし!」
「ですね、それじゃあ…」
そして、俺は葵さんと連絡先を交換した。
こんなに簡単に連絡先交換できるなんて。
そうか。このことを見越して陽羽は葵さんとこに行ったのか。キューピッド効果抜群だな。
「お風呂あいたよー…って寝てるし。ほら、起きて!」
「ぅおい、それは俺のもんだぞぅ、待てえ」
「うわ、さっきの犯人捕まえてんのかな。ちょっと気持ち悪。…もういいやこのままで」
あまりにも気持ちよさそうな(気持ちの悪い)寝顔だったので陽羽は起こすのをやめた。それから、奏多に布団を掛けなおし、こう呟いた。
「でも捕まるわけにはいかないよ。そもそもあれは奏多がもらっていいものじゃないから…葵さんと結ばれるなんて絶対に許さない」
第4話へつづく。