road
Show must go on. -何があっても、僕たちはこの人生という舞台を、続けなければならない-
飛び出してきたのは、女の子だった。いや、女の子と言うよりは、女の人、と言った方が正しいのかもしれない。
はじめは中学生か高校生くらいの女の子だと思ったのだ。しかし落ち着いてよく見ると、幼く見えるのは小柄な体のせいで、実際は20歳前後の若い女の人だった。
「すみません。怪我、なかったですか?」
怪我をしているのは僕の方だったが、先に言葉を発したのも僕だった。
「.....ください。」
「え?」
あまりに小さな声で、僕は何も聞き取ることができなかった。もう一度言って欲しい、と彼女に伝えたが、彼女は俯いたまま、声を発しなくなった。
ください、と確かに聞こえた。
僕の知る限り、ください、と誰かが誰かに言うときは、お願いをする時だ。物が欲しいか、何かして欲しい。取り敢えず自分の欲しい、を満たしてくれ、ということだろう。
慰謝料とか要求されるんだろうか。
それから数分、根比べのようにどちらも何も言わなかった。しかし、言葉を発しなくなった彼女と、いつまでも夜の歩道の上で座り込んでいるわけにはいかない。
飛び出してきた彼女にぶつからないようにハンドルを切り、壁に激突したせいで、頭や肩が痛かった。
彼女の方は驚いて尻餅をついた程度だが、それでも警察沙汰になれば、罪を問われるのは僕の方だろう。
飛び出してきたのは彼女の方だけど、間違いなく、自転車用の道路を通らずに歩道を通っていた僕が悪い。
警察が来れば面倒なことになる。
「ごめん。僕は君に何をしてあげればいいんだろう。」
歩道と車道を隔てる木のそばでは、車が何台も行き来していたが、その歩道を歩く人は居なかった。
車道と反対側には、大きなマンションが立っている。
人がいないうちに、誰も声をかけてこないうちに、どうにかこの場から去らなくてはならない。
まるで極悪な犯罪人になったような気分で、僕は彼女を見た。
「お金。お金ください。」
声の調子は先ほどと変わらなかったが、次こそは聞き逃さまいと、自分の右耳に全神経を集中させていたから、今度ははっきりと聞き取ることができた。
「あぁ、お金。」
きっと慰謝料か何か、理由をつけてお金を要求されるんだろうと、壁にぶつかった直後から思っていた。だから、お金をください、と、俯いたままの彼女に言われても、焦りも、動揺もしなかった。
この場合はいくら渡せばいいんだろう。
なぜお金を要求されたのか、とか、もしかしたら当たり屋かもしれない、とか、そんなことは僕の頭の中にはなかった。取り敢えず早く、この場を去って、怪我の手当てをして、明日に備えて寝たかった。
ポケットから財布を取り出して中身を見ると、入っていたのは1万円札が3枚、と数千円だった。
「今、これしかなくて。」
1万円札を3枚、財布の中から取り出し、彼女に渡した。
よかった。今日がちょうど給料日で。
数日前からこの日を待ち望み、明日、大学の帰りに好きなグループのCDを買って、欲しかった鞄を買うために引き出しておいたのだ。
彼女は僕が差し出した3枚の1万円札を受け取り、何回か数えた。
もっと出せと要求されたらどうしようかと考え出した時、そっと彼女は立ち上がって、何も言わず、すぐそばのマンションに入っていった。
僕は立ち去る彼女が見えなくなっても、ぼうっとマンションの方を見ていた。
しばらく、不思議なものを見た子供のようにぼうっとし続けたが、だんだんぶつけた体の至るところが痛み始めたので、また自転車に跨り、家に向かった。