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「オフクロ、ダメだ、ヤバイ。囲まれた!」
「くっ! ……こんなところで野盗に会うなんざ、まったくツイてないよ」
オフクロと呼ばれた恰幅のいい女性は吐き捨てるように言いながら、馬車を囲むように並ぶ男達を睨み付けた。
「ったくよぉ、どうせ逃げられねぇのが分かってんなら、さっさと諦めりゃいいものを。手間掛けさせてんじゃねぇぞ!」
他の野盗たちよりも幾分か良い身なりをした男が前に出てくる。
きっとコイツがこの野盗の頭領なのだろう。
その男はいやらしい笑みを浮かべながら、為す術のない親子に向かって死の宣告を告げる。
「荷物はありがたく俺らが頂いてやるよ。本当ならお前らでも奴隷商に売っぱらえば多少の金になったんだがよぉ、奴隷商の奴らはこの前捕まっちまったからなぁ。お前らは運がいい、奴隷にならずに済んだな。……ま、結局ここで土に還ることにはなるんだがなぁ」
そしてヒャハハハハと、下品で耳障りな笑い声を上げた。
◇◇◇
《うわぁ、まんま野盗……》
漫画やアニメや小説などに出てくる野盗のイメージそのものな感じに、雅は思わず苦笑を浮かべる。
《やと?》
聞き取れなかったのか、意味を知らなかったのか、ピーちゃんが首を傾げる。
《や・と・う、だよ? 人を襲って物を盗んだり、危害を加える悪い人達のことね》
《そこにいる人間、みんな野盗〜?》
《いんや、あの馬車っていう乗り物に乗ってる二人は違うよ? 周りにいる黒っぽい服着てるのが野盗だよ》
《黒っぽいのが野盗で悪い人達なんだね〜、分かった〜》
ピーちゃんはそう返事をすると突然隠れていた柱の後ろから出て、向かって右側にいた野盗に向けて口からゴウッと炎の柱を吐き出した。
《ピ、ピーちゃん!? 何しちゃってんのぉ!!》
野盗は二十人ほどおり、フル装備のあちらに対してこちらは丸腰である。
ピーちゃんは確かに強いけれど、もし一斉に襲いかかってこられたら怪我をするかもしれない。
いや、怪我で済めばいいけれど……。
私には知らない他人よりもピーちゃんの方が大事だ。
囲まれている二人には本当に申し訳ないが、雅はこのまま隠れているつもりだった。
命大事に!
ここは現実で、物語のように全てが思い通りのご都合主義とはいかないのだ。
格好良く助けようとして死んでしまったりしたら、笑えない。
けれどもピーちゃんが攻撃を始めてしまった。
こうなってしまっては、もうあの二人を助けるしかないだろう。
小さくハァとため息をつき腹を括って、柱の影から雅も出て行く。
ピーちゃんの攻撃によって、野盗の五人ほどが黒炭と化してプスプスと小さな煙を上げている。
突然のことに野盗達も呆然としていたが、頭領らしき男がいち早く現実へと戻ってきたようだ。
「な、なぜこんなところにドラゴンが!? いや、俺達はツイてる! ドラゴンは高く売れるからな! 殺すなよ、生け捕りにしろ!!」
ピーちゃんだけでなく雅の姿も野盗達から見えているはずなのだが、雅の存在はマルっと無視されたようだ。
(私もいるんですケド!?)
頭領らしき男の言葉に野盗達が「おお〜!!」と武器を天に掲げたかと思うと、一斉にこちらに向かって走ってくる。
が、子どもとはいえやはりドラゴンなピーちゃん。
再度口から炎の柱を吐き出すと、前を走っていた野盗の数人が黒炭と化して崩れ落ちた。
ここまでで野盗の半数がピーちゃんの炎によって黒炭にされ、残りの勢いよく走ってきていた野盗達の足はピタッと止まり、その内の一人が「う、うわぁぁぁぁああ」と叫び武器を投げ捨てて逃げ出すと、我も我もといった風に散り散りに逃げて行ってしまった。
頭領らしき男の姿も、いつの間にか消えている。
《ママ〜、悪い野盗やっつけたよ〜》
ご機嫌に尻尾をフリフリさせて、褒めて褒めてとばかりに瞳をキラキラさせてピーちゃんが擦り寄ってくる。
雅は複雑な気持ちを飲み込んで、この可愛い過ぎるドラゴンの頭を全力で撫で撫でした。
《うん、見てたよ。ピーちゃん偉いね。スゴかったよ! ……でもね、あまり無理はしちゃダメだよ? ピーちゃんが怪我なんてしちゃったら、ママはとても悲しいんだからね》
《うん、分かった〜。今度から気を付ける〜》
本当に分かってる? とは思うが、このゆる〜い口調と嬉しそうに撫で撫でされている様子についついピーちゃんには甘くなってしまう。
(これはもう、ピーちゃんが可愛いのだから仕方がないということにしておこう、うん)
なんて思っていれば、先ほど襲われていた馬車に乗っていた二人が、恐る恐るこちらに近付いてきていた。