1
酒場のオープンまであと二時間ほど。
オカンはあの後、笑いながら部屋に下りて行った。
最近ではオカンに頼まずとも自分でメイクが出来るようになった。
メイクも終わり、後は着替えて店に下りていくだけである。
さっきはスキル『色仕掛け Lv1』のインパクトが強すぎたのと、オカンにスリッパでスパーンとやられた衝撃で確認していなかったが、卵召喚のレベルが2になっていたので、試しに召喚出来るかやってみることにする。
「卵召喚」
……うん、やっぱりまだ召喚出来ないみたいね。
なんて思ったのだけど。
足元にちんまりとした極々普通の、とっても見馴れた白い卵が一つあることに気付く。
とりあえずソレを手にとってみた。
「鶏の卵に見えるんだけど……」
親指と人差し指でソレを挟み、何となく日に透かして見る。
あまり意味はない。
とりあえず、虫の卵ではなかったことにホッとした。
「え〜っと、コレはこのまま放置しとけばいいの? ピーちゃんの時は直ぐにヒビが入って生まれたけど……」
正確にはコンコンと叩いたらそこからヒビが入って生まれたんだけどね。
温めなきゃならないとかだと、これから仕事があるし無理じゃない?
ポケットなんかに入れてたら、絶対にどっかにぶつけて割る自信がある。
「もっと時間ある時に召喚すれば良かった……」
言ったところで無意味だけど、本当後悔先に立たずである。
あと一時間もしたら、仕事に出なきゃならない。
それまでの間に孵てくれたら良いんだけど。
とりあえず今は両手で覆う形で卵を持っている。
ピーちゃんが不思議そうな顔をしてソレを見ていた。
《新しい仲間を召喚したんだけどね、まだ生まれてないのよ》
《仲間? 小さい?》
《うん、ピーちゃんと比べてとっても小さいね》
《ピーちゃんの弟か妹ってこと?》
《うん、そんな感じ》
三十分ほど経った頃。
手の中の卵が動いたような気がした。
片手に卵を乗せてじっくり見て見る。
パリッという音がして、小さな穴が開き、そこから嘴が見えた。
ピーちゃんは興味津々で見つめている。
……うん、ひよこだった。
ステータスボードにも召喚獣 《ニワトリ》って記載されてた。
ていうか、ニワトリも召喚獣になるんだ……。
———————————————
名前:ミヤビ(♀️)
職業:迷子 Lv7
スキル:卵召喚 (ランダム) Lv2
念話 Lv1
召喚獣 《レッド・ドラゴン》▶︎
《ニワトリ》▶︎
色仕掛け Lv1
HP:150
MP:50
———————————————
「さて、名前どうしようかな」
ステータスボードの《ニワトリ》横の▶︎をタップしてみる。
ひよこの性別なんて見分け方知らないけど、ステータスボードには性別の記載があったしね。
———————————————
名前:ナシ(♀)
種族:ニワトリ Lv1
スキル:産卵 Lv1
HP:3
MP:3
———————————————
弱っ!
ていうか、名前付ける前ってナシって表示されるんだね。
スキル『産卵』が気になったのでタップしてみる。
『言葉の通り卵を産むこと。レベルが上がるほど、産む個数が増える』
なんていうか、いちいちこの説明書きは腹立たしい書き方してるんだよね。
まぁ、いいけど。
メスだから、名前は『ひよちゃん』で良いかな。
《うん、君はひよちゃんだ》
《ひよちゃん? ピーちゃんの妹?》
《うん、そうだよ。可愛がってあげてね?》
《うん!》
ひよちゃんにも念話を送ってみたが、生まれて間もないせいかまだ念話を返せないようだ。
雅の掌でピヨピヨ鳴いていたひよちゃんだが、顔を近付けてジッと見ていたピーちゃんの頭の上に突然ピョンと飛び乗った。
「こらこら、ダメだよ? 頭の上に乗っちゃ」
ピーちゃんの頭の上から下ろそうと手を伸ばした時。……突かれた。
あれ? どんな召喚獣も召喚者を親として、深い絆で結ばれるんじゃなかったっけ?
もう一回手を伸ばしてみる。
うん、突かれたね。
コレさ、ひよちゃんはピーちゃんを親と認識してるんじゃない?
卵召喚したの私なんだけど。
温めたのも私なんだけど。
《《……》》
微妙な顔で見つめ合う、雅とピーちゃん。
うん、まあいいや。
一緒に生活してれば雅にも懐いてくれるだろう。……多分。
そんなこんなでもう部屋を出ないといけない時間になったから、慌てて着替えてピーちゃんと未だ頭の上に乗ってるひよちゃんを連れて酒場へと下りて行った。
「で? 何だい? そのヒヨコは」
「一応召喚獣」
「……うん、まぁ、なんだい。虫でなくて良かったじゃないか」
そう言ってバシバシ叩いて、多分慰めてるつもりなんだろうけど。
「それにしても、随分ピーちゃんに懐いてるじゃないか」
「ああ、うん。ピーちゃんを親と認識してるみたい。頭の上から下ろそうと思って手を出したら突かれた」
「あんたの召喚獣なのにかい?」
雅も正直ちょっと思ってたことだったから、つい不機嫌そうに「そうだけど、何?」って答えたら、オカン爆笑。
「いやぁ、あんたは私を笑わせる天才だよ」
ってさ。別にオカンを笑わそうと思ってやってるワケじゃないからねっ!




