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「おはようございます」
「ピ《おはよう》」
恐る恐る、二階のオカン達のリビングへと入って行く。
昨日鍵を渡されて、リビングまでは勝手に入って来るよう言われていたのだ。
既にオカンとコナーさんがテーブルについていて、サラさんが楽しそうに鼻歌を歌いながら朝食の準備をしていた。
「おはよう。よく眠れたかい? ミヤビはこっち、ピーちゃんはこっちにおいで」
オカンが指定したのは、オカンの隣に雅、その隣にピーちゃん。
オカンの前の席がサラさんで、雅の前がコナーさん。
ピーちゃんは椅子に座れないから、台みたいなものとクッションで高さを調節してくれている。
そんな心遣いが本当にありがたい。
ピーちゃん一人(一匹)が違うところで孤立とかは可哀想だし、そんなのは雅が嫌なのだ。
ピーちゃんは雅にとって、この世界でのたった一人(一匹)の家族だから。
でもそれは雅の勝手でオカン達には関係のないことなのに、ちゃんと雅の気持ちを汲んでくれる。
だから「ありがとう」って素直に言葉にしたのに。
「ミヤビ? あんた変なモノでも拾い食いしたのかい? ダメだよ? 腹が減ったならちゃんと言いな?」
だって。
(何よ、失礼な! もうお礼なんて言わない!)
この家では当たり前の少し遅い朝食は、焼きたてのパンとベーコンと目玉焼きとサラダとスープだった。
久しぶりのちゃんとしたご飯だ。
昨日のおにぎりも美味しかったけど、味のあるご飯は本当に美味しい。
ちょっと感動して泣きそうになった。……我慢したけど。
朝食を摂りながら、オカンやサラさんの色々な話を静かに聞き、時々相槌をうつ。
このオカンとサラさんは全く違うタイプの人だが、とても仲が良いみたいだ。
だから余計に昨日の『どちらも俺の母親だ』と言ったコナーさんの言葉が気になっていたのだけど。
コナーさんがそんな雅の様子に気付いて、クツクツと笑いながら説明してくれた。
「俺を産んでくれた正真正銘の母親は母さんで、俺を母さんと一緒に育ててくれたのがオフクロなんだ。親父とオフクロには子どもがいなくて、親父は結婚していることを言わずに母さんとの間に子どもを作ったわけだ。それが俺な? 俺が七歳くらいの時にそれが両方にバレてさ、話合いが始まったわけ。まあ簡単に言えば親父はクズだったんだけど、オフクロがさ、母さんに向かって『悪いことは言わない。クズを捨てて私と一緒に来るなら私があんた達を養ってやる』ってさ」
思い出したのか腹を抱えて笑いだした。
オフクロさんはちょっと恥ずかしくなったのか、
「コナー、あんた笑い過ぎだよ!」
と言って、横を向いてしまった。
コナーはまだ若干笑いが収まってはいないが続けて話し出した。
「オフクロもかなり男前だけどよ、いきなり男捨てて自分について来いって言われて、その手をとる母さんもなかなかの男前だろ? ……最初はどっちも『母さん』て呼んでたんだけどな、『母さん』て呼ぶとどっちも振り向いて紛らわしいんで、呼び方を変えたのさ」
「オカンは『ババア』で十分じゃん」
ボソッと呟く雅の脳天にゲンコツが落ちた。
目の前に星が飛ぶって表現が正しいことを、身を以て体験した雅。
「痛たたた……地獄耳なのよ、クソババア!」
「あんだってぇ?」
「この、クソババア!!」
「ミヤビ! あんまし生意気なこと言ってると、制服のスカートもっと短くしてやろうか!?」
雅はマッハでスライディング土下座を敢行したのだった。
「勘弁して下さい、オフクロ様!!」
◇◇◇
「ミヤビちゃん、エール追加だ」
「俺にもエール」
「は〜い、ライガさんとコウさんにエール追加〜」
「ミヤビちゃん、こっちにもエール二つ」
「は〜い、アルディンさんのところにエール二つ追加〜」
「ミヤビ、ライガとコウのエールだ」
「は〜い」
カウンターに出されたエール二つと、オマケ用の乾き物を一つ持って行く。
この乾き物だが、小皿に少量盛ってあるものを幾つも用意してある。
雅もだが、人間はオマケが好きだからね。
雅の中の基準に達したお客さんにオマケを出すようにしている。
たくさん注文すれば良いというものではない。
自分で納得出来ないお客には絶対に雅は出さない。
所詮オマケだから大したものではないけど、雅の給料から出して用意しているものだから、誰にも文句は言わせない。
「はい、エール。ライガさん今日はもう五杯飲んでんだから、そろそろやめときなよ? 千鳥足の冒険者なんて格好悪いから。けど、いつもありがとう。……コレはオマケね」
最後はコソッと耳元で囁くように言って、テーブルに感謝の気持ちを置いてきた。
このライガさん、冒険者としては滅法強い(らしい)のに、お酒にはあまり強くない。
けど雅がピーちゃんを育てるために働いていると聞いて、少しでも稼ぎになればと毎日酒場へ通って来てくれる。
ピーちゃんにも差し入れの肉をくれたりと、本当に有難い存在なのだ。
「はい、コウさんもエールね」
「おう、ありがとな」
ついでに空いたグラスと皿を持って厨房横の洗い場へ置いて来る。
そして追加注文分のエールをまた運ぶ。
「ミヤビ、団体さんの大皿運んどくれ〜」
「はいよ〜」
今日も大忙しだが、雅もピーちゃんもだいぶ手慣れて来たものだ。
常連さんの顔もだいぶ覚えたし、メニューも覚えて説明出来るようになった。
最近『ピーちゃんのツマミ』って裏メニュー(肉料理)ができたのだが。
雅に懐いているピーちゃんを見て、自分もドラゴンと仲良くしてみたいといった声が掛かるようになったのだ。
じゃあ、何か差し入れ的にあげたら喜ぶかもってオカンがちゃっかり誘導して。
ピーちゃんのご飯代の節約にもなるし、店の売上にもなるってオカンは大喜びである。




