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相澤 雅、十六歳。
空手道場を経営する家の四人兄妹の末っ子長女である彼女は、蝶よ花よと育てられ……たわけではなく、格闘バカな兄達に違う方向に可愛がられて育ったため、その可愛らしい見た目とは相反した少女へと成長してしまった。
あっさりサバサバした性格から男女関係なく友人は多いが、周囲からの評価は(特に男から)『残念美少女』である。
性別を間違えただの、黙って大人しくしていれば文句なしなど、好き勝手言う奴らには雅自らが鉄拳制裁をお見舞いしている。
小さい頃、兄達と同じように自分も男の子だと思っていた雅。
常に兄達の後ろをついてまわり、何でも兄達と同じようにしないと気がすまなかった。
トイレにまでついて行き、
『み〜(雅)もに〜に達と一緒に立ってするの〜!』
などと大泣きした過去は、立派な黒歴史である。
そんな雅は今、どこかの国の遺跡のようなものを前にして、ただ呆然と佇んでいた。
「何コレ……」
◇◇◇
雅の通う学校には、校庭以外に小さな中庭がある。
中庭と言ってもそんな大層なものではなく、大きな桑の木と芝とちょっとした茂みがあり、人目につかないここは雅のお気に入りの場所でもあった。
時々ここに来て、木の根元にゴロンと横になって木漏れ日を見上げるのが好きなのだ。
二時間目の授業が自習になり、ちょうどいいとばかりに抜け出してここへ来たのだが……。
「ん? 何だろ?」
桑の木の根元辺りに、何やら白い石のようなものがあることに気付く。
ヒョイと拾ってよくよく見れば、何かの卵のようだった。
視線を上に向ければ、木の枝の一つに鳥の巣らしきものが見える。
どうやらそこから落ちたらしい。
よくもまあ割れずに済んだものだと感心し、視線を巣から卵へ戻そうとして、何やら違和感を覚える。
視界の端に映る景色がいつもと違う気がする。
そこにあるはずの校舎がなく、だだっ広い空間が広がっているよう見えるのだけど。
嫌な予感がしてゆっくりと視線を横に向ければ、そこには校舎ではなく平原が広がり、更に視線を移動すれば、破壊される前のシリアのパルミラ遺跡のようなものが見え……る?
「はえ? 学校は?」
遺跡以外のものは近くにはないようで、平原の所々にポツポツと木が生えており、遥か遠くに連なった山々が見える。
「何コレ……。一体どうなってんの?」
夢であったらいいと思うものの、これが夢でないことは何となく理解していた。
リアル過ぎるのだ。
今触れている木の幹の硬さ、温度、さわさわと優しく肌を撫でる風、草の匂い。
「こういうのって、漫画とか小説によくあるやつ? 異世界召喚とか?」
三男の昴がその手の話が好きで、小説やら漫画やらをたくさん持っているため、多少の知識はある。
そう、漫画や小説ならば王城とかの地下で、怪しいフード付きのマントを羽織った魔法使い達が、魔王とか、他国と戦うために勇者を召喚するのだ。
……誰もいないけど。地下でもなく平原だけど。
それに、魔法陣に吸い込まれたりとかもなかったけど。
とはいえ、目に映るのは自分の知っている風景ではなくて。
これが現実だなんて思いたくなくはないが、そろそろ腹を括らなきゃだろう。
まずはここがどこであるか確認したいところだけれど、どれだけ辺りを見回しても、人の姿は確認出来ない。
とりあえず、水と食料をどうするか……。
手元には拾った小さな卵が1つ。
こんな小さな卵一つでは腹の足しにもならないので、とりあえず巣に戻しておく。
それより水だ、水。
人間三〜四日食べなくても何とかなるが、水は必須だ。
とりあえず神殿? の周りを歩いてみたら、ちょうど雅がいた場所の反対側の位置に、井戸らしきものがあったのだ。
「井戸……だよね? 水、枯れてないよね?」
恐る恐る覗いてみるも井戸の中は暗く、底は見えない。
とりあえずその辺にあった石を井戸の中に落としてみる。
一拍置いてボチャンと音がしたので、水は枯れてなさそうだ。
水があることが確認出来たので、今度は遺跡の中を確認することにした。
武器でも何でも、何か使えそうなものがないだろうか。
(RPGなんかだと、武器だの防具だの薬草だのが出てきたりするんだけどなぁ)
一通り探し回って見つけたものは、底に近い部分に五百円玉大の穴が開いた樽と形が歪んだ鍋、木で出来た器が三枚とボロっちい毛布みたいなもの、木箱が三つと切れ味の悪そうな小型のナイフだった。
樽を井戸の近くまで運ぶ。
階段の段差を利用して、これで濾過装置的なものを作ろうと思う。
階段の縁ギリギリに樽を置き、下の段に木で出来た皿の一枚を置く。
樽の底に石を敷き詰め、その上に小石、砂、小砂利の順に重ねていき、そして制服のスカーフを外して一番上に乗せる。
その上から井戸水を入れたら、樽の底近くに開いた穴から濾過された水が出てくるので、これを十分ほど煮沸したら飲水の完成となる。
「さて、それじゃ火を起こすとしますかね」