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私は彼の“紹介された女の子”と定義された存在。だけど……告白しちゃいます!! 後編

作者: Ayuwan

スピンオフの短編小説第二弾の後編となります。

よろしくお願い致します。

「~っていう事でお母さん。今日私、晩ごはん友達と食べてくるね。大丈夫、なるべく遅くならないように気を付けるから、お父さんにもそう言っておいて」


 私は友人と約束していた“ある男の人と私を引き合わせる飲み会”に出掛けるため、キッチンにいた母にそう声をかけた。


 「えっ、そうなの? 凄く急なのね……分かった。お父さんには私から伝えておくわ。でも、私達は別に構わないのだけど、萠黄(もえぎ)の方がね……」


 その母の言葉が終わるのと同時に、キッチンのテーブルでカップアイスを食べようとスプーンでアイスをほじくっていた私の妹、萠黄が手にしていたそのスプーンを床の上に落とした。……なぜか冗談のようにスローモーションで床に落ちていくスプーン……って、いや、この演出って今、必要!?


 カチャンとひとつ音がなり響く。


「えぇぇぇぇーー!! ちょっと、お姉ちゃん、話が違うじゃない! 今晩夕飯の時にあたし、彼氏を連れて来るって言ったよね。せっかくお姉ちゃんにも紹介しようと思ってたのにっ!……その予定ってキャンセル出来ないの?」


「……う~ん。今の流れだと多分無理っぽい。ごめんね」


 ん? なんだろう。我が妹が、猜疑心溢れるジト目をこちらに向けている。


「男だな……」


「へ?」


「ただの“晩ごはん”と称しておるが、姉上。それは虚言でござるな? その実、男が絡んでいると我は看破した。……さあ、もう何もかも観念して率直に申告致すがよいぞ!」


 我が妹、萠黄がドヤ顔で私の事を指差した。


 あんたは超能力者(エスパー)かっ!!っていや、何の話なの、これは? ……でも、もうあまり時間に余裕もないし、私は早く向かわなければならないのです。だから。


 それを受け、私は正面に萠黄の事を捉えたまま、玄関の方へとジリジリと後退りを開始する。


「……やだな~、萠黄さん。そんな訳あるはずないじゃないですかー。あはは~」


 そう言いもち、私は玄関へと後退りを続ける。そしてキッチンからそのままの状態で脱出する事に私は成功した。


「それじゃ、萠黄、お母さん、行ってくるね」


 玄関にたどり着いた私は二人に声を掛ける。それに答える萠黄の声。


「もう、しょうがないなー。でもがんばってきてね、お姉ちゃん! それといくらその人の事が気に入ったとしても、まだチューしたらダメだよー。お姉ちゃんはもう大人なんだからチューしたら子供出来ちゃうからね! だから要注意なのだ!!」


 ……萠黄さんていう人は、やはりそういう見解なのですね……。


「萠黄……あんたってホントにもう、ふふっ、でも若葉(わかは)、素敵な出会いがあるといいわね。行ってらしゃい」


「はーい、お母さん」


 そして家から出て玄関を閉めようとするその時。


「お姉ちゃーん! もしも我慢出来なくてチューするんだったらちゃんと避妊しなよー!」


 ……いや、仮にキスしたら妊娠する仮定として、その事に対する避妊の方法ってどうやるのよ? 萠黄さん!! 


 そう心の中で突っ込んでしまう私であった。




                   ◇◇◇




 待ち合わせの場所である駅前の大型アミューズメント施設に私は向かった。今、時刻は午後17時40分。待ち合わせ時間は18時だったのでまだまだ余裕の時間だ。あ!っと、待ち合わせの人達を発見。二人はどうやらクレーンゲームに興じている様子だ。そしてそのひとり、少し幼い顔立ちのさわやかな青年が私に気付き声を掛けてきた。


「あっ、どうも、お久しぶりです。若葉先輩」


「こんにちは。ホント久しぶりだね、(たくみ)くん。どう、元気にやってる?」


「おかげさまで、元気だけは無駄に充実してますよ。まぁ、真理(まり)先輩の彼氏をやっている身となっては、この事は必要必須事項ですからね」


 そう言いもちニカッと白い歯を見せながら笑みを漏らす青年。そう、彼は真理ちゃんと付き合っている今の彼氏だ。ちなみに私達のひとつ年下の後輩。


「あ、このっ! 腹巻きの中に船を突っ込んでるすっとぼけたつらのずんぐりヒ○ぴよめが! アームがヘロヘロで全然取れないじゃんっ!!」


 真理ちゃんの方はまだクレーンゲームと格闘を続けているみたいだ。私は真理ちゃんの所に近付いていく。真理ちゃんが狙っていた景品はどうやら、何年か前にそこそこの知名度を誇ったあるご当地キャラのひよこのマスコット。……か、かわいい! 特にあのモサッとした顔つきがたまんない!! あ~、でも真理ちゃん、そのやり方じゃいつまでやってても取れないよ。それとそのひよこはヒ○ぴよじゃなくてバ○ィさんね。


「真理ちゃん。ちょっと私にやらせてくれない?」


「よろしくお願い! ~っていうか若、来てたんだ。でも、あんた出来るの?」


「うん。私、クレーンゲームちょっと得意なんだ。それでこういう小物の景品はね、無理にアームで掴もうとはせずに、何回かに別けて片方のアームでちょっとずつ出口へと寄せていくの。……でも今回の場合は景品に輪っか状のタグが付いてるから、アームの先で狙って……こうやって……こうかな?」


そして私の操作によってアームの先に宙ぶらりんとなった黄色いずんぐりむっくりのヒヨコが出口へと運ばれる事となる。


「すっごい! 若、うっきゃーっ! メッチャうれしい!!」


 腹巻きをしたヒヨコを片手に満面の笑みで喜ぶ真理ちゃん。いえいえ、少しでもお役に立てたのなら私としても光栄です。


「若がクレーンゲームそんなに得意だなんて、あたし全然知らなかった。じゃあさ、あれもお願いできる?」


「いいよ。そんなの御安いご用!」


 そして私達二人はしばらくの間、クレーンゲームに没頭する事となった。やがて幾ばくか時間が過ぎ……。


「……って、あの両先輩方、お楽しみの所、非常に申し訳ないのですが……」


 私達二人の後ろから聞こえてくる申し訳なさそうなその声。


「「あっ……」」


 ご、ごめんなさい。私達、匠くんの事すっかり忘れちゃってた。


「えーっと、真理先輩。もう6時大分過ぎちゃってんですけど。いいんですか? その、(こう)さん、まだ来てないですよ」


「えっ、しまった!!」


 その匠くんの声を受けスマホを取り出す真理ちゃん。……その画面を見る顔つきが徐々に不機嫌な表情へと変わっていく。


「あ、あいつ。今日飲みに行くって前々から約束してたのに、なんで今日残業する訳? それにその理由が同期のミスの尻拭いの手伝いだなんて……ったく、あいつはホントお人好し何だから!」


「え、どうかしたんですか? 真理先輩」


「……いや、洸。あいつ今日、ちょっと遅れるってさ。だから先に店で始めててくれって、そうメッセが来てた……ったく今日は特別なのに。若葉も連れてきてんのにさ」


「……その事、ちゃんと洸さんに伝えてました?」


 その言葉に一瞬固まる真理ちゃん。そして私の方と匠くんの方へと交互に力ない視線を送る。


「悪い。あたしとした事が空前絶後にド忘れしてしまっていた。南無三……こうなっては致し方なし。大人しく予約していた居酒屋にて、洸殿のご到着を待つ事としようぞ……ぐふっ」 


「……せ、先輩~」


「……ま、真理ちゃ~ん」


「ささっ、過ぎた事は決して振り返らず、こういう場合は真っ直ぐに前進あるのみだ! さあ、二人共早速行くよ!」


 そして私達は、私にとっては本来の目的である“紹介される男の人”が不在のまま、目的地である居酒屋へと向かうのであった。……だ、大丈夫なのかな? ちょっと不安になってきちゃった……。




                   ◇◇◇




 到着した予約を取っている居酒屋は、お酒好きな真理ちゃんらしく焼き鳥のお店だった。私はお酒は特に好きという訳ではなく、こういうお店もあまり来た事がなかったが、お任せで運ばれてくる数々の焼き鳥や一品料理はどれも絶品だった。


 うん。すっごく美味しい! だけど、先程ゲットして真理ちゃんのバッグに取り付けられているバ○ィさんのつぶらなその瞳が、なぜか切なげに見えるのは……うん、多分気のせい。言っとくけど私達、君の同胞を頂いている訳じゃないからね。くすっ。


 私達は料理を堪能しながら、日常会話などでそれなりに盛り上る。……気付けばその“男の人”が店に到着しないまま、すでに1時間近くの時間が経過しようとしていた。


 ……意気込んでがんばる気になってたけど、どうやら私はその人と縁が、いや、出会う運命じゃなかったのかな? 真理ちゃんが別れてもずっと好きな人って、会ってみたかったんだけどな。……その、ちょっと残念かな……?


 もしかしたら私は少し浮かない表情をしていたのかも知れない。真理ちゃんがそんな私の事を気遣ってか、ちょっと申し訳なさそうな顔で話し掛けてくる。


「ごめんね、若。でも、もうちょっとだけ待ってあげて。どんな時にでも絶対に約束を破るような奴じゃないからさ」


「ううん、大丈夫だよ。気にしないで」


 ……そう、私にとってその人が遅れて来る事自体に特に問題がある訳じゃない。むしろ問題なのは……こうやって“会う”。その事が先伸ばしになっている事によって、既に臨戦態勢で臨んでいる私の精神状態がそろそろ限界なのが問題なのですよ。……あうう。


 そんな時、不意に真理ちゃんのスマホから着信音が鳴り響いた。……なぜかその着信メロディーは某有名演歌のみちのくひ○り旅。……げ、解せぬ。


 鳴り止まぬスマホを確認して耳にあてがう真理ちゃん。その表情はとても険しい。


「ちょっと、洸。今何時だと思ってんのよっ! っていうかあんた今どこ!?」


 そして私と匠くんを残して席を立つ真理ちゃん。スマホを耳に当て、何だかんだと大声を張り上げながら店の外へとその姿を消していくのであった……。


「一体何があったんだろうね?」


 私のその声に匠くんは。


「まぁ、洸さんの事だからいつもの“あれ”でしょうね。……多分」


 待つ事数分後、真理ちゃんが戻ってきた。心なしか少しお疲れの御様子。匠くんが少し苦笑いを浮かべながら真理ちゃんに問い掛ける。


「先輩。やっぱ、洸さん。例の悪い癖が発動しちゃいましたか?」


 その言葉を受け、ガシッと匠くんの両肩を鷲掴みにする真理ちゃん! い、痛そう。そしてその身体を激しく揺さぶっている。……匠くん、もしかして白目むいてる? 脳震盪起こしちゃってんじゃ?……ま、真理ちゃーんっ!! 


「ちょっと、聞いてよ! 洸、あいつったら残業で遅れたくせに、駅前に着いてここに向かう途中、荷物で一杯のお婆さんの事を助けてタクシー乗り場まで荷物を運びながら案内してあげてたんだって!!」


「それっていい話なんじゃ?」


「うん。待ち合わせしていて、しかも遅れてなかったらですけどね……」


「それでさぁ、その後で直ぐに迷子の子供を見付けちゃって。……それで今は交番に絶賛待機中との事です。……はぁ~、毎度の事ながらホント疲れるわ」


 そして真理ちゃんと匠くんは二人してうつ向き、大袈裟にため息をつく。


「はぁ~ったく。毎度毎度、あのお節介でお人好しの無自覚野郎めが。自分に急ぎの予定がある時くらい他人の事なんてほっときゃいいのにさ」


「……ですね」


 そう呟く二人の言葉を聞き、何だか気持ちがホンワカとした私は、思わず笑い声を上げてしまっていた。


「ぷっ、うふ、あはははっ! その人ってよっぽどいい人なんだね。でもやっぱりちょっと変わってるのかな?」


 その私の問い掛けに二人は声を揃えて言う。


「あいつは……」


「あの人は……」


「「紛うことなき変人です!!」」


 ーーーーー


 そしてしばらく時間が経つ事半時間くらい。突然、私達の席の前にひとりの男の人が肩で息を切らせながら立ち止まる。


「洸!!」


 ……真理ちゃんがそう声を上げるって事はもしかしてこの人が、私に“紹介”してくれるっていう人? 急いで来たのか、ちょっと苦しそうな表情をしているけど……でも、その顔は端整に整っていて、何よりあどけなくて、とても、そ、その……可愛かった。……なるほど、男の人が苦手でも大丈夫って、真理ちゃんが私に言ってたのはこう言う理由だったんだ。


「ちょっと、あんたさぁ、一体あたし達の事、どれだけ待たせんのさ!」


「……ぜぇぜぇ……こっちは持てる全ての力を出し切って走って来たんだ。とりあえず何か冷たいもんでもくれ!」


「しょうがないな。とりあえずこれでも飲んで落ち着きなよ」


 そして何かの飲み物を手渡す真理ちゃん。あっ、でもそのグラスは……!?


「ブフォッ!!!」


「ちょ、ちょっと、汚いな! いきなり吹き出さないでよっ!!」


「う、うるせーよ! 何だこれ、スクリュードライバーじゃねぇか! こんなもん息切れ起こしてるもんに飲ますんじゃねーよ! 真理、お前は俺を殺す気かよっ!!」


「まぁ、とりあえず、駆けつけ3杯と言う事で。なははっ」


「いや、3杯もいらん! 1杯で充分だわ。それに酒じゃなくて普通水だろ?……ったくお前って奴はよ!!」


 そう言いながら彼は席に着く。四人掛けの席には今、私の対面にはすでに真理ちゃん達、二人がいる訳なので必然的に私の隣の席に……。


 ううっ、今更ながら更に緊張感が増してきちゃったよ。……そして腰掛けた彼と目が合う。


「おわっ!って誰かいたんだ。……えーっと、あの、どちらさんで?」


 ……どうやら彼は今まで私の存在に気付いていなかったみたい。と、とりあえずは。


「あの、どうも、こんばんは」


「へ? あぁ、どうも、こんばんは」


 少し恥ずかしくてうつ向き加減に言う私、それと不思議そうな表情で困惑している彼。


「あっ、そうそう、まずは名前からだね。お互いの自己紹介は追々、飲みながらしていくって事で。えーっと、若にはもう洸の事、すでに名前は教えちゃってるから、じゃあ洸、今からあんたに紹介致します!」


 その真理ちゃんの言葉に彼は、怪訝そうな顔を向ける


「はぁ、何の事だよ?」


「あんたの隣にいる少し茶色がかった髪の女の子は、今日、あんたに紹介しようと誘って連れて来たあたしの親友。ちなみに同い年。名前は若いという字に葉っぱの葉と書いて、“若葉”っていうんだ。どう、すっごく可愛い子でしょ?」


「何それ、俺なんにも聞いてないんスけど……」


「ちなみにその名字はあたしからは教えない。後から聞くなり何なりしなさいな。じゃないと多分、あんた達って、いつまで経っても名前で呼び合わないだろうからさ。だから、あたしの方ですでにそれに対する防御策を立てさせて貰った訳だ。ほんじゃ、そういう事なので後はヨロシク!!」


 えー!って、いきなり名前呼びのその要求。男の人が苦手な私としては、かなりハードルの高い高難易度試練!!……さて、ど、どうしよう? そう考えを思い巡らせながらチラリと彼の様子を伺う。

 その彼の方も心なしか困ったような表情を醸し出していた。……でも、私のその視線に気付いた彼はこちらにゆっくりと顔を向ける。……そしてニコリとやさしく微笑んだ。


「真理に無理に付き合わされちゃってごめんな。俺の名前は、洸。改めてよろしく“若葉ちゃん”」


 彼のその言葉にとても勇気付けられた。そして、とても嬉しかった。だから、私も自分でも驚く程の元気な声で返事の声を返す事が出来た。


「うん、こちらこそよろしくね。“洸くん”!」


ーーーーー


 それからは私達、四人で会話を楽しむ事となった。こういった飲み会の席や雰囲気に慣れていない私。かつ、お酒も特に好きという訳ではないので、他の三人と比べてもほとんど飲んではいない。だから飲んでいる三人に対して、今の私は多分、テンションの落差が発生しているのだと思う。なので、会話も私ひとりついていけず、おいてけぼりになっちゃうのかな?って自分なりに心配している部分もあった。だけどそんな私の心配事は……。


「はははっ、そうそう、あいつ等のネタって面白いよな? やっぱ真理だったらそう言ってくれると思ってたよ。若葉ちゃんもそう思わない? そう言えばさ、若葉ちゃんって普段どんな番組見てんの?」


「あっ、私も○○のネタは好き。後、テレビはいつもはねーー」


 ーーーーー


「~って、匠、お前まだあのネトゲやってんだ。いいよなー、俺なんて最近忙しくて全然やれてないよ。そう言えば、若葉ちゃんってテレビゲームなんかやったりする?」


「うーん、スマホのゲームだったら少しするくらいかな? あっ! でもクレーンゲームなら得意だよ」


「ホント、若ってクレーンゲームの腕前、凄いよね? ほとんどプロ級! さっきだってさ、ほら、このヒ○ぴよのマスコットとか! 後、匠が今、背中に背負ってるでっかい暗○面に堕ちた漆黒のプーさ○とか!!」


「真理、お前興奮し過ぎ! それと色々と突っ込みたいけど、匠、お前さっきからなんか妙なショルダーバッグ背負ってんなと思ってたら、それくま○ンのぬいぐるみかよっ!ってか、なんでずっと背負ってんだよっ!?」


「……いや、真理先輩が似合ってるって言うから……」


「そ、そうか、それは良かったな。……あー、でも若葉ちゃん、凄いな。俺も昔はよくやってたよ。箱もんのぶっ刺しとか、ずらして取るつばめ返しとか、懐かしいな。色んな技研究したりしてさ」


「えー! そうなんだ。私も一時すっごくハマってた時があって、技を極めようと励んでたよ。横四方とか、袈裟掛けとか、極めつけの奥義はなんと言ってもかのイリュージョンスピン!!」


「……あの~、匠一等兵よ、彼等は一体何の話をしているのだね?」


「さぁ、真理上官殿、わたくしには分かりかねますが……でも、なんとなくエッチですね……」


 ーーーーー


「若葉ちゃんグラス空になってるよ。何か注文する?」


「ありがとう。でも、私、お酒あまり飲めなくて」


「あ、そうなんだ。ごめん、気付かなくて。じゃあ、ソフトドリンクでも注文しとく? 後、このひねポン。すっげー美味いよ、食べてみて。……こういう飲み会はさ、支払いはワリカンってのは通常決定事項だから、自分が好きな物どんどん注文して満足するまで飲み食いしとかなきゃ、割りに合わないよ。まぁ、何より楽しむ事が飲み会の一番の醍醐味なんだけどね。……どう、若葉ちゃん。今、楽しんでる?」


「うん。凄く楽しいよ!!」


 ーーーーー


 私の事を気遣って、さりげなく話を振ってくれてる彼のやさしさのおかげでその私の心配事は見事に解消される事になった。……いや、それよりむしろ今まで感じた事ないくらい楽しくて、充実して、そして新鮮と感じられる時間を彼のおかげで私は経験する事が出来ていた。……その事が素直に嬉しい。


 うん。きっと私は彼と知り合えた事。つまり“紹介された女の子”と言う定義の存在になれた事に喜びを感じていたんだ。


 そして時間は過ぎ、やがてお開きの時となってしまう訳で……でもやっぱり引っ込み思案の私は彼に対して次の機会に繋げる事どころか、連絡先の交換さえも未だ出来ずにいた。そんな時、真理ちゃんが私に言った言葉が頭の中に思い浮かんでくる。


『互いの関係が、今夜一度会うだけの関係で終わるのか、それとも会う事を重ねていずれ恋人同士になるのか、それは誰にも分からない。でも、“がんばってね”』


 …………。


 ーーーーー


 今は私達四人は店の外、これからそれぞれの家路に帰ろうとしている。


「そう言えば、若葉ちゃん。大分遅くなっちゃたけど帰り大丈夫?」


「そう思うなら、洸、あんたが若の事、家まで送ってあげなさいよ。くすっ」


 あ~、また真理ちゃんが悪戯っぽく言ってる。その必要がないの知ってるくせに、ホントにもう。


「心配してくれてありがとう。でも私の家、駅の直ぐ近くなの、歩いて10分くらい。だから平気」


「そうなんだ。だったら大丈夫だな。それじゃ、みんなこれでお開きにしようぜ。今日は楽しかったよ。また誘ってくれよ。じゃあな」


 そう言いながら彼は私達に手を振る……ってこれでいいの? こんな一度だけ会うそんな関係で終わってしまってもいいの?……私は嫌だと思っている。このままで終わってしまうなんて絶対に嫌だと感じてしまっている。だから、がんばれ私。例え今だけの勇気だとしても、ほんの少しだけでいいから、お願い!


「あ、あの、洸くん」


 彼の耳に届く事が出来たのか、分からない程の小さな声。でも、意気地無しの私は、やっぱり思い通りに身体が動かせなくて、これ以上の言葉も出す事が出来なくて。


 もう一度彼と会いたいのに、会ってもっと知り合いたいのに……。


 そんな時、不意に彼の声が聞こえてきた。


「あ、そうだった、忘れてたよ。若葉ちゃん、せっかく知り合えたんだ、もし良かったら連絡先交換しない?」


 その言葉に私は目に涙を滲ませながら答える。


「はい! ぜひよろしくお願いします!!」


 そして、私達はお互いの連絡先を交換し合う。そんな時、何気なく真理ちゃんと目が合った。彼女は私に向けて親指を立てて見せている。


『良くがんばったね、若葉』


 そんな真理ちゃんの声が聞こえてきた気がした。




                  ◇◇◇




  それから私は彼と会う事を重ねていった。最初の頃は出会った時と同じ四人のメンバーで。そして最近は彼と二人で……。その内容は平日の夜に外食を一緒に食べたり、休日に映画を観に行ったり、遊園地で遊んだり、彼の“女友達”として次第にその仲を親しくしていった。そして、それを重ねる事によって強まっていく私のこの“想い”。


 私は過去、二人の男の人と付き合った。その時の私にもおそらくこの“想い”と同じような感情があったのだと思う。そして、その感情の事を“好き”という事に、私は勘違いをしてしまっていたのだろう。だって、今の私は前の彼等にはなかった状態に陥っている。そう、私は毎日、彼の事ばかりを考えてしまっていた。


 大学で講義を受けている時、彼は今、仕事をがんばっているのかな?

 家族で夕食を囲んでいる時、彼は今晩、夕食をどうするのかな? ひとり暮らしだからといってコンビニの弁当かなんかで済ましちゃってるのかな? 毎日食べる食事なんだから、やっぱり栄養バランスはちゃんと考えないと。今度、彼に何か美味しい物でも作ってあげたいな。……前の男の人達に、私はこんなふうに常に想いを浮かべる事はなかった。


 それともうひとつ、私は彼と出会う事によって、自身の男性の事を苦手とする意識が大分薄らいでしまっていた。


 まだ、はっきりとは分からないけど、多分、間違いない。私は彼の事に“好き”という感情を抱いてしまっていると思う。


 だから、今度会う事になった時、私はその事を確かめようと思う。


 彼の“紹介された女の子”の定義からどのような定義の存在になりたいのかを……。


 ふふっ、私、今すっごくドキドキしてる。そうなんだね、真理ちゃん。これが“恋愛”を実感してるって事なんだ。




                   ◇◇◇




 …………………………。


 ……………………。


 ………………。


 ……あれ? もしかして私、今眠ってる? しかも何かに寄り掛かるようにして……。


 そう、考えながら目を開けた。そんな私の目に飛び込んできたのは、洸くん。彼の安らかな寝顔だった。……そして今の私の状況は、その彼の肩に自身の頭を預け、身体を寄り添うようにしている。という事はだ。すなわち、私達はこの状態で眠っていたという訳だ。……。なんだか良く分からないけど。と、とにかく今の私は凄く混乱している。……だから、取りあえず心の中で叫んでみた。


 ええぇぇぇぇっ!!!


あーーっ! 思い出せ! なんでこんな状況になっちゃってるのかを、順追って思い出すんだ。私!!


 え~っと、確か今日は週末、金曜日。洸くんに対して、会って確かめたい事があった私は、今晩会って一緒に晩ご飯なんてどうかな?って彼の事を誘ったんだった。それで待ち合わせをして、仕事が忙しくて遅れて来た事に対して、彼は非常に謝ってくれて、それから食事の方は、彼が前から気になっていたっていうラーメン店に行って、そこのラーメンが凄く美味しくて、うん。だんだんとはっきりと思い出して来たよ。


 それから洸くんは、何か今日、仕事でミスをしたらしくて、その憂さ晴らしも兼ねて、私の事をカラオケに誘ってくれてたんだった。そして二人してかなり盛り上がって、ラーメン店で食事を済ませた私達はお酒を飲んでなくて、だからこの店で注文して彼はそれなりに飲んでいた。そして普段はあまり飲まない私も今日はなぜか飲みたい気分になり、自分にしてはかなり飲んでしまっていた。そうなのだ。お互い普段の鬱憤を晴らすかのようにハメをはずして大いに盛り上がってしまっていた。……そして覚えている記憶はここまで。ちょっと飲み過ぎたのか、はしゃぎ疲れたのか、洸くんの方は今日、仕事帰りで特に疲れているだろうし、……まぁ、取りあえずはそんな理由で眠ってしまってたのかな?


 私は彼の身体に寄り添ったまま、今のこの状態を実感する。密着し合う部分が凄く強烈に感じられて……とても恥ずかしい……でも。


 私は元々男の人の事が苦手で、過去、二人の男性と付き合う事によってその苦手意識が更に強まる事となってしまった。男の人に近付くのが恐い。男の人に触れられるのが恐い。ずっとそう感じていて、それはもう克服する事は出来ないのだろう。そう、諦めていた。


 だけど、今、恥ずかしさと一緒に感じるこの感情は何なのだろう? あれだけ触れられる事が嫌だったのに、むしろ今は……私が彼に触れたい。彼に私の事を触れて欲しい。……そしてそう感じる私の欲求の感情は、かつて過去に付き合った二人の男の人達と同じ物だった事に今更ながらに気付く。……そうだったんだ。あの人達も私の事を好きだからこそ、そういう欲求の感情を持ったんだ。それでも当時の私は、それに応えてあげる事が出来なかった。うん、その事は、私はおそらく彼達の事を“好き”という感情を感じているのだと勘違いしていただけだったのだろう。


 私はもう一度、彼の寝顔を見つめる。……一生懸命にがんばって遊び疲れた子犬が、無邪気に眠りこけている。そんな印象を思い浮かべる可愛い寝顔だった。その寝顔を見つめてる間にもどんどん大きくなる。この人と触れ合いたいという感情が。……そう、今の私には彼との間に“好き”という気持ちを育てる必要なんて、もうない。なぜならその“好き”が充分に育ってしまってるから。


 私は無意識に自分の顔を、彼の顔へと近付けていく。


 ……今から私がしようとしているその行為が、色々と間違ってるのは分かってるよ。まだ彼とは付き合ってる訳じゃないのに……。そして、その事が過去、自身の大きなトラウマとなった、彼達が私にやった内容と変わらない事にも……。だけど今の私はその行為を止める出来なかった。


 “好き”っていう気持ちが溢れ過ぎて……。


 そして私は彼の唇に自分の唇を触れ合わせる。ほんの一瞬、触れ合った事だけを感じただけの短いキス。


 だけど、生まれて初めて自分の意思で、しかも自らするその“行為”は、今まで感じた事がない程ドキドキして、身体が熱くなって、そ、その……とろけてしまいそうでした。……あうう。


 ……だけど、もう間違いない。この感情はきっと……。だから真理ちゃん。私がんばります。彼の“紹介された女の子”と定義された存在から、“恋人”と定義された存在になるために。


 私、告白しちゃいます!!


 そう心の中で一念発起する私。やがて彼がその目を薄く開いた。そして眠そうにその寝ぼけ眼を指先で擦る。


 わわっ!! この状態はさすがにまずいよね?


 そう考えて咄嗟に彼との距離をとるため、私は飛び退いた。


「……え~っと、俺、もしかして眠ちゃってた? ご、ごめん、若葉ちゃん」


「ううん、いいよ。そのおかげで私、自分の本当の気持ちに気付く事が出来たから。ううん、もしかしたら恋愛っていうアンノウンの正体に気付いちゃったのかも……ふふっ」


「……若葉ちゃん?」


「洸くん、私ね、男の人の事、苦手だったの。男の人って恐いって、ただ自分の欲求だけで近付いて来るんだって……ずっとそう思ってた。だけど、あなたと出会ってそれは間違いだって事に気付かせて貰えたんだ。……そしてそれは、きっとあなたのそのやさしさのおかげ……」


「……って俺ってそんな大した事したつもりないけど?」


「うふっ、洸くんってホントに無自覚なのね。……でもそんな所も好き!」


「へ? それって……」


「私、一時期ずっとひとりでいようって決めた時があった。その当時は男の人の事が苦手なんだって思い込んでたけど、実はそうじゃなかった。私にとって“好き”と思える人と出会える事がなかっただけだったの。……そして今、“好き”と思える人が私の前に現れた。……その人が洸くん、あなた。……だから」


「私と付き合って下さい。……私の事を、洸くんに“紹介された女の子“から、洸くんの“彼女“にしてくれませんか?」


 そう告白の言葉を続ける私の両目からは涙が溢れていた。……おかしいな、こんなつもりじゃなかったのに、途中まで泣かないでがんばれてたのに。


「若葉ちゃん、君のその気持ちは俺も凄くうれしい。だけど、俺はちょっと他の人とは違う変わり者なんだ。……その、なんていうか、恋愛感情を持てないっていうか……」


「ううん。その事はもう真理ちゃんから聞いてる。だからその事もひっくるめて私の事を彼女にして欲しいの。……今はまだ私に対して恋愛感情を持ってくれなくてもいい。私が洸くんの事“大好き”なんだから。それにあなたが私の事をそうしてくれたように、今度は私が、洸くんに恋愛のなんたるかをお教え致します! そして、いつかは相思相愛のカップルに……って、あ、あうう」


「~って、そこで恥ずかしがるのがさすが若葉ちゃんクオリティ! やっぱ天然なのかな?」


「えー! 洸くんまで私の事、天然って言ったー!」


「あははっ、ごめん。それとありがとう。若葉ちゃんがそんなに考えてくれてるのなら、それに応えて、俺もがんばってみるよ。こんなポンコツな俺だけど、これからよろしくな、若葉ちゃん!」


「うん。嬉しい! こちらこそよろしくね、洸くん!」


 そう声を上げながら、私は思わず彼の胸の中へと飛び込んでしまう。


「わ、わ、若葉ちゃん!?」


 私のその予期せぬ行為に困惑の声を漏らす彼。


「突然ごめんね。でも今は……もう少しこのままでいさせて?」


 そして私は両腕を彼の背中へと伸ばし、強く抱き締める。その事に戸惑いながらも彼は私の背にやさしく、そっと手を添えてきてくれた。その手の感触でさえ今の私にとっては愛しい。


 私はそのまま目を閉じてみる。……耳を通して伝わってくる彼の少し早くなった命の鼓動。そしてその音と交わり、感じる私自身の同じく早くなってしまっている鼓動。それと“好き”な人を抱き締める事で感じるこの温もりと充実感。


 あぁ、きっと、これがずっと憧れていた“恋愛”なんだ。そして、その事を体験出来ている自分に、とても幸せを感じられている。


 ………………………。


 …………………。


 ………………。


 今の私と洸くんとの間で感じるこの幸福感。そして夢の中で私とアッシュブロンドの男の人とその恋人、三人で感じる幸福感。……今の私にはどちらが現実でどちらが夢なのか、正直、自分でもよく分からない。この私という存在でさえも。……もしもこっちが夢の世界で、仮に先に消える運命だとしても、その時はアッシュブロンドの“洸くん”。もうひとりの私、“ワカハ”の事もよろしくね? そしていつの日か“私”という存在が消えちゃう事になったとしても……。


 この幸せと感じられる気持ち。“心” これだけは、ずっと久しくあなた達と共に在ることを……。


 そう、久遠という定義の名のもとに。


 

この小説を読んで下さりありがとうございます。もしも興味を持たれたなら、自作品『いつか醒める久遠』の方も合わせて読んで下されば幸いです。


完全に宣伝になりますけど……(笑)

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