01 少年の決意
第1章:世界を知る
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まるで、そこは宇宙か。
無重力空間の中に、僕は居た。生まれてこの方、あまり人生を謳歌してこな来なかったツケがきたか。
本で読んだ気がする。
何もしない、無気力症候群になればいつの間にか死んでしまうと。
しかし、そうではないだろう。まだ、僕は真では居ないだろう。
「聞こえるかい?」
そこにいるのは誰? そこに誰かいるの?
「聞こているんだね。僕は、この世界で魔王と呼ばれていたんだ。今は、いつかわかるかい?」
その声は、男か女かもわからない。何十の声がいくつも重なったような、そんな感じだった。
そして、その声はなんとなく優しかった。
「今は、帝国歴208年。魔王って、すごいの?」
あまり、知識を持って居ないのは、僕が未だ外に出ない引きこもりだからだ。そして、後一年と半年もしないくらいから学園に行くことになっている。その時に勉強を始めればいいじゃないか、と思っているからだ。
その結果、同世代の人がいたとしても、身体能力も学力も全てが劣っていると言ってもいい。
「そう。魔王はすごいんだ。えっと、帝国歴って、その前がなんだったかわかるかい?」
少し困惑したような声に、僕は首を横にふる。
「そもそも、それが合っているかもわからない。帝国が何をしていて、どんな組織なのかも知らない。ごめんね、僕はこの世界に合っていないんだ」
それをいうと、声が聞こえなくなった。
僕は今6歳。実は来月で7歳となる。それなのに、僕の頭には理解不可能な「ナニカ」が邪魔をして、どうしても人並みに生活を送れない。
何もしていないのはそのためだし、でも学園で勉強しようとしているのは、本当だ。
「そうか。でもいいよ。そのままでいい。でも声が聞こえるようになったという事は、君は僕に適応し始めたってことだ。これ以降は、僕が君を邪魔することはないだろう」
ふわっと、倦怠感が体にのしかかる。
目が醒める。
そこは見慣れた僕の部屋。ずっと閉じこもっている、引きこもりの部屋。
額縁には、昔外で拾ったドラゴンの鱗が飾られている。その横には、おじいちゃんがくれた、貴重なダンジョン産の武器。
何も変わらない、僕の部屋。の、はずだった。
「これは?」
机の上には、見たことのない便箋がある。
封すら切られていない。未開封の、僕宛の手紙である。家族ですら、僕の部屋にはあまり出入りしない。入る時でも、僕の意識がある時のみ。
勝手に入ると、僕が発狂してしまうことを知っているからだ。
しかし、そうはならなかった。勝手に僕の知らない時に、何かをする、それに対する嫌悪感がない。
それは、頭の中のモヤモヤが解消されていることを表す。だが、それに気がつくことはない。
「「自分の才能を信じろ』、か。今更何を」
不思議な夢を見ていた。
その夢は、起きたらすぐに忘れたが、それは十分に僕に影響を与えていた。
この日、再び世界が動き始めた。
次の日からだ。どうしても体を動かしたいと思い始めたのは。
僕の体を、僕の意思を、勝手にだれかが操っているそんな気がした。けど、それに対して何も感情はない。僕は、僕自身で運動を始めたのは確かだ。それを、家族は奇異な目で見ていた。
それもそのはずだ。今まで、母以外に顔を見せたことはなかった。そりゃあ、生まれたときなどは父もいただろう。けれど、僕が僕としての自覚、人格を持った時に最初に狂ったのは、父だった。
父と僕はお互いに鑑賞をしないことになっていた。数年前、引きこもる前に決めた約束事だ。
この気まぐれで、僕が外に出て運動を始めたというのに、話しかけるどころか、軽蔑したような眼差しをするのだった。
僕らの家は、この帝国と呼ばれる国のファーブル公爵領の中にある四つの村をまとめる族長のような仕事をしているという。
よって、こんな様な息子である僕をあまり他人に見せることはできなかっただろう。もしかすれば、僕の存在すら無かった事にしているのかもしれない。が、何も言ってくることはなかった。
母とも、最低限の会話もなく、僕は、家の庭に出て自分の体をみる。
薄暗い自分に部屋では、あまり見ることはなかった。気にすることはなかった。だが、それは酷いものであった。
「肉が、ないのか」
自分の腕は、骨に薄く皮膚がついた程度。上半身の服を脱いで見ると、肋が浮き出ている。それもはっきりと。しかも少しお腹が出ている。
栄養失調のような体である。孤児のような、餓死しそうな人間がする体である。
体を鍛えるというが、このようでは走り込みをする前に、長距離歩くことすら困難そうだ。それを、客観的に認識できた。
この家は、あまり貧乏ではない。しかし裕福でもない。平民よりも少しだけいい暮らしができるだろうが、その庇護は僕は受けていなかったようだ。
そのはず。何もしない、家の脛齧りで生きていけるだけ、命を繋いでいるだけすごいのかもしれない。
「でも、流石にこれは」
自分の体を見て、まず最初にしなければならない事を悟る。
そう、最初は両親と話を始めることからだ。
そうと決まれば行動あるのみ。ちょうど両親はそこにいるのだから。親不孝な子供だとしても実の息子であるので不義理なことはないはずだ。話を聞かないなど、ないはずだ。
脱いだ服を着た。それでも少し不恰好だ。背筋を伸ばそうにも、筋肉量が足りていないのかどうもきつく猫背になってしまう。これから健康な体を作らなければならない。
すっきりとした思考から、自分がどれほど平民よりも劣った体をしていることと、平民よりもよっぽど良い立場にありながらその責任を果たそうともしていない事実を突き止めた。
「そうか。自分で悟ったわけか。で? 私に何を望むんだ? この家を出るための資金か? それともなんだ、家庭教師でもつけろと? すまないが次男、長女の方が優秀なんだ。お前がこの家の責任を追うことはない。学園は臣民の義務であるから行かせるが、それからは仕事なども自分で見つけないといけない。もうこの家はお前がいない前提で全てが回っている。そして全てうまく行っているんだ。あまり言いたくはないが、途中から出て来て今更期待などしていない」
父からは厳しい叱りを受ける。それは当然のことであろう。今まで何もしてこなかった。そして今まで不干渉を続けていた父からすれば、血の繋がりがあるだけの他人であるからだ。しかし、血のつながりだけでも十分だ。すぐに捨てない程度の感情は持てる程度には。
「ダニエル様。それは言い過ぎでは? 実の長男であるんですよ?」
母が言う。ここで驚くが、父の本名を始めて知ったのだった。
「断じて言い過ぎなんてことはない。これは当然のことだ。私は親として最低限の義務を果たすだけだ。それ以上なにも望んでいない」
「それは、ーーーーそれでもっ!」
「いえ、良いのです。僕は今まで何をしていたのか、あまり覚えてもいないし思い出したくもない。不思議な夢を見て、それから自分がしないといけない事を考えたのです。でも、行動が遅かった。そして、この体を見る限り全てが、遅すぎた。それは理解しているのです」
僕の口から、言葉が紡がれる。本心ではあるが、ここまで喋れるとは思わなかった。
父ダニエルは腕を組み、頷く。
「それがわかっているなら良い。だが、この家を次ぐのはファブニルだ。それは決定した事だ」
「はい。ここまで生きてこれたのは父上のおかげです。それに、その決定に反論できる権利は僕にはない。
僕は騎士になる。そのために体づくりと勉強をしないといけないんだ。今まで以上にご飯をくれれば、それ以上は望みません」
ダニエルは笑う。
にたりと、気味の悪い笑みだった。そして、パンパンと手を叩き、メイドを呼んだ。
「その言葉が本心であるならそれで良い。私は父としての義務を果たすだけだ。ファブニルに課して居るようなことはさせないが、少なくともそれを『結果』で見せるがいい」
父は笑う。含みのあるそんな気がする。
だが、これで確約された。学園に行くまでに最低限の体づくりを終えていよう。騎士になるには、努力しなければならない。
騎士になれば、父のステータスにもなる。息子が騎士になる。それはとても名誉な事であるのだ。
帝国兵、その上に存在する帝国騎士団。
それになるには、とても優秀でなくてはならないのだ。
次はもう少し多い分量を書きたいです。
次の更新は六月一日の金曜日です。