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春を待つ

本日二話同時投稿となります。前日の続きは「31.花嫁候補、領地へ帰る」を先にお読みください。

 雪解けを待つストークスマン男爵領に、子供達の声がこだまする三月初旬。私たちは手製のソリを持ちあって、雪遊びに興じていた。

 もうすぐ雪は溶けはじめ、忙しい一年がまた始まる。

 とはいえ転べば手足はかじかんで、子供達を含め、私の鼻の頭は赤くなっている。


「ライラ様、今度は私と!」

「はいはい、どっちが前?」

「ライラ様!」


 木製の小さなソリに座ると、小さな女の子は私の後ろに乗って、私の背中にしがみつく。


「じゃあ、行くわよ!」


 きゃーという高い叫びと笑い声が、谷あいの村に響く。雪を巻き上げながらソリはスピードを上げ、私たちの頬に冷たい風が吹き付ける。

 今度は転ぶことなくなだらかな広場までたどり着き、私は後ろの少女を抱き上げて立たせる。そして手袋をはめた手で、少女の雪まみれのコートを払ってあげた。


「どう、楽しかった?」

「うん!」


 小さな体でソリを抱え、再び坂を登っていく後ろ姿を見送る。

 私は深く被っていた防止を外し、巻き上げて雪だらけになった体をはたいて落とす。

 そして坂の麓でこちらを眺めて待つ、騎乗の人へと笑いかける。


「いらっしゃい、ジーク。また夜中に都を出たのね、心配だからやめてってお願いしているのに」


 彼はもう髪を染めることなく、ミルド村にやってくる。

 私が彼にとっての唯一の花嫁候補であることは、周知されてしまっている。最初はとても恥ずかしいし、なぜかお祝いの言葉をもらうことに戸惑いがあった。……まだ婚約者ではないのにと説明しても、村のみんなはその違いを重んじてはいない。まあ、原因は目の前にいる人物のせいなんですけれどね。


「時間が惜しい、今日もすぐ戻らなくてはならないんだ」


 ジークは馬上から、私に手を差し出す。

 その手をしっかりと握り、空けてくれたあぶみに足をかける。そして引き上げてくれる力に身を任せて、彼の馬に乗る。

 てっきり屋敷に向かうと思ったのに、ジークは温室のある方向に手綱を引いた。


「急いでいるって、何かあったの?」

「大した用事でなはいが、カールがうるさい。それからついでに使いを頼まれた。手紙を渡してほしいと」

「手紙?」


 それでどうして温室なのかしらと首をかしげると。


「イクセル=セーデルステーンに、王宮の侍医長からだ」

「イクセル様に?」

「かつての師匠だそうだ。先に男爵家に寄ったら、イクセルは温室にいると教わった。ついでに長時間雪遊びに興じているライラを、拾っていけとも」


 私は驚きつつ、どこか納得するものがあった。イクセル様は、かつて都で高名な師匠のもとに修行していたと聞いている。まさか国で最も名誉ある地位にある方が、とは思うけれど、イクセル様の優秀さを考えると不自然ではない。

 温室に到着したジークは、さっそくイクセル様に手紙を手渡す。


「例の薬を抜くための調剤について、意見を聞きたいそうだ」


 イクセル様は少々、嫌そうな顔をしたものの、観念したように手紙を開いていた。市井では出回った薬を使い、不調を訴える患者が多数出ている。イクセル様も、助けを請われれば放ってはおけないに違いない。


 夜通し馬を走らせてきただろうジークを温かい暖炉の前に招いて、お茶を出す。しばらく近況を報告しあった後、まだ教えてもらえていない、例の事件のその後を教えてもらうことにした。手紙はくるけれど、肝心なことはいつも書いてないのだから。


「一通りの調べと供述の照らし合わせが終わったところだ。ハインツ=スヴォルベリは投獄。おそらく生涯出てくることはない。トルド=ビューストレムは同じく投獄、のちに絞首刑は避けられないだろうな」


 ジークは重い口を開いた。


「そう、やっぱり……グレタはどうなるのかしら」

「そっちは心配いらない、ケビが面倒を見る」

「ケビ?」


 突然名前があがった護衛官に、私はきょとんとして聞き返していた。


「父親が爵位を失い、グレタは平民扱いとなる。親族がやはり厄介者扱いをしているから、養女に出されることなく、ケビはそのまま嫁にできる」

「ええと、そうじゃなくって……なんでそこでケビなんですか」

「ああ、言ってなかったか?」


 ジークがかいつまんで教えてくれたのは、二人の馴れ初め。

 最初の薬の件で、まず嫌疑をかけられたスヴォルベリ子爵への捜査のなかで、二人は知り合い、互いに惹かれあったという。だけどケビはいくら警護官として地位が高いが、身分は平民。グレタのことははなから憧れの女性として、何も望んではいなかったという。しかし今回の事件でグレタは貴族院から籍を抜かれてしまう。

 じゃあちょうど良いじゃない、と誰もが思ったのだけれど……ケビだけは違った。

 彼はグレタに親族に頼んで貴族の養女としてそのまま生きることを望み、彼女に進言したという。いくら地位があって生活に困らせないとはいえ、一度平民となってしまえば、元の貴族に戻るのは容易なことではない。グレタの境遇ならなおさら。

 それを聞いて、思わず胸が熱くなる。ケビ、なんて生真面目な人なんだろうと。

 けれどグレタがそれを拒んだという。みずから進んで、ケビに妻にしてほしいと願ったのだそう。あの気が弱くて父親の言いなりだった、大人しいグレタが……


「なんて素敵な話なの」


 側で聞き耳をたてていたロリとともに、私ももらい泣きしそうだった。

 それからエステルの近況も、さほど悪いものではないことに、私は安堵する。

 修道院の献身的な介護のおかげで、中毒症状はある程度収まり、健康を取り戻しつつあるという。彼女はこのまま、修道院で生涯を過ごすことになるだろう。本人がそれを望んでいるそうなので、私としても彼女が穏やかな人生を送れるよう祈るしかない。


 本当に、色々なことがあった半年だった。

 なにより自分がここまで、変わるとも思いもしなかった。

 感慨深くこれまでのことを思い起こしながら、ゆったりと暖炉の前でくつろぐジークを眺める。

 もうすぐ訪れる、春を待つ。

 そのための準備は始まったばかり。

 お母様のお腹は順調に大きくなり、夏頃には弟か妹が生まれる予定。使用人たちは気が早く、産着やら育児のための準備に余念がない。

 都でたくさんの知識を得てきたヨアキムは、私が難しくて断念していた、天敵を利用した栽培方法の研究を進めている。害虫との戦いは、農家にとっての苦難の大半を占める問題だもの、彼には期待している。成功したら、いずれは男爵領だけでなく、国中に広めたいというのが私たちの共通の夢となった。


 こうして多くの人の助けを得ながら、私はまだしばらくは、男爵領で忙しく日々を過ごすだろう。

 何より私を理解し、たまに訪れる、愛しい人を待ちながら。


ご愛読ありがとうございました。

これにて完結となります。細かいあとがき兼お礼につきましては、後ほど活動報告に改めて書かせていただきます。

また次の作品でお会いできるよう、日々精進していけたらと思っています。


iohara/小津カヲル 拝

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵なお話でした。良く構成を考えられた話だったと思いました。恋愛物で有りながら、ヒロインがその言葉通りに、地に足をしっかりと着けて生きている様子が素敵でした。 ライラとジークが、それぞれの…
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