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29.逢瀬はいわゆる作戦会議です

「兄様、こんなところで何をなさってるの!」


 女性の鋭い声で振り向くと、そこには巻き毛が特徴の華やかな美女が立っていた。

 兄様?

 カールを見れば、とてもばつが悪そうな顔。


「カロリーナ」

「このような場所に女性を囲いこむなんて。早速、悪巧みをなさっていたのね」


 カロリーナと呼ばれた女性は、カールに何かを言わせる前に彼を押し退け、私の手掴んで引き寄せた。

 通路の壁とカールに挟まっていた私を救出してくれた彼女は、キッとカールを一睨みしたのちに、私に振り向く。


「はじめまして、ライラ様でらっしゃいますか? 私はカロリーナ=アレニウスと申します。愚兄が失礼をいたしました、お怪我などございませんか?」

「俺が無体を働くことが前提に、話をすすめるのはやめてくれ」

「少し目を離した隙に、この状況で?」


 言い合いを始める兄妹を、唖然としながら眺めていたら、妹の方がはっと我に返った。


「お見苦しいところを……申し訳ありません、私はライラ様を呼びに来たのでした」

「私を?」


 側近とはいえカールの妹ならばお茶会の招待客であるはず。わざわざ侍女のような真似をする立場ではない。不自然さに戸惑っていると。


「少しだけ予定が変更になりましたの、ついて来ていただけますか?」

「そうなのですか。ではビルギットを呼んですぐに……」


 茶会会場うのそばに侍女を待たせているのが普通。そういったこともあり一度戻ろうかと思ったのだけれど、カロリーナ嬢に引き留められてしまった。


「知らせは入れておきます、ライラ様には急いで来ていただきたいのです」

「……はあ」


 押しきられるようにして私はカロリーナ様の後についていくことに。

 ふと振り返れば、そばにいたはずのカールの姿がない。中庭を横切る通路を渡る後ろ姿が見えたけれど、既に遠い。いつのまに?


「兄様はライラ様がいらしたことを、報告しに行きました。さあ、こちらです」


 カロリーナに連れてこられたのは、今までいた空中庭園からさらに王宮の奥。招待された貴族たちが集まる、サロンや談話室があるような場所は、すでに通り過ぎた気がする。

 長い廊下をしばらく歩いた行き止まりで、カロリーナに扉を開いて入るよう促された。

 緊張しながら足を踏み入れると、そこは思っていたよりも小さな部屋だった。

 正面には暖炉があり、しばらく前から火が入れられていたのか、とても暖かい。誰もいない部屋は、ぱちぱちと薪がはぜる音がする以外、とても静かだった。

 そんな誰もいない部屋を見回して、私は立ち尽くす。

 ゆったりと大きめのソファの手すりは、長く使い続けた歴史を感じる。布張りの部分には無造作に置かれた紙の束、備え付けの棚から取り出しただろう、使ったばかりのカップが一つ。

 ここはもしかして誰かの……そう考えて気づく。王宮の奥で暮らす人物は、限られている。

 どういうことかと振り返れば、カロリーナはすでにいない。

 そんな、と慌てて来た道を戻ろうとしたとき、後ろ側の扉が開く音が響いた。


「……ライラ?」


 聞き覚えのある声にゆっくりと振り向けば、彼もまた少し驚いたような表情だった。

 見慣れた濃い麦色の髪はすっかり明るい金髪。でも違いはそれだけ。私を見てすぐに柔らかい笑みを浮かべるその仕草は、村で見た彼そのもの。


「驚いたな、ミルド村での姿も個性的でいいが……とても似合っている」


 彼は歩みより、目の前の私を眺める。

 同時に私も彼の王子然としたきらびやかな衣装を眺め、少々わざとらしく、エリクの花を模したドレスの裾をつまんで、頭を下げた。

 するとそれだけで私の嫌味は通じたようで、彼は苦笑いを浮かべてから、姿勢を正す。


「俺……私の名はジークフリート=レドルンドだ」

「エーランド=ストークスマン男爵の娘、ライラ=ストークスマンと申します、ジークフリート様」


 もう一度、王族への正式な臣下の礼をとる。

 すると彼は私に左手を差し出した。


「そろそろ勘弁してもらえるだろうか、ライラ……俺のことは『ジーク』と」

「お仕えすべき高貴なお方にそのような礼を欠く態度、家名に恥を塗る行為です。私にはとてもできませんわ」

「……ライラ」


 困ったような、情けない顔で手を差し出したままの彼に、やっぱりほだされ許してしまう私……


「今、この部屋のなかだけでしたら」

「ああ、もちろん。それでいい」


 ほっとした表情の彼の手に、自らの左手を乗せる。すると微笑む彼、ジークは私をゆったりと大きな椅子に導き、座らせてくれた。


「巻き込んですまなかったと思っている。ライラが……あの村の居心地が良すぎて、いつしか訪れるのが楽しみになっていた」

「あれほど邪険にしましたのに?」

「これは偽りない本心だ」


 王子と知れば青ざめるだけでは済まないようなことを言ったし、ひどい扱いもした。それでも楽しそうに笑っていた彼の心に、偽りがなかったのだと知れたのは、嬉しい。


「ライラの希望を鑑みれば、歓迎されないことは仕方ない。わかった上でのことだった。だがそれ以上に俺を惹き付けてやまなかったんだ。ライラは自覚ないだろうが、あの温室も荘園も、そこで得た技術を活用したミルド村も、思描いていた理想を体現していいて……ずっと見ていたかった。だが多忙を極める身では遠く、本気で熊の森(ビヨーン・スコーヴ)に道を遠そうかと」

「だからそれはお止めくださいってば」


 ジークは「冗談だよ今のところは」と言い、声をあげて笑う。


「私のやっていることを、小娘のお遊びと笑わない人は珍しかった。本当にすごく嬉しかったわ。だからあなたがカールではないと疑問がもたげたときは、余計に残念で、あなた自身のすべてが偽りなんだと思ってしまったの」

「ライラ……本当にすまなかった」


 私は彼の言葉を否定するように、首を横に振る。


「もう謝罪は先ほど受けました、だからもういいのです。それに、事情はお祖父様から聞きました。あなたは、あなたの仕事を全うするべきで、私に負い目を感じる必要はないわ、ジーク」


 男爵領を快く思ってもらえたことと、本来彼がしたかった不正のあぶり出しのための行動は、同じときに起きただけ。それは予測しえなかったことで、彼自身も困惑していたのだ。それが理解できただけでも、会いに来たかいがあった。

 それに──


「あの『ジエニス』は危険です。排除するために私の存在が利用できるのでしたら、今はあなたの思う通りにしてください」

「花嫁候補になるのは嫌なくせに、そのためなら我慢すると?」

「事情が事情ですもの、そんなの比べるべくもないでしょう?」


 私が憤慨して答えると、ジークはどこかまだ不満そう。協力するというのに、そんな反応をされるとは思わなかった。


「……カールと同じようなことを言われると、少々複雑で」


 それが? と首をひねる私を横目に、小さくため息をつく。


「ライラが『アリョーシャ』の花を調べてくれたおかげで、仕事が楽になりそうだ」

「もう報告を受けたんですね。でも膨大な古書のなかから探し出したのは私ではなく、ヨアキムです」

「だが、指示したのはライラだろう、なぜだ? さほど情報がない薬ゆえに、初期に危機感を抱いた者は、古参の中ですら少なかった」


 なぜと問われても、依存性のある薬物は使い方を間違えたら、人を、社会をダメにするからとしか言いようがない。直接的に関わったことはなかったけれど、それが記憶(・・)を持つ私にとっての常識だった。それをどう説明したらいいのか悩ましい。

 真剣に問いかけるジークに、嘘はつきたくなくて、かえって言いよどむ。すると……


「それだけではなく、他にも聞きたいことがあるんだが。『()』とは、どこの誰のことだ?」

「……なんですか、突然?」


 何を言っているのか分からず、聞き返すと。


「名前はないけれど、夢で会いたいほどの人物って、どういう意味?」

「……な、なぜ、それを」


 心臓が大きく跳ねた。

 あからさまに狼狽していると、ジークはさらに追い討ちをかけてくる。


「覚えていないのか? はっきり言っていたじゃないか、名前はないけれど彼は彼だと」


 一気に全身から冷や汗がわきあがる。いつ彼のことを口にしたのかしら。

 確かに狐の仮面をつけたカールに、そう言った覚えがあるような……でもまって、あれは夢で……あれ? 夢、じゃないの?

 

「まあそれは追い追いでいい、今は時間がない。例の薬にやけに詳しいことも、温室などの飛び抜けた技術についても、聞きたいことは山ほどある。残念だが後回しだ。ライラの功績を無駄にしないためにも」


 どれもこれも、追求されれば厳しいものばかり。この場では追求されないことにホッと胸を撫で下ろしたのだけれど、後回し……という言葉に一抹ならぬ、大いなる不安を覚える。

 

「ライラ、俺はあの花に、見覚えがある」

「あの花って、もしかしてアリョーシャですか?」

「そう、しかもあってはならない場所で。それが奴等の尻尾だ。至急ビューストレム伯爵家とその領地に兵士を配置し、捕縛させるよう指示を出した」


 そう断言したジークの言葉に、私は安堵する。きっとすぐにでも問題は片付き、平穏が戻ってくると。


「役に立てたのでしたら、なによりです。では、私の役目もこれで終わりですね。ここまで来たものの、囮としての責任から、これでもかなり緊張していたんです。ああ、よかっ……」

「まだだ、ライラ」

「……え?」

「その証拠がここ王宮にあるのだが、持ち込んだ経緯とその理由を、本人……エステル=ビューストレムから言わせる必要がある」

「……そう、なんですか」

「悪いが、茶会は続行させてもらう」


 ええーそんなぁ……と、令嬢らしからぬしかめ面で反応している私の前に、ジークがやってきて片膝をついた。

 彼の表情は真剣そのもので、そっと私の手を取る。

 椅子から転げ落ちながらでもいいから、逃げなくてはいけない気がした。でも出来るはずもなく、ただ目線をお泳がせるしかなくて……


「ライラ、きみを翻弄するつもりはないし、もうこれ以上誤解もさせたくはない。だから初めに、言っておきたい」


 ダメだと頭では思うのに、耳は勝手に彼の言葉を拾って、心臓はバクバクと音をたて始める。上気する頬が、何かを期待していると彼へと伝えてしまいそうで、目線を合わせるのが怖い。


「ライラを、最後に残った花嫁候補として、このあと王妃()の茶会にエスコートしたい」

「最後の……って、私が?」


 顔を上げれば、ジークがじっと私を見つめている。


「エステル嬢がこれまで王妃への贈った花に、アリョーシャが何度も紛れていた。父親に荷担しているのなら、秘密にしておかねばならない花を持ち込むなど、不自然だ。彼女の真意と出所を問いただしておきたい」

「真意と、出所……ああ、そうですね」


 ジークの言うことはもっともだ。伯爵に言い逃れができないよう、証拠を揃えたいということなのね。そこに令嬢自身が関わっていたかどうかも。それによっては、伯爵家の今後は……

 それらに納得がいくと、これまでの緊張がなんだったのかというくらい、気が抜けて、何を誤解していたのかと恥じ入る。


「よく分かりました、これはいわゆる作戦会議ということですのね、先ほども言った通り私は協力ならさせていただき……」


 なんとか笑みを作り了解の意を伝えようとしたら、ジークはそれを遮るように、言葉をかぶせてきた。


「今日のところは、ライラが花嫁候補であることは偽りだ。だが俺は、いずれそれを真実へと変えるつもりでいる」

「……あ、あの、ジーク?」

「返事は今日の事が終わってからでいい。いくらでも待つ。ただし、逃がさないけれど」


 私は真っ赤になって、極上の笑みで私を見上げるカールにこう言うしかなかった。


「翻弄しないって言ったくせに。あなたはやっぱり、嘘つきなのね」

「狐は、狡猾だから」


 笑うジークに手を引かれ、私はふらつきながら立ち上がる。

 すると頃合いを見計らったかのように、カールの妹であるカロリーナが顔をみせた。

 そろそろ時間ですよ、ジーク様と。そして頬を真っ赤に染めた私の様子を見て、あらまあと微笑まれると、私はいたたまれない気持ちに。

 しかし状況はそうも言っていられない。

 カロリーナが連れてきてくれたビルギットに、ほんの少し乱れた髪を整えてもらうと、すぐに王妃の待つサロンに向かわねばならなかった。

 ジークは私をエスコートしながら、ニコライ=ビューストレム伯爵について説明をしてくれた。

 そして類をみない美しい容貌とその気高さから、社交界の華と謳われる、令嬢エステル=ビューストレムのことも。

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