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26.招待状

 ストークスマン男爵領を朝に出発して、私たちの馬車は都へ続く街道添いにある街で一泊。そして朝に宿を出て、昼前には無事に到着した。

 最後に訪れた二年前にも思ったけれど、都はとても大きくて、洗練されている。その整った街並みに、私は馬車から眺めながらため息をこぼす。

 立地的には標高が高く、街の三分の一は坂に作られている。利便性が優れているとは言えないのだけれど、中央にそびえる城を中心に、整備された道路、計画的に建てられた家々、人でにぎわう商業施設など。あらゆるものの規模が、男爵領とはまるで違う。

 人々の顔は明るく、活気もある。せっかく訪れた都。ただ馬車から眺めるだけでは分からないことを、この滞在中に知れればとも思う。市場にも訪れて、村との生活の質の違いを体感できれば、今後の参考になるかもしれない。

 馬車で向かうのは、街の西側に位置する古い街の一画。ここは貴族たちの屋敷が立ち並ぶ通りになり、端の方ではあるけれど、そこにストークスマン男爵家の別宅がある。領地のお屋敷ほど広くはないけれど、しばらく家族で過ごすには充分の部屋数がある。もちろんこちらで雇っている使用人もいて、年中行き来しているお父様が不自由しないよう管理してもらっている。


「報せはしておいたけれど、普段は必要最低限しか使ってないから、ライラには不自由させるかもしれない」

「いいえ充分です、大丈夫ですわお父様」


 男爵家の屋敷は古いものだったけれど、私が来るにあたって客間を一つ整えてくれたようだった。

 旅の疲れも見せず、同行してくれた侍女のビルギットが、こちらの使用人たちと協力して昼食を用意してくれている。その間に私はお父様から書斎に呼ばれ、今後のことを話し合うことに。

 お父様には今回のことは改めて謝罪されてしまった。勝手に名前を貸したうえに、それを黙っていたこと、結果として私を危険な目に合せてしまったことなどを。その上で、最後まで都に来ることを反対されたけれど、お母様からの後押しもあり、こうして希望が叶った。


「ライラ、あまりゆっくり話す暇がなかったから、いくつか話をしておこうと思うんだ」


 お父様が自室に招き話し始めたのは、宰相補佐であるノルダール侯爵との最初の約束についてだった。

 こうしてゆっくり時間ができなかったのは、お父様は雪が降る前までに終わらせねばならない工事のため。私もまた、村の冬の貯蔵食品などの準備に追われていて、こうしてきちんと話をできる機会がなかった。


「実は、いくつかの貴族たち相手に商売をし始めてから、どうも特定の家に睨まれるようになってね。最初は気のせいだと思っていたんだが、どうもそうではないと感じ始めてたんだ」

「睨まれるって、例えば?」

「直接ではないんだが、平民のように頭を下げて回る、卑しい者が貴族を名乗っていると得意先にね……まあ私はそれは別に気にしないんだが、うちから商品を買う者は違う。相手に睨まれたら社交界でなかなか居づらい。だがリヨンのようなご婦人方に人気な商品は欲しいと、ジレンマを抱える人もいるようだった」


 貴族といっても末端、そのような扱いが時にあることは承知している。きっと言葉通り、お父様ならば気にしていなかったろうと思う。

 そんな時、お父様の友人でもある宰相補佐の、ヘンリク=ノルダール侯爵に呼び出されたのだという。


「ヘンリクから、イクセルを通じて出荷している薬草の詳細を教えろというんだ」

「薬草、ですか? それはまた唐突に」

「ああ、都で違法の薬が出回っているっていうんだ。うちはそんな危ないものに手を出さないと、イクセルも立ち会わせて卸した帳簿を確認させた。もちろん疑いはすぐ晴れたんだが、どうやらその違法の薬を持ち込んで儲けてるのが、そのさっき話した嫌がらせしてくる貴族なんじゃないかってな」

「いったいどなたですか、その嫌がらせをしてくるというのは」

「スヴォルベリ子爵だ」

「最近……どこかでお聞きしたような」

「例の、花嫁候補にまだ残っているはずだよ、令嬢が」


 そういえばと、思い出す。

 花嫁候補がそもそもおびき寄せるための嘘というのなら、捕まえたい人物の関係者が入っているのは当然だった。


「候補は令嬢のグレタ=スヴォルベリ、それからシェスティン=ハグベリ公爵令嬢、エステル=ブイーストレム伯爵令嬢、カロリーナ=アレニウス伯爵令嬢、そしてライラの五人だ」

「……カロリーナ=アレニウス?」

「ああ、カール=アレニウス様の妹だそうだ」


 お父様には気のない素振りを繕いながら、「そうなの」とだけ返す。

 そもそもが嘘で始めたことならば、私だけではなく他の令嬢もまた囮、なのかもしれないと考えがよぎる。


「それで、違法の薬というのは?」

「ああ、気分が高揚する効果があり、強くはないが常習性があるものらしく、使い過ぎると幻覚にも悩まされる。少し問題となっていてね」

「常習性が……」


 嫌な予感しかない。

 だけどそのような薬は、これまでこの国では聞いたことがない。

 そんな疑問に、お父様が答えてくれた。


「ライラが知らないのは無理もない。紛争が続いた中で使われることはあったそうだが、ずいぶん前からその薬草は輸入を禁止されているからな」

「だから……知らずに使ってしまう者も多いと?」


 渋い表情で頷くお父様。


「イクセルが苦心して調合した鎮痛薬と同じく、病や心の苦痛を和らげるところから使いはじめ、次第に止められなくなる」

「そのスヴォルベリ子爵が、外国から薬を持ち込んでいるとほぼ確定していますの?」

「上の方はそう判断しているのだろう」


 苦いため息をつくお父様。事が大きすぎて驚くけれど、我が家が疑われたのであれば、ただ指を加えて待っているわけにはいかなかったろう。イクセル様と協力しての新しい薬の開発は、今後の男爵家の収入に大きな影響を与えるのだから。

 ただ輸入だけならそれを止めさえすればいいけれど、大規模栽培をどこかで始めていたらどうするつもりなのだろう。心配にになり、もっと詳しく聞かないとと考えたところで、使用人が慌てた様子でお父様を呼びに来た。


「旦那様、お客様です」

「……まだ到着したばかりだが、いったいどこの誰だ?」

「それが、王宮からだそうで」


 私とお父様は驚いて顔を見合わせる。


「私たちが今日到着することを、わざわざ王宮に知らせていましたの?」

「いいや、そんなはずはない。三日後の王宮でのパーティーには参加することは伝えているが……とにかく、すぐ行くと伝えてくれ」


 お父様は使用人にそう告げると、待たせてある玄関へと急ぐ。私もその後を追って行くと、なんと訪ねて来ていたのは、ケビだった。

 彼は男爵領に来たときよりも、ずっと立派な騎士の姿をしており、五人ほど同じ格好をした人間を連れていた。そして私たちを認めると、以前カールがしたのと同じように、胸に手を当てて礼をとった。


「ケビ、よく私たちが到着したのが分かったのね」

「お伝えしてあった通り、ライラ様にはいまも護衛がついておりますから。位置、動向はすべて把握しております」


 相変わらず柔らかな笑顔でそう告げると、ケビはお父様に向き直り、再び頭を下げる。


「ご挨拶が遅れました。私は王宮護衛部隊、王子付きのケビ=ルンベックと申します」


 その名乗りに私が唖然としていると……お父様はさほど驚いた様子がないことに、私はさらに混乱する。


「ルンベック……なたの名は、ここ都ではよく耳にしますよ。平民の出でありながら、ルンベック部隊と呼ばれるほどに、王子殿下周辺をよくまとめ上げる人物がいると……なるほどあなただったか。陛下から爵位を賜る日が近いのではと、もっぱらの噂です」

「とんでもない、私などまだまだ……殿下とカールに振り回されてばかりですから」

「……それで、どのようなご用件でしょうか。わざわざご挨拶にいらしていただいたわけでは、ございませんでしょう」


 お父様が、ちらりとケビの後ろに控える、彼の部下たちに目を向ける。その顔のいくつかは、既に覚えがあった。


「この屋敷とライラ様の護衛するよう、正式に命をうけましたので、出入りの許可をいただきに参りました。もう二度とお嬢様を危険に晒すことのないよう、鍛え直しておきましたのでご安心ください」


 そう言うケビの顔は、一転して厳しいものとなる。心なしか、それを受けて背後の空気が凍ったような……


「それはありがたい申し出ですが……やはりまだ、必要ですか」

「……あと少しの間、ご辛抱いただきたい」


 お父様はそのケビの言葉を受けて、小さく頭を振る。諦めともつかぬため息をこぼしながら、「分かりました」と了承の意を伝えた。


「ありがとうございます、それからライラ様……」


 名を呼ばれてケビを見返せば、彼は切れ長の目を細めて言う。


「カールに、会いたいですか?」

「そのために、ここまで来ました。直接会って、確かめるために」


 するとケビは、胸元から封筒を取り出し、私へと差し出した。

 形式からすると招待状のようだけれど、見える部分に差出人の名はない。


「彼は今、王宮を動くことができません。近いところでは、その茶会でしか機会はないでしょう。もしライラ様にご覚悟があるようなら、お渡しすようにと」

「茶会……?」


 気になって、その場で封を開ける。

 すると現れたのは、美しい花模様の透かしが入ったカード。王宮の一室で開かれる茶会への招待状。カードの一番下に押されているのは、赤い薔薇の紋章。


「王妃様の……」


 椿の鷲と薔薇は、この国ではもっとも尊い組み合わせ。知らぬ者はいない。


「招待客はあなたと、他の花嫁候補たちです」


 先ほどのお父様から聞いた情報と合わせて、背筋に緊張が走る。

 それをケビはよく見ていたようで……


「警備は万全を期します。そこはどうかご安心していただきたい」

「……はい、心配していません。ただ、私に与えられた役割は何なのかと、それは気になります」


 ケビが困ったような顔をする。ミルド村でも、カールの側で何度か見た顔だった。


「ライラ様はそのままで。感じるままに喋り、思った通りに行動なさってくださったらいいと思いますよ」

「それは最も困る意見だわ」

「お叱りはごもっともです」


 煙に巻かれたけれど、それはきっと何か起こることを暗に伝えてきているのだと思った。

 だけど私は、まずはカールに会えさえすればいい。それ以外の事柄は、私が安易に手出しすべき事柄ではないのだから。

 お父様に案内され、屋敷に入るケビたちを見送る。彼ら警護官たちは、ここに常駐することになるのだろう。賑やかとは表現し難い状況だけれど、人の出入りが増えることに変わりはない。そうなると心配な人物がいる……ということで、一番端の部屋をノックする。


「ヨアキム? いるなら返事しなさいよ」


 四度めくらいに痺れを切らして扉を開けると、鞄を開けて荷物の整理どころか、旅装のコートを脇に置いたまま、本を積み重ねて読みふけっていた。


「あ、ライラ様?」

「到着してからもう二時間は経つけれど?」


 ああ、と周囲を見回して首をひねるヨアキム。

 彼に常識的な行動を求めた自分を責めるべきなのかと悩みつつ、警護官たちが出入りすることを告げる。すると情けない顔をしながら「ええ……」とうろたえるヨアキム。


「ところでそれは?」

「ええと、男爵が用意しておいてくださった本です。いつも注文してくださってる本ですよ」


 彼がお父様にお願いする本は、都でしか手に入らない貴重なものばかり。それらを領地まで持ち帰ってくれているのだけれど、今回は早めに届いたおかげで荷物をほどくのも忘れて、読みふけっていたのだという。


「ところで、明日はお爺様にご挨拶に行くから、ヨアキムも一緒に来てね」

「ぼ、僕が? メシュヴィッツ伯爵に?」


 目がとび出るんじゃないかと思うほどに驚くヨアキム。けれど図書館での自由閲覧許可を手配してくださったのはお爺様なのだからと言えば、渋々ながらも承知する。なにも取って食われるわけでもないのに。


「閉館後二時間までなら許可が下りたみたいなの。お礼くらい言わなくちゃね」

「……そうなんだ、凄いね伯爵」

「挨拶したらそのまま図書館に案内してくださるそうよ。それでヨアキムには少し、頼みたい事があるの」

「……頼みたいこと? 図書館で?」

「そうよ、調べて欲しいことがあるの。お父様に聞いたことなんだけど……」


 ケビたちが来る前に聞かされた違法薬の件を、ヨアキムにも一通り話す。もしも私が知る向こうの世界と同じようなものならば……そう思うと不安が増す。

 ならば調べてみればいいと思ったのだ。基本的には昔の世界ととても似ているけれど、すべてが同じではない。見たこともない動物だってたくさんいるし、植物もそう。これまでうまくやってこれたのは、単に前世の知識があったせいだけではない。知識とは違うこの世界のことを、一つ一つヴァーイ達が教えてくれたから。


「うん、分かった。調べてみるよ……しかし嫌な話だなあ」

「そうね、だからお願いヨアキム」


 思い過ごしであればいい。私はそう願いながら、この件はいったんヨアキムに任せることにしたのだった。

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