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荘園経営に夢中なので、花嫁候補からは除外してください。  作者: 小津 カヲル
四章 あなたは誰?

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24.ライラの現実と痛い助言

 夢の中で、誰かに呼ばれたような気がした。

 寂しい時、悩んだ時に見る『彼』の夢が見られるのかと、期待していたのに。夢にまでそれを覆されてしまう。

 窓を叩く音がしてふらふらと壁を辿り、そこを開け放ってみれば。

 現れたのは、あの月夜に踊った金色の狐。不揃いな毛並みの面に、ついさっき見た色とは違う金色の髪。


「……あなたの出番じゃないわ、私は『()』の夢が見たかったの」


 残念だと思いながら窓を閉めようとしたら、窓枠をがっしりと掴んだ狐が阻む。

 夢になってもあなたは強引で私の望みを聞き入れてくれもしないのね。


『ライラ、きみが怒るのは当然だ』

「怒ってないわ」

『……そうなのか?』

「悲しかったの」


 夢だから素直にそう答えれば、私の目元に指をそっと這わせて、狐は黙り込んだ。


「教えてくれれば良かったのに。そうしたら恥ずかしげもなく恋なんてしなかった。これまでのように『彼』への愛だけを頼りに生きていけたのに」

『……ライラ、()、とは誰のことだ?』

「あら、『彼』は『彼』よ、夢のくせに細かいわね。名前なんてないわ、もうそれすら覚えていないもの」


 狐は首を傾げる。


『名前がない?』

「そうよ、もう思い出せない。可笑しいわね……名前のない人を愛し、名を偽るあなたに恋しただなんて」


 私は素直に笑った。だって本当におかしかったんだもの。

 それを狐がどう思ったのか、その仮面を縛る紐に手をかけた。


「止めてお願い……とにかく、私は悲しいの。これから『彼』の夢を見るつもり。そうしたら幸せに包まれて明日も頑張れるから」


 待てと言う狐を、私は強引に部屋から追い出そうと、窓から押し出す。

 だけどびくともしない大きな狐。


「夢のくせに、思い通りにならないなんて」

「夢か」

「そうよ、私の願望かも……」


 瞼が重くて狐が霞む。ああ、腫れていたせいね。なんてリアルな夢かしら。

 そんな風に思っていると、ふわりと暖かい腕に包まれた。狐の不揃いな毛が、首にふれてくすぐったい。お母様の蛙を参考にしなくて良かった。


「……来年も毛がある動物にするわ、うん」


 それから狐が何か言っていた気もするけれど、夢だというのに瞼が重くてしかたがない。相当疲れているのかも。

 ああ、もう少しでまた違う夢に入る。

 次に見る夢の『彼』ならば、きっとまた私を見守りながら、穏やかな笑顔をくれるに違いない。


 気づけば、望んでいた彼の後ろ姿が見えた。

 いつものキャップにツナギ姿ではなくて、久しぶりに見る黒い背広姿。彼が座っていたのは、白い花が飾られた祭壇の前。

 じっと正座をして俯いている彼に、どうしたのと声をかけるのに、反応がない。

 すると彼が肩を震わせて泣いているのが分かった。


 ──側に、いてくれるだけで良かったんだ。僕は君を信じて、きみは誰よりも僕の味方でいてくれさえすれば


「まさ、か……これ私の?」


 祭壇には、ガラスが反射してよく見えないけれど、若い女性の写真。

 私に気づいていないのか、彼はただ下を向いたまま、声だけがはっきりと聞こえた。


 ──なのにまたきみは僕を裏切り、独りにするの


「……いやぁあああ!」


 自分の叫び声と激しい動悸で目が覚めた。

 初めて聞く、彼の低く怒りのこもった声に、私は夢とはいえ狼狽する。

 彼の夢はいつも優しい記憶ばかり。それが事実だったのかは、今の私には証明することはできないけれど、温かくなる胸のうちを疑うことはなかった。

 裏切り……

 喪服を着る彼を、私が見ていたはずはない。まるでカールに惹かれた自分を責めるかのような『彼』は、私の心にある罪悪感そのもの。

 大きく息を吐き、寝台から出て水差しに手を伸ばす。カラカラになった咽を潤すと、ようやく落ち着きを取り戻した。

 今日のリヨンの収穫を、予定通り行うかこれから決めなくてはならない。着替えようと移動したところで、ふと窓辺に目がいく。


「……カールの夢まで見るなんて、自分で思っていたよりもショックだったのかも」


 窓枠に触れると、キイと音をたてて開く。確か鍵をかけておいたはずなのに……

 よく見ると、フエルトに縫い付けたのと同じ色の毛が、窓辺に落ちていた。


「……まさか」


 私は大急ぎで着替えを済ませて、屋敷を出ることにした。

 執事がそんな私の動向に気づき、慌てて止めに来たのだけれど、行き先を告げると自ら御者を買って出てくれた。


 幼い頃から、おかしな言動を繰り返す私に、両親は当時ひどく心配をしていた。幼い子供の知能では、大人の複雑な感情を処理しきれず、情緒不安定になるのは仕方ないと、今では思う。

 『彼』への懺悔、将来あったはずの家庭への未練、やりたかった事。何もかもが違う今の環境へひとつひとつ適応させるために、私はイクセル様の力を借りた。彼がいてくれなかったなら、今ごろ私はどうなっていたろう。


「どうした、こんな朝早くに……」


 珍しく長く滞在していたイクセル様は、ここのところ温室で寝泊まりしている。雪が降り始める前に薬を作り終えて、もう少し山手の村に診療に向かうつもりらしく、それこそ寝る間も惜しんで作業をしている。

 朝食前の早朝に訪ねてきた私を見たイクセル様は、すぐに何かを察したようだった。

 執事はまた迎えに来るとだけ言い残し、屋敷へ帰っていった。


「少しやりかけの物を片付けてくるから。そのあいだに冷やしているといい」


 部屋には、小さく袋詰めされた薬がずらっと並ぶ。今年最後の調剤作業をしている部屋の片隅で、渡された布を目にあてていると、ヨアキムがあくびをかきながら、やって来た。


「わ! びっくりした、ライラ様?」


 あなたも居たのね、また本を読みふけってそのまま寝てしまったのかしら。そう思っていると。

 一拍おいてヨアキムはまた、驚いた様子。


「わ、なにその顔、びっくりした!」

「……そんなに腫れているかしら」

「うん、酷くはないけれど、ライラ様のそんな顔初めて見たから」


 ここに来るまでも、使用人や執事にも冷やすようハンカチを差し出されてきた。鏡を見たけれど、思ったよりひどくないのに、みんな過保護だと改めて感じる。


「ヨアキム、こんな時期から何日も泊まりこむと、お母さんが心配してしまうわよ。イクセル様が旅立たれるまで、泊まり込みは禁止よ」

「ええー……」


 雪が積もる間は、温度管理のために交代で泊まり込む必要がある。温泉を使っても、雪が降ってきてしまえば燃料を使わねば、温度を適温に保つことができないから。


「待たせたね、ライラ。今日はこの後、リヨン畑には行くのだろう?」

「それがお父様から、今日の作業はヴァーイに任せなさいと言われてしまって……ロリたちにも申し訳ないわ。昨日の今日だもの、精神的に参っている人は休ませて、少人数で短時間だけにしてもらうことになったの」

「そうか……昨日のことも含めて、詳しく聞かせてもらおうか」

「はい、実は……」


 戻って来たイクセル様に、私は昨日までの洗いざらいを話して聞かせる。たまたま居合わせたヨアキムにも、そこに居てもった。

 元々、花嫁候補にあがっていることを知っている二人。みだりに人に話して回るような人間ではない。

 二人の反応は、対照的だった。

 ヨアキムはなにそれと怒り出し、イクセル様は難しい顔をしていたけれど、しばらくの沈黙ののち、口を開く。


「花嫁候補をふるいにかけると最初に聞いたときは、ずいぶん、王家も酷なことをすると思っていたが、そういうことだったのだな」

「酷なこと?」

「ライラは断る方向でしか考えていないから意識してなかったろうが、なぜわざわざ通達する必要があるのかと。最終的に一人に決まってからの方がいいに決まっているからな、もめ事が起きるのは火を見るよりも明らかだ」


 それは……言われてみればそうとしか思えない。

 公表さえされなければ、私が「候補を降りろ」なんて見当はずれな恨みを買う必要なんてなかった。当事者である自分が深く考えもしなかったことに、改めて呆れてしまう。


「まあ、仕方がないさ。ライラはそういった負の感情に疎い。穏やかな村に、互いに信頼しあう優しい両親。妬みや嫉みに晒された経験がないからな」

「だったら尚更、良かったじゃないですか。花嫁候補の話は嘘だったんでしょう? 公表してしまったにしても、目的を達したら落ち着くとこに落ち着くでしょう、良かったですね」

「ヨアキム、そんな単純に考えて収められるなら、ライラは相談に来ない。そうだろう?」


 私は、はいともいいえとも答えづらい。


「どうしたらいいのか、分からなくなってしまいました。ただ話を聞いてもらいたくて」


 イクセル様は、私をじっと見つめる。


「めったに弱音を吐かないライラが目を腫らすほどに、偽りが辛く感じたか」


 イクセル様の問いに、私は頷く。


「それだけじゃありません。罪悪感から、酷い夢も見ました」

「夢……どんな?」

「『彼』に、また裏切り独りにするのかと……私の遺影の前で言わせてしまったのです」


 イクセル様は黙って私のそばに来て、背中を撫でてくれる。私の気持ちが『彼』から『カール』へと傾いてしまっていることを、イクセル様には手に取るように分かるのだろう。

 私の中の「記憶」と、ともに寄り添ってきてくれたのはイクセル様だから。


「あーもう、元凶はカール(あいつ)じゃないか、ムカつくな」


 ヨアキムが頭をくしゃっと掻きむしるのを見て、私も「そうね」と付け加える。けれど、私はどこかで彼を許してしまっている。


「なんだよあいつ、ライラ様のことが好きなんだとばっかり……案外いいやつだって思ってたのに」

「ヨアキムから恋愛的(そんな)発言が出るとは思わなかったわ、意外ね」

「なに言ってるんですか、心配してるのに。このままでいいって思っているんですかライラ様?」

「このままでって聞かれても、お父様は今回のことでもう私を関わらせないっておっしゃっていたわ」


 だから私だってどうしたらいいのか分からないのに。

 するとイクセル様が言った。


「もし捕まった賊から、彼らが追う人物を捕まえて一件落着となったとしても、ライラはこのままではいけない。ライラは領主を継ぎたいと、考えているのだろう?」

「もちろんです、いずれお父様の跡を継いでいくつもりです」

「なら、このままじゃ無理だ。跡を継ぐというのは、父親である男爵からすべての責任を引き継ぐということだから」

「……駄目、ですか」


 イクセル様はむやみに誰かををジャッジするような人ではない。あらゆる可能性を考えて、慎重に言葉を選ぶ。そんな彼が言うのだから、私は真摯に受け止めなくてはならないのだろう。

 けれどヨアキムは、子供のように頬を膨らませる。


「ライラ様は領地のために、よくやってくださってるじゃないですか、イクセル様」

「もちろん、ここで農地の改良と経営の健全化を図ることができたのは、ひとえにライラのアイデアがあってこそだろう。だが貴族というのは、それだけではない。男爵がライラに領内を任せられても、いまだ都に出向かねばならない必要があるということ」


 イクセル様の言うことは、もっともだと思う。いつまでも引きこもっているのなら、男爵位を他人に譲り、私は他家に嫁ぐべきなのだ。

 最初は引きこもっていても何も言われなかった。でもそれは、貧乏で負債を抱えた男爵家を立て直すことが、優先事項だったからで……。

 

「ライラ、僕も都に出て自分を知った。幼い頃から天才ともてはやされて色々とやんちゃばかりして、あっさり師匠に勘当されてしまった。しかたなしに山間部など各地を流れて、すっかり放浪癖が染みついた頃、ここで拾われて仕事をして……けれども今なら分かる。責任ある立場だからこそ、町で人と関わることはとても大事なんだ」


 イクセル様の助言は、胸に痛く突き刺さる。

 民の為ときれいごとを言っていても、嫌なことを後回しにしてきた。お父様が得意なことはお父様がいてくれる間は任せればいいと甘く考えて。


「ライラは一度、自分を取り巻いてるものを外からも知った方がいい。自分とは違う人、違う意見、価値観。それらを知った上で、ライラが譲れないと感じた部分は、しっかり守っていけばいい。都に行って、言いたい事を伝えてごらん。僕はきみが何を選んでも、絶対に味方でいるから」

「……イクセル様は、相変わらず厳しいわ」


 守られているのは、よく分かっている。

 お父様に、イクセル様に、シュテファンに、そして私が守るべきヴァーイたちにも。


「考えさせてください……」


 この時はまだ、そう答えるのが精一杯だった。

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