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18.馬追い

 そもそもお祭りというのは、はめを外すためにあるのだということを、私は実感をもって教えられることになった。

 カールが村長のヴァーイに挨拶をすると、祭りでいつも以上に機嫌がいい村の男性たちに、また来たのか貴族の坊っちゃんにしては骨があるなと誉められ、意気投合。ちゃっかり馬追い参加者として名を連ねていたカールとケビ。

 村人たちとは風貌が違う二人組を見つけたフリクセル村の参加者たちが、あれはいったい誰だと話題にしていたそう。

 いつにない飛び入り参加があることで盛り上がったのか、成人の部が始まる時間が近づいているのに参加者たちは賑やかだった。

 だけど和気あいあいと思われていた声が急に収まる。

 どうかしたのかと、私は花娘用の見物台から、出場者の待機所を見渡す。すると人だかりの中に、小競り合いが起きていた。


「……どうしたのかしら?」

「喧嘩かしら、いやね」


 競い合いである以上、多少のいざこざは珍しいことではない。だけど出番の前に騒ぎを起こせば、問答無用でヴァーイに資格を剥奪されることになっているので、本当の喧嘩にまではならない……いつもならば。

 どうやら騒ぎを聞きつけ、ヴァーイが人混みをかきわけて、仲裁に行くようだ。

 野次馬のように密集していた人が散り、当事者が見えた。


「まさか、アレクとカールなの?」


 私は慌てて身を乗り出す。

 アレクを止めないと。カールは気安い雰囲気で人に接するけれど、本来ならばカールは直接話せるような立場の人間ではない。男爵領で許されていることが、本来ならば通用しないことだってある。


「アレク、やめて!」


 私の声に気づいたのか、アレクが私の方を仰ぎ見た。

 すると眉間に皺をよせていた顔を柔らかくして、大丈夫だからと言っているみたいだけど……ぜんぜん大丈夫じゃないってば。


「いったい何をもめているの、彼は男爵家にとって大事なお客様なの、失礼なことをしないで」

「分かってる、心配しないでライラ。馬追いは馬に騎乗することに慣れた貴族でも、通用するとは限らない。また別の技術がいるんだ。だから気を付けるよう忠告しただけだから」

「アレク……」


 分かってない! 忠告しただけで騒ぎになるってどういうことなのと、本心ではそのあたりを問い詰めたい。

 けれども相手にしている当のカールはというと、アレクのことなど気にした風でもなく、私に向かって手を振っていた。

 それがアレクには気に入らないのか、再び彼を睨みつけて、ヴァーイに止められる。

 とにかく馬追いが始まるからと、アレクを引き離してくれたヴァーイ。さすがに空気を読んだ同じフレクセル村の仲間たちが、アレクを引っ張り連れていってくれた。

 私はどっと疲れて、手すりにもたれてため息をついていると、そこにカールがケビを伴って、私が立つ側までやってくる。

 到着したときの煌びやかな衣装はさすがに着替えたのか、ケビと同じように質素なシャツにベスト。それからもちろん丸腰。

 そんな彼に、上段からではあるけれど、頭を下げて謝罪する。


「ごめんなさい、(アレク)は決して悪い人じゃないの。お祭りで気が大きくなってるのかもしれないし、それにお父様がどうやら少し誤解させてしまったみたいで……」

「誤解って、どういう?」


 うっ、と言葉に詰まる。まさか周囲に聞こえるところで、話せるようなことではない。彼も『告白』とは言ったけれど、直接に何かを言われたわけじゃないし……

 

「いくつかあるけど……彼の名誉のために、私からは教えられないわ」

「まあいい、だいたいの予想はつくけど」


 カールの言葉に、ケビが苦笑いを浮かべている。もしかしたら、アレク自ら何か口走ったのかもしれない。


「でもカール、アレクの言っていたことにも一理あります。本当に野生の馬は危険なんです、どうか二人とも気をつけて」

「心配はいらない。馬の扱いには慣れているし、それに怪我をしないのが俺の仕事だから」


 カールの言う意味が掴めずにいると。


「護衛官は盾にもなるが、怪我をしたら守れるモノも守れない」


 そうだった。

 彼は何かあれば王子の影武者を務めるのが、カールの仕事。ならば、守るべきものとは王子殿下のこと。そういう意味だと気づく。

 でも私にとっては、(カール)が誰かの代わりなんてこと考えられなくて……


「それでも、言わせてください……気をつけて。カール、ケビ、あなた方が怪我をしたら、私はとても悲しいのですから」

「ああ、承知した」


 微笑むその表情に、私の気持ちが伝わったのだと安心する。

 だけど余計なことを言わずにおれないのは、彼の素からの性格なのか。


「無傷で、実力の差を見せつけて、アレクというあの男からライラの祝福を奪う」

「…………勝手に喧嘩を買わないでください」


 ぐったり項垂れて、もう一つの誤解だけは訂正しておくことにした。 


「アレク同様、あなたも恥ずかしい誤解をしていますわよ」

「俺が?」


 カール、とケビが呼び止める。どうやら馬追いの順番を決めるクジが始まるらしい。

 だから私は手短に伝える。


「誰が優勝しても、私から祝福のキスを与えることはありません。そういう約束なのです」

「本当か?」

「ええ、ざんね……」


 残念でしたわね。そう続けようとしたのに言葉が出なかった。

 なぜなら、カールが私を見上げながら、極上の笑みを浮かべたから。

 それがどういう意味なのかと考えている間に、カールはケビに「今行く」と答えて、私をもう一度振り返る。


「よかった、キスは貰うよりも与えるほうが好きなんだ」


 言葉の意味を考える余裕なんてなくて、そのまま歩き去るカールの後ろ姿を、呆然と見送る。 


「うわあ、ありえないくらいキザ。でも美形が言うとすごい破壊力ですねぇ」


 驚いて振り向けば、そこにいたのは頬を染めたロリと呆れ顔のイクセル様、それからヨアキムの三人だった。


「聞いてたのねロリ、それにいらして下さったんですねイクセル様。あと……ヨアキムも、珍しいわね祭りに出てくるなんて」

「イクセル様に強引に連れて来させられたんですよ、そう煽ったのライラ様じゃないですか」

「そ、そうだったわね。イクセル様、ワインや食事は?」

「今来たところだよ、後でもらって帰るよ。それよりライラ、花娘の衣裳と花飾りがとても似合っていて綺麗だね」

「ありがとうございます、飾ってくれたロリの腕がいいのよ」


 それからヘッグの奥さんにお願いして、花娘席の側に彼らが見物する場所を用意してもらった。

 どうやら馬追いに参加するのは十組。馬は十頭も用意できないので、ハンデの時間が設けられている。馬が疲れる後半の組を考慮して、前半組には初めから十分程度の時間が余分につけられてしまう。

 この成人部での馬追い競技では、二人一組で馬を追い詰め、大人しくさせて騎乗する。でもそれで終わりではなく、さらに騎乗したまま馬場を一周しなくてはならない。

 当然、失敗をして途中棄権ということもありえるわけで。今も最初の組が焦って乗馬に失敗し、ヴァーイたち仲介者が暴れる馬を抑えに入り、棄権となっていた。

 しかし観客からは、惜しみない拍手が贈られる。

 私たち花娘も、立ち上がって検討を称えた。それくらい馬追いは危険で、勇気が必要なものだから。


「今年の馬はずいぶん気が荒いのね、後に続く人たちも心配よ」


 私の呟きに、ヘッグ夫人が頷いている。


「うちの人もそう言っておりました。かなりのじゃじゃ馬だから、疲れてくる後半のほうが大変そうとまで」

「何頭が、出る予定になっていたかしら?」

「三頭です、特に今の葦毛の子は難しそうです」


 順番も馬も、全部直前のクジで決まる。

 何事もなければいいけれどと、祈るような気持ちで見守っていると、二組目は何とか成功して記録を残す。だけど例年の優勝者には遠く及ばない、難しいスタートとなった。けれど次に姿を現したアレクたちに、観衆は今まで以上に拍手を送る。隣村からの有志が、きっと素晴らしい馬追いを見せてくれるだろうと、期待が高まってのこと。

 拍手を受けて手を振る二人組。ますます歓声が沸く中で、アレクはリラックスした様子で、馬を追い詰め始める。もう一人の青年とタイミングを合わせて、軽々と首に縄をかけたかと思えば、アレクが柵を伝って上手に馬に乗った。そして幾度か振り落とされそうになりながらも、無事に馬場を一周し終えて成功させて見せたのだった。


「アレクさんってこんなに馬が扱えたのね、意外だったわ」


 ロリが感心したように、拍手を送る。

 私も正直、驚いてしまっていた。元々幼いころから活発な少年だった印象はあったけれど、数年合わないうちに立派な青年になったものだ。

 笑顔のアレクがこちらに手を振っている。それに応えて、花娘たちと並び拍手をもって成功を称える。


「いきなり優勝候補になったようだね。去年の優勝記録よりも良いみたいだよ」


 ヨアキムの言う通り、貼り出された記録は素晴らしいものだった。

 その後も二組を無事に終え、休憩を挟み後半となる。準備に手間取っていたのか、日が傾き始めるころに残りの馬追い競技が始まった。

 まだ充分に明るかったけれど、念のためということで馬場の周囲四か所では明りが灯される。

 続けて二組が落馬で失格となり、三組目が良い成績を収めたものの、アレクの組にはまだ及ばなかった。いよいよ残り二組、ということはミルド村の挑戦者は一組だけとなる。

 用意が整ったところに出てきたのは、カールたちではなく、ミルド村の若者だった。すると会場は大盛り上がり。アレクたちフリクセル村を負かしてくれと言わんばかりに、声援が高まる。


「がんばれ~!」


 ロリも興奮気味に応援している。馬場で走る青年が、たまに見かける顔だと思えば、村の学校で一緒だったロリの友人らしい。どうやら勝てば仲間たちからおごってもらう約束をとりつけているらしく、意気込みは相当だったようで、それが仇となる。


「ああ~、そこ、ああああっ惜しい!」

「ちょっと、ロリ、いたたた」


 大声で声援を送っていたロリだったけれど、ヨアキムが巻き込まれていた。

 結局、応援のせいで力が入りすぎたみたらしく、ゴール目前で落馬しそうになり、かなり時間を使ってしまった。村人たちからは大きなため息ももれたものの、初めての挑戦で失格を免れたのだから大したもの。私たち花娘が立ち上がり拍手をすると、若い挑戦者たちへの惜しみない拍手が上がった。

 そうしてついに最終組へ。

 夕日が差す馬場に、カールとケビの二人が入場する。

 なんと不運なことに、ヴァーイたちが用意して連れてきたのは、例の気が荒い葦毛の子。

 馬は頭のいい動物だから、再び不快な思いをさせられると悟り、あからさまに警戒しているようだった。足を蹴り上げ、鼻を鳴らして威嚇している。いまだ疲れを見せている様子はなく、抑えるヴァーイたちが緊張した面持ちをしているのが、離れた席からでも見てとれる。

 勝たなくてもいいから、無事に終わって。

 そんな祈る気持ちだったけれど、始まってみれば杞憂でしかなかった。

 カールとケビは、砂が敷かれた馬場の中でも足を取られることなく、素早く馬に近づくと、二人揃って縄をかけ、暴れる馬を慌てて諫めることなく、近寄る。そしてケビが抑えつつ、カール自身もかけた縄を引きながら、背に乗る。

 その早業に、周囲からため息が漏れる程だった。

 ケビが縄で抑えながらも、葦毛の首を叩き落ち着かせようとする。

 二人がかりで馬場を回らせて、私たちが見ていた中央の観覧席の前までくると、あともう少し。

 その手早さに優勝の言葉がよぎった瞬間、私は視界に白いものがふわりと舞ったような気がした。すると次の瞬間。


「危ない!」


 突然馬がいななき、前足を高く上げてカールを振り落とそうとした。

 頭を大きく振り、縄を引いていたケビを振りほどく。そして馬場を囲む柵に、その巨体を打ち付けたのだった。


「カール!」


 カールを振り落とし、馬は柵を乗り上げるようにして、私たちの座る足場をぐらぐらと揺らした。


「きゃあ!」

「ライラ様、掴まってください」


 皆が動揺して悲鳴を上げるなか、私の後ろの客席から冷静な声がかかる。

 振り向く余裕すらなく、私は差し出された手にしがみついた。椅子から転げ落ちる人も多いなかで、事なきをえたのは声をかけてくれた男性のおかげ。


「ありがとう、助かりました」


 揺れが収まり、村人たちが安全を求めて客席を降りるなか、その手の主を見れば見知らぬ顔。どう考えても村人ではない。


「いえ、何者かが悪戯をしたようです、他の者が追っているはずですので、ライラ様はこのまま」

「……悪戯?」

「はい、馬に光を当てたように見えました」

「そういえば、白いものが……!」


 まさかと、声を失う。

 馬を刺激すれば、落馬する危険があるのは誰にでも分かっていること。しかも今は野生の馬を使った、危険な馬追いのさなか。軽い気持ちでやっていい事ではない。


「ところで、あなたは……?」

「私は、()()の同僚です」 


 もしかして昨夜見かけたうちの一人かしら……? こうした突発的事態への素早い対応に、どこか納得してしまう。


「助かりました、後でお礼を」

「いえお気になさらず。一宿一飯のお礼です、ああ美味いワインも」


 そう言って男性は席を立ち、人混みに紛れて行ってしまった。

 一方、馬場では振り落とされたカールは、どうやら大きな怪我はないようだった。すぐにケビとともにヴァーイに手を貸して、暴れた馬を厩舎へと追い立てている。

 大きく揺れた観覧席の足組みも持ちこたえたようで、どこも崩れることはなかった。落ち着きを取り戻して確認すれば、怪我人は出ずに済んだことが分かった。


 馬追い競技は、中途半端な結果となったカール・ケビ組を最後に、終わりを迎えた。

 結局カールは落馬のため失格となり、優勝はアレクの組となった。

 すぐに表彰が始まり、まず私から花束が渡され、残りの二人の花娘たちが祝福を与えるために、彼らの前に立つ。

 若い娘さんたちが、馬追いで優勝した精悍な青年たちに、頬とはいえキスを与えるのだから、照れないわけはない。

 そんな初々しい娘たちから、両方の頬に唇を受け、二人とも満更ではない様子。

 そしてヴァーイが二人を称える言葉をもって、今年の収穫祭メインイベント、馬追いの終了を告げる。

 たくさんの拍手と、青年たちを称える声。

 その中で叫ぶアレクの声。


「ちょっと待ってくれ、ライラは? ライラの祝福はなんでもらえないんだ?!」


 その疑問に答えてあげたかったのだけれど、優勝者を称える村人たちにもみくちゃにされていくアレクは、既に視界から遠くて。

 ごめんねアレク。後で説明するからと心の中で謝っておいた。

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