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15.手紙

「そこにおなおりなさーい、このお馬鹿ども!」


 村長ならびに村の若い衆を並ばせて、声を張り上げて怒るのは、帰って来た男性陣の暴走を聞かされたロリ。

 アレクは既に村長の家に寄らずに、届け物の書類を抱えて隣村に帰還してしまった。

 冗談だったのだと訂正する機会を既に失しており、ロリの怒りは更にヒートアップ。それを後押しするのは、村長宅に集まって仮面作りに精を出していた女たち。


「何が許せないって、お忙しいライラ様を無理やり巻き込んだことよ!」


 そうよそうよと、女性たちが声を揃えた。


「それに関してはまあ、正直やりすぎたかもしれないが……」

「本当に、そう思ってる父さん? どうしてこう、祭り前になるとはっちゃけちゃうかなあ!」

「いやあ……つい浮かれて」


 女たちに弱いミルド村の男性たち。口ではしおらしいことを言うものの、あまり悪びれた顔ではなく、叱られ慣れている様子。大きな体を一応縮こませて、仲良く並んで正座している男性陣は、なんだか可哀想というより、微笑ましい。

 ミルド村はさほど大きくはないけれど、領主の館があるせいか市場があったりとまだ開けている方。だけど地理的な影響で気候の厳しさは、領内でも一、二を争う。だから男女格差なく力を合わせて働かねばならない。

 そういった理由もあり、他所からの嫁がなかなか居つかなかったせいか、常に女性は大事にされている。丈夫さも求められるから、多少のお小言を言うくらいの気丈さは、かえって好まれるほど。

 こんな風に男たちがやり込められる風景は、幼い頃から何度も見ている。

 土地柄だからこそ、私が荘園で直接手を入れたり温室で農作業することを、受け入れてもらえたのかもしれない。


「でもさ、ライラ様の花娘、見たいと思うだろう?」


 ヴァーイの言葉に、ロリが唸る。


「それはそうだけど!」

「え、ちょっとロリ?」


 まさかのロリの言葉に驚いていると、私の周囲で様子をうかがっていた女性陣からも、同意する声がちらほら。

 すると里帰りしていたロリの姉エヴァが、女性陣を手招きして一箇所に集まらせて、何やら相談を始めた。

 ヴァーイの長女でもあるエヴァは遠くの町に嫁いだのだけれど、祭りに合わせて旦那様を連れてただいま里帰り中。元々利発で仕切るのが上手いエヴァは、亡くなったヴァーイの奥さんの代わりとして村では慕われていた。


「……それでいいわね、みんな?」


 何を相談しているのだろうと、私もしばらく男性陣とともに見守っていると、どうやら会議は簡単に終わったらしい。ずらりとこちらを見て並ぶ女たちが、にっこりとほほ笑む。

 そして代表としてロリが告げたのは、勝手に様々なことを決めてきた村長への妥協案だった。


「ライラ様ご自身がいいとおっしゃられるなら、私たちもライラ様が花娘になることには賛成です。ただし、人数を増やしてくださいね、いま決まってる花娘を減らすことなく、ライラ様を含めて三人にするって」

「よし乗った!」


 即答する村長のヴァーイ。

 そして皆の注目は自然と私に向くわけで……


「ちょっと、状況がよくわからないのだけれど、花娘はみんなの憧れでしょう、毎年話し合いで決めているのに、こんな寸前になって私なんかが飛び入りできないわ」

「そんなことないです、ライラ様が嫌じゃなければ、ぜひ」

「……嫌なんかじゃないわ、でも」


 若い娘さんたちがなる花娘は、誰でもがなれるわけではない。気立てがよくて働き者という条件つき。

 みんなに賛成してもらって候補に決まれば、ずいぶん前から衣裳などの準備をして、ようやく祭りの華として送り出される。最初から私の名前があがったのならいざ知らず、こんなノリで決めていいものではない。

 それに花娘の役どころはとても重要。迎えた神様をおもてなしする役でもあり、馬追いの勝者への祝福役でもある。お父様から許されている参加条件は、祭りの最後に行われるダンスだけ。様々な理由で、私の一存では決められない。そう伝えると。


「なら男爵様にご相談の手紙を書こう。今回たきつけた責任もあるし、いきさつも含めて」

「ヴァーイ、お父様に勝手をしたと叱られるかもしれないわよ?」

「お嬢さんの花娘姿を見れるなら、安いものだって。俺にとっちゃ三度目の名誉も同じ」


 私はその言葉に、嬉しさがこみ上げる。

 花娘はその名の通り祭りの華。村を象徴する薄紫の花を身につけさせれるのは、娘を持つ親にとっては誉れでもある。エヴァも経験していて、その時にはヴァーイは始終目尻が下がりっぱなしで、本当に嬉しそうだったし、去年のロリの時だって……


「支度は去年の私のがあるから、大丈夫。背もそう変わらないから」


 そう言ったロリに賛同するように、周囲の女性たちも頷いてくれた。言葉にならない嬉しさを代弁するかのように、目からは涙があふれそうになった。

 でもここは笑うところだと思い直し、私は精一杯の笑顔で「ありがとうみんな」と伝えた。



 そんな突然の変更があったのは、祭りの三日前だった。

 ヴァーイは私の意向も含めて、改めてお父様へお願いする手紙を送ってくれた。返事はすぐには帰ってこないだろうし、下手したら祭り当日になってしまうこともあるだろう。だけど支度だけはと、ロリが張り切って衣裳のサイズ合わせを進めてくれている。

 私はというと、花娘の役割を腰掛けでこなすことはしたくないと、他の二人とともに入念な打ち合わせに参加していた。もちろん、作りかけだった仮面にもあれから必死で手を加えて、完成させることができた。

 狐のお面の方の出来栄えについては、ロリからは及第点をもらえなかった。だけど使う予定もないし、仕上げだけしてお屋敷に置いてある。

 本当は恥ずかしいからしまっておくつもりだったけれど、屋敷で留守番をしている執事のシュテファンが、お祭りの雰囲気を楽しみたいからと応接間に飾ってしまった。彼が今年の祭りを楽しめないのは本当だから、私も強くダメとも言えず……まあいいかと許している。

 今も彼は、私の作ったお面に足を止めて、にこにこしている。


「シュテファン~?」

「つい、嬉しくなりまして」


 そんなことを言いながら彼が渡してくれたのは、いくつかの手紙。

 そのほとんどが、男爵家当主であるお父様宛て。送り主の名前を確認しながら、急ぎの相手からであれば開いておいて欲しいと頼まれている。けれどどれも貴族としても商売相手としても、疎遠な相手からばかりのようだった。

 だけどその中の一通は、私の名が書かれてある。

 封筒を裏返せば、送り主の名はカール。


「マメで礼儀に厚い方ですね、たしか数日前にも旦那様と奥様宛てに届いておりましたよ」


 カールの名を目ざとく見つけると、執事が教えてくれた。きっと本の間に挟まっていた封筒が、それだろう。


「それって先月のお礼ってこと?」

「ええ、そのように伺っております」

「お父さま、お返事は出されたのかしら」

「いえ、すぐに都に行くことになっておりましたので、直接お会いするか、無理なようでしたら都に着いてからお返事を出すとおっしゃっておりました」

「……そう」


 執事が引き出しからペーパーナイフを取り出し、私に差し出してくれたけれど、私はそれを断り部屋でで一人で読むことにした。

 だけどその封筒を手に戻ろうとしたとき、使用人から隣村からの使者が来たと告げる。

 私と執事が急いで階下に向かえば、思っていた通りフリクセル村からお父様が遣わした者だった。


「祭りの準備に忙しい時でしょうに、ご苦労様でした」


 お父様からの手紙を受け取り、使者を休ませるように執事に頼む。

 きっと祭りで花娘を引き受けてしまったことについてだろうと、その場で封を開けて読むと、やはり予想通りだった。


「旦那様は何と?」


 使者に軽食を振る舞うよう手はずをつけてきた執事が、私が読み終えるのを確認して聞いてくる。


「大丈夫、花娘になることはさして心配してらっしゃらないわ。でも……」

「他に心配なさっていることが?」

「もちろん祭りで交流を持つことはいい事だから、若い人がミルド村(こちら)に参加したり、単独なら賛成できるって。ただ……それがアレクなのと、私の花娘が重なるのが少し心配みたい」

「……なるほど、それは私も少々懸念しております」

「シュテファンまで? アレクがどうして駄目なの」

「旦那様はどうしろとおっしゃっていますか」


 質問で返されて、ますます疑問が深まるけれど、お父様からの手紙に目を落とす。


「馬追い勝者への祝福は、本来の花娘の二人に任せるようにって」


 それは当然のことだと思う。花娘は勝者に祝福をして、その後のダンスの最初の相手をする。馬追いに参加するには二人一組。花娘が三人では、一人余るから私もそれについては、同じことを考えていたもの。


「アレクさんが勝者になったら、きっとライラお嬢様からの祝福を欲しがるでしょう。だから旦那様は乗り気ではないのだと思いますし、私めも同じ意見です」

「そこは話せば分かってもらえると思うわ、村の人たちのためのお祭りだもの」

「そうですね、勘違いは不幸の元ですから」


 執事の言う勘違いとは、どういうことだろうと少し考えていると。


「よくある祭りの花娘と勝者の関係のように、ライラ様と恋仲になれると希望を持たれたら困る、ということです」


 執事の言葉に驚き、そして笑った。


「ないわよ、そんなことは。だってお父様と叔母様から聞かされているのよ、アレクは男爵家の婿候補には入れないって」

「分かっていても、感情はその通りにはならないものです。恐らく、旦那様がわざわざそう忠告されるのでしたら、(アレク)にそういった空気を感じたのでしょう」


 まさか、ともう一度否定しようとして、私は言葉を飲み込む。

 恋してはいけない相手に、心惹かれない保証はない。

 それは身をもって経験したばかり。

 ならば出来るかぎり、そうならないよう動くしかない。


「……シュテファンの言いたいことは分かったわ。アレクが勝利してもしなくても、私は見てるだけにする」


 執事は私の言葉に、深く頷いた。


「彼が必要とされるのは、この屋敷や堅苦しい貴族の中ではなくフリクセル村の中でしょう。向上心は決して悪くはありませんが……こればかりは仕方のないことです」


 そう、私が都での生活が向かないのと同じように、アレクをここに迎えることは不可能なのだと私も思う。彼にはきっと、もっとおしとやかで従順な女性が似合うだろうし、何よりも心から思い合う人と結ばれて欲しい。

 私は手にしていたもう一つの手紙……カールからのものをポケットに入れた。


「私、少し温室に行ってくるわ」

「では馬車を用意させましょう」

「お願い」 

 

 温室には、 ヨアキムとイクセル様がいる。

 一人で読もうと思った手紙だけど、せめて誰かそばにいてほしくなってしまった。ヨアキムは私と同じで役に立たないだろうけれど、イクセル様がいてくれる今なら、どういったことでもきっと相談に乗ってもらえる。

 そうして祭りに関係なく過ごす二人のもとへ、私は急いだ。

 温室に着くと、ヨアキムは洞窟の奥にこもりっぱなしで、イクセル様はちょうど乾燥を終えた薬草を煎じているところだった。

 まだ邪魔するわけにもいかず、とにかくイクセル様の見える位置に椅子を置き、思い切って手紙の封を切る。 


 『親愛なるライラ』

 そんな見出しから始まる手紙だった。

 次節の挨拶、葡萄踏みが楽しかったこと、それから男爵領で食べたソーセージの味が忘れられないことに加えて、気安い村人たちに変わりはないかとの心遣いまで。

 なんとも彼らしい、細やかな気配りが、さりげない文章の端々に感じられる手紙だった。

 読み進めていくと、お父様から祭りの日程を聞いたこと、ぜひまた村を訪れたいと思っていると書かれている。ほんの少しだけ話した祭りのことを覚えていてくれたのは嬉しいけれど、私は釈然としない思いが募る。

 なぜなら、あれほど説明したというのに、花嫁候補から外れていないのかその弁明が、ただの一行も書かれていない。

 舐めるように読み返しても、村での楽しかったことばかり。

 読み直しも三回目にもなると、文章の一行一句にまで、彼の軽薄な笑顔が目に浮かぶようになり、思わず立ち上がり手紙を置く。


「もうっ、何考えてるのよ!」


 乱雑に置いたせいか、紙がひらりと舞い落ち、散らばる手紙。

 一緒に落ちた封筒の中から、もう一回り小さなメッセージカードのようなものが、顔をのぞかせていた。今まで気づかなかったそれを手に取る。


『きみともう一度ダンスを踊りたい。必ずそちらに向かう、それまでは誰の手も取らないでいてくれ。カール』


 私はそのメッセージカードを持ったまま、椅子に落ちるように座った。

 ああ、部屋で開ければよかったと後悔する。

 なぜなら、どうしたのかとこちらを伺うイクセル様と目が合ったから。

 きっと今の私の顔は、真っ赤に違いない。

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