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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もし遊園地の呪いなら

作者: スペード味

 廃園になった遊園地、人なんか誰もいない筈なのに……観覧車の近くを通ると声がするらしい。



 小さい声で、「出して……」って。



 裏野ドリームランド。

 たくさんの噂話の数、たくさんの行方不明者。

 森の奥深く、取り壊しにはならず長いこと放置されたここには物好きしかやって来ない。


 そして今日、私たち物好きがやって来た。

 チケットを持たずに朽ちかけの遊園地へ。



「で、はぐれました」



 ものの数分ではぐれました。

 友達の萌香ことモエを見失ってしまいました。

 おいマジか。


 あれ面白そう! ジェットコースターだー! メリーなんとかが光ったよ! などなど。彼女はとんでもない好奇心の塊で、手を離さないよう心掛けていたのに消えました。


 マジでバカッ! なんで私を置いてくんだ!


「ここどこだろ、パンフ置いてれば良かったのに」


 私とモエの二人だけで肝試し。


 誰もモエに付き添って、こんな廃園になった遊園地で肝試しをしようと考える人はいなかった。なのでモエに泣き落とされた私は渋々付いてきたのに。


 なぜ置いてかれたのか。

 いや、わかってた。わかってたさ。こうなるって。


 だから事前にモエと話して、わかりやすいあの観覧車を集合場所にした。だから大丈夫。動かない遊具に飽きて戻って来る筈だ。

 こんな森の奥じゃスマホは圏外で使えないので、こうするしかなかった。


 大丈夫、大丈夫だ。

 それさえ忘れるバカではない、たぶん。


 それにしても、と周囲を見回してテクテク進む。

 レンガ敷きの歩道には草が生い茂り、歩きにくい。

 売店らしき小屋は明かりなんて無くてメニューの文字は掠れていた。旗も色褪せて倒れていた。

 自販機も暗くて汚れが目立つ。ジュース買えるのかな。


 本当に廃園になってるんだなあ。

 曰く付きの遊園地というだけあって、稀にオカルト好きやモエみたいな好奇心に駆られたバカがやって来たりする。

 その内の半分以上は行方不明だと言われていた。


 とても、ヤバい場所なのだ。


 実際に行方不明者が出ているし、逃げ帰った人も様子がおかしいと有名だし、マジモンと理解したマトモな人間はまず来ない。


 まあ……私は来ちゃったけどね。

 モエのバカを放っておけなかった。私が拒否っても一人で行っちゃうだろうから。そりゃ怖いけど、モエを一人で行かせるほうがもっと怖い。


 見上げれば動かない観覧車。

 昼間なのに空が曇天で、薄暗い。


 目的地に来れてちょっと安心。

 これからどう時間を潰そうか。


 試しに階段を登ると、鉄筋の塗装は剥げて所々が錆び付いていた。



「出して……」



 ん? いま声がした?

 私の鼓動が早鐘を打つ。小さな声は確かに聴こえた。

 マズくない?

 モエの声じゃない女性の声だった。

 でも私たち以外に人がいるなんてことは……。

 つまり、あれだ。幽霊的なヤバいやつ。


 逃げよう。私はチャレンジャーなバカじゃない。

 どこから聴こえたのかわからないが、階段を下りようと足を踏み出す。



「お願い……出して……」



 次に聴こえた懇願する声は、よく通ったソプラノだった。ゴンドラの中から物音と共に伝わる。

 背筋が凍るって感覚を実感した。

 しかもどこからか、ぷきゅっ……ぷきゅっ……と謎の音が響いていた。


 ヤバい、ヤバいヤバい!


 慌てて駆け下りる私に、妙な声が耳に届いた。


「ダメぇ……っそれだけは……あ、ぁんッ」


————ん?


 え、その、んん?

 思わず足を止めて振り向いた。ゴンドラが少し揺れている?

 は? なんかアールな指定入りそうな声が漏れてません?


「そ、そんな太くて硬い熱いモノっ……はいら、なぁっ! だしてぇ!」


 あれか、あれは、アレしてるのか?

 ソプラノは嬌声を上げていた。なんか盛り上がってる。

 邪魔しちゃいけないという気持ちより、苛立ちがムクムク顔を上げる。


 私はなぜ、男女の交わりに遠慮してここを立ち去らなきゃならない?


 先ほど味わった恐怖心や焦りを返せ、そして不純物は失せろ。怒りのままゴンドラの扉を開いた。鍵は外付けだからすぐに開いた。

 そこには目に毒な真っ白い全裸の女性がいて——


「ふふ、いらっしゃーい」


 相手の男性なんていなかった。

 全裸の変態女性が一人で椅子に腰掛けているだけ。それもかなり異質な事態なんだけど。

 不埒な情事に一喝しようと意気込んでいた分、大きく肩透かしを食らった。ポカンと困惑していると、全裸女が実に楽しそうに近付いてきた。


「えっと」


「獲物ゲットー」


 グイッと力強く腕を引かれる。呆けていた私はゴンドラに軽く引き込まれてしまった。


 遅れて気付いた。騙されたんだと。


「さあさあ私と愛し合いましょう!」


「なんでだよッ!」


 転がり込んだ私に全裸女がバンザイして襲い掛かって来たので、全力で頭を押さえて抵抗。何が起こってるのこれ。全裸女に押し倒されてる? なんで。


「あなたのように溢れ出る正義感で助けに来た熱血を愛するのが私の使命なのよぉ!」


「知るかっ! 裸のまま寄るな! てか私は女だし!」


 しかも溢れ出る正義感ではなく、溢れ出る嫌悪感で開けてしまっただけなのだが……。


 しばらく素っ裸との攻防が続いた。めちゃくちゃ胸部が揺れてて、目に入れない努力がとてつもない疲労を感じさせた。

 私が頰に平手打ちを見舞うと少し距離を取った女。何事も無かったかのように、長髪を手櫛で撫で付けて椅子に座る。

 それを恨めしく睨み上げていると、どこからかぷきゅっ……ぷきゅっ……と奇妙な音が近付いてることに気付いた。さっきも聴こえた謎の音。


 思わずゴンドラの窓を覗くと、着ぐるみの二足歩行ウサギがこちらへ歩いて来ている。あのウサギの足音かな。音の鳴るサンダルなんてあったけど、それに近い。

 その様子を全裸女も見ていたのか、ああ、と声を漏らした。


「あのウサギには関わらないほうが良いわよ」


「な、なんで? 私にはあんたのほうが関わり合いになりたくないんだけど」


「……時間はあるから追って説明するわ」


 ウサギは私たちの乗るゴンドラの鍵を閉めた。ってオイ。

 次に柱に取り付けられている四角い箱を開いて弄っていた。

 なんだろう? 首を傾げていたらガコンっとゴンドラが揺れる。私たちが動いたからではなく、観覧車が回り出したんだ。

 あのウサギは観覧車を動かしたってことか。

 いや、この状況で動かさないでよ!?

 動いたってことは、しばらく地上に降りられない上にこの痴女と密室二人きり……。全裸女を見ないよう上昇する外を眺めた。な、何分くらいで一周するのかな。


「招かれた招かれざる客……何百人目かしらねー」


 女の呟きは思いの外、近くで聴こえた。驚いて目だけ動かすと、女は隣でゴンドラの外を眺めている。今のところ危害はなさそう。思い切って話すことにした。わからないし。


 とりあえず——


「なんで、全裸?」


「趣味!」


「もっとそれらしい理由が欲しかった!」


 ドヤ顔でサムズアップされたら、頭は痛くなるだろう。


 下は見ないように女性を観察。黒髪が縁取る輪郭は端正。幽霊っぽくはない。

 誰なんだろう。なんでここにいるんだろう。疑問は尽きない。


 対する女性は何から話したものか、と思案していた。悪い人ではないのかな?

 私は着替えを持ってきていたのを思い出して、シャツと短パンとショーツをバッグから取り出した。それ着て、と全裸女に押し付ける。


「なぜ着替えなんて持っているの……?」


「なんていうか、友達が色々破天荒過ぎて無駄に準備しちゃうだけ」


「あなた苦労してるのね」


 全裸女に同情された。

 お言葉に甘えて着るわ、と着用する女性をあまり見ないようにする。女同士なら気にする必要ないでしょうなんて言われても振り向けない。少しは気にしたほうが良いと思う。

 着終わった女は胸部が、その、だいぶ圧迫されていたけど目に優しくなっていた。うん、落ち着く。

 向かい合って座ると女は一息ついた。


「うーん昔話をしましょうか」


 昔話?


 女は遠くを、上昇するゴンドラの外を見つめて、ぽつりぽつり語り始めた。


 女性はある男性と付き合っていた。

 その彼は優しく、正義感が強く、いつでも彼女の近くに居てくれた。

 この観覧車に乗って永遠の愛を誓い合って……。

 でも、そこから女性は覚えていない。記憶がなかった。


 ある日、この観覧車の中で目を覚ました。

 動かないゴンドラの中。たった一人。


 ゴンドラの扉を自分で開くことは出来なかった。内側からだとダメなのかもしれない。

 窓から眺めれば寂れた遊園地の景色。時折見かけるウサギのマスコットは呼び掛けても反応しない。


 じゃあ、彼を呼べば助けに来てくれるかも?

 彼は正義感に溢れる熱い男だった。私が助けを求めれば応えてくれた。なら呼び続ければ……。


 最初にやって来たのは少年。

 大丈夫ですか? と扉が開かれて、本当に助かったと感謝した。嬉しかった。想い人でなくても。

 しかし扉が再び閉じられてゴンドラが動き出した。すぐにあのウサギが動かしたとわかった。


 一周すれば地上に着くわ。

 そうですね、それまで待てば大丈夫。


 交わした言葉。流れる景色。


 地上に着いた頃には、また一人になっていた。


 次に来たのは成人男性。

 扉は外からしか開かなかった。彼が心配して入って来れば即座に閉められた。またゴンドラが上昇する。

 男性から距離を置いて黙り込んでいた。一人にはなりたくなかったから。

 でも彼は一生懸命に心配してくれた。呼び掛けに応えた優しい人が、心配しないわけなかった。


 一周を終えると、また一人になっていた。


 その次は同い年ほどの女性。

 来ないで! そう叫んでも、ウサギが女性を突き飛ばして扉を閉めた。動き出す観覧車。

 怖かった。この場所が、この人が、この自分が。

 でも女性なら大丈夫かもしれない。女性は泣きそうになりながらも話を聞いてくれた。


 景色は搭乗ゲート、また一人になっていた。


 十人、五十人、百人……。

 犠牲者は増えていく。

 私の隣には死体。死体死体死体死体死体。

 ここに立ち入った人が、生きて地上に出ることはなかった。死体だけが隣にいて、その死体はウサギが引きずり出した。どこかへ持ち去った。

 私には目もくれず。私はいつも一人。私も持ち去ってよ。


 回数を重ねるごとに気付いてゆく。

 私が少しでも愛した人は、私が食べてしまうんだと。

 その証拠に死体はどこかが欠損していたり、血が抜かれたように萎れていた。

 食べた記憶は無くて、その人を亡くした喪失感でいっぱいで、罪悪感と嫌悪感でぐちゃぐちゃになって、よくわからなくなっていった。


 呼び続けなければ、ひとりぼっち。

 呼んでしまえば、その人は終わる。


 ああ、でも、それでも良いかもしれない。


「一人は、もうイヤなの。一時でも良い。誰かと交わって終わりたい」


「はあ」


 彼女の話を聴いて、感想はそれだけだった。

 そのことを怪訝に思ったのか女は私を覗き込む。


「それだけ? 私ってあれよ、怪物なのよ? 真っ裸なのも服に血が付かないようにする為よ?」


「あ、真っ当そうな理由あったんだ」


「あとね、男が鼻の下伸ばしてホイホイ来る」


「前言撤回していい?」


 近付いて来るので頭をチョップする。寄るな変態。


「思ったんだけど、愛したら食べちゃうんでしょ?」


「そうそう。でも人肉の味は覚えてないの」


「人肉の味とか聞きたくないし……じゃあ愛さなきゃ良いんじゃないの? てかなんで愛したら食べちゃうってわかるの?」


「愛さない? わか、る……?」


 外の景色は頂点だった。なかなかに綺麗な眺め。森ばっかだけど。でもここからモエは見付からない。どこに居るのかな。私みたいに捕まってないと良いけど。


 バカだから案外、遊園地を混乱の渦に陥れてるかもしれない。

 そんな想像をして思わず吹き出してしまう。わーツボった。


「くっふふ……あはっご、ごめん、あんたのこと、忘れてたわけじゃないから」


「あ、うん」


 目を丸くする女。私は笑いすぎて流れた涙を拭って、彼女に改めて向き直った。これは伝えなきゃ。


「どうでも良いけど、私はあんた嫌いだから」


 女はさらに目を丸くした。

 いや、騙されてゴンドラ入れた挙句、真っ裸の変態に襲われて好きになります?

 それに可哀想な身の上話でなびくほど、私は人間が出来ていない。優しい人間じゃない。そもそも私は人助けの為に来たやつじゃない。


 でもそんな人って私以外居たのかな?

 本当に、この女が愛したから死んだのかな?


「逆なんじゃないの? “愛した”から食べたんじゃなく、“愛された”から食べたって」


「……っ!? そん、なの……わたしが……」


「だって覚えてないんでしょ。じゃあ逆でもありえるじゃん。あんた誰にでも好かれそうな見た目してるし」


「え、見た目なの?」


「あっと私、変態はちょっと……」


「待ってあなたスゴい引いてない?」


 マジで寄るなー女に興味ないし新境地とかナイわー。

 でもなんか彼女のほうは満更でも無さそう。えー。


「でもっ私は、あなたに惹かれてて、マズいかもしれなくて」


「動揺しないでよ。あんた人のこと好きになりやすいんだね」


「それは……一人が多くて寂しかったからだと思うわ」


「そっか。私はあんたを好きにならない。あんたも私を嫌えば、一人にならずに済むんじゃないの?」


「そん、そんなの無理……」


 んーとりあえず飛び膝蹴り。

 ゴンドラ内で避けようもなく腹部を押さえる女。

 わお、やり過ぎたかな。でも嫌いになって貰わなきゃね。

 全力全開の罵詈雑言と痛過ぎないほどの暴力行為。

 私は優しい人間じゃない。

 嘘じゃないんだよ? 笑って人を傷付けることが出来る。その人の為なら悪にだってなる。それが優しさなら優しい人間になるかもしれない。


「私はあんたが嫌い。あんたも私が嫌い」


「わか……った」


 彼女が泣いても、決して手を差し伸べない。


 もし、もし負の感情で燃えた彼女が私を食らうなら、それも運命かもしれない。実験は失敗だ。彼女は一人、ゴンドラの中。


 そもそも、感情によって人を食べるのかって話。

 感情に関係なく貪ってしまうんじゃないか。

 彼女が何百回と重ねた結果ならと信じたいけど。


 彼女のことはほとんど何も知らない。


「そうだ。あんたの名前は?」


「……覚えてない。適当にランって名乗ってるわ」


「そっか」


「あなたは?」


「笑わないでね?」


「え? ええ」


「紅葉って書いて、め、めいぷるって読む……」


「ぶふっ」


 あ、笑いやがった。ゲンコツ一発入れて満足した。

 こんだけやってるが暴力は好きじゃない。自分も痛いから。


「メイって呼んで」


「わかったわ」


「じゃあ出よっか。ここ狭いし」


「……は?」


 ぷきゅっ……ぷきゅっ……


 近くで見ると不気味な二足歩行ウサギが観覧車を止めて、このゴンドラのカギを開けた。

 心なしかウサギは残念そうだった。


 ぷきゅっ……ぷきゅっ……


 立ち去る後ろ姿を見守る。あいつは人間なのかな。


 扉を開いて久しぶりに地上へ降り立つ。

 グラグラしてないって結構いいね。

 振り向いたらギョッとした。だって、いい歳した女が泣いてるんだもん。なんていうか号泣。


「なんで泣いてるの? 出ないの?」


「……ぁあ、うっ……ん、でる、わよ」


 顔を見ないようにしてたけど、ランの表情は嬉しそうなのに哀しそうで、泣いてるのに晴れやかで、口角は上がってるのに苦しそう。

 私には理解できない。たぶん、彼女自身も感情が理解できてないかも。


 連れ込まれた時とは逆に、彼女の腕を引き上げた。


 そしてこの遊園地から出る為に歩き出す。

 ランは外に出たのが本当に初めてだったのか、よたよた歩いていた。手を貸して進む。


 前方でキラキラと何かが光っていた。警戒して近付くとメリーゴーランドが動いている。


 しかも、


「わー! メイちゃんどこにいたのー? 探したよー!」


 メリーゴーランド。馬の一つに跨りながら、どの口が言うんだよってセリフを堂々とのたまうモエ。

 呆れて手を振ると馬を蹴り飛ばしてやって来た。

 その視線は私の隣にいるランに注がれている。珍しい。大概は周りの人種関係なく巻き込んでバカ騒ぎするモエが、人を気にするなんて。


 もしかして人間じゃないことを直感した、とか?


 いやたぶん元人間だし、人間を食べる人間だと言えば人間だろう。うん。そういうことにした。


「どうしたのモエ」


「むーその子だれー?」


「さっき拾ったランって人」


「拾ったってあなた」


 非難がましい眼差しと疑惑の眼差し。

 ええい、うざったいわ!

 早くこんな遊園地出たいんだっつの。端的にそれを伝えると、モエは私の空いてる手を握り、ランは繋いだ手を強く握りしめた。


 んーこれ、迷子にならないように子どもの手綱握ってる気分。


「ほら行こ」


 三人で遊園地の正面ゲートへ。


 面倒ごとは観覧車だけじゃないだろう。無理、体がもたない。帰ろう。帰れなくなる前に。



「——? ラン?」



 正面ゲート。その手前。

 ようやく出られるといった瞬間に繋いだ手を解かれた。温度を失った片手。どうしたんだと彼女を見遣る。


 ランはとても嬉しそうに口角を上げていた。


「ありがとう。私はここまでよ」


「な、なに、いってるの?」


 急激に、喉が貼り付いたように動かなくなる。

 ここまで? 何を、言ってるんだ?


「一緒に出るよ。こんなとこ出て……」


 手のひらを差し出して、冗談を一笑した。

 でも彼女は手を取ってくれなくて、苦しそうに一歩後ずさった。


「私ね。やっと、わかったの。ここから出られない怪物なんだって」


「いや、いやいや、覚えてないんでしょ?」


「覚えてない。でもわかった。私は遊園地から外に出られない。それに、こんな人間を食べちゃう化け物が外に出られるわけないでしょう?」


「そんなのッ」


「あとね」


 体まで温度を失う。呼吸も忘れてランを睨む。

 ランは睨まれても頰を緩めていた。その頰が赤みを帯びて濡れてるように見えた。


「ダメなの。あなたを食べちゃいたいくらい好きで狂おしいの。近くに居たら襲わずにいられない。ドキドキして、体が熱くて、どうなっちゃうかわからない」


 それは怪物だから? でもそれは否定しなきゃ、いけない。


「違うよ。あんたは私を」


「大好きなの。あなたが私を嫌いでも。もう、こんな怪物に優しくしないで」


 優しい? また何を言ったのかわからなかった。

 彼女は私から目線を外して頷いた。


「ここにはもう来ないでね。あなたはメイを大切にして」


 誰に何を……。理解が及ばない。頭が回らない。


 キュッと片手から刺激を受けて思い出す。モエの温かさ。

 モエが私の手を引く。力が抜けていたのか、容易く足が動いた。


「なん……! 待ってモエっ!」


 私の呼びかけに一切応えない。珍しいくらいの無言で、珍しいくらいの真剣さで、いつも通りの強引さだった。

 泣きたいくらい抵抗が出来ない。首だけ後ろを追う。


 バイバイ、彼女の口はそう動いていた。


「……バカ……ランなんて、だいっきらい……」


 ゲートを抜けて、森を駆ける。

 森を抜けても走り続けた。ずっと。

 わき腹が苦しくて、息が難しくて、どこかが強く締め付けられて、何かが痛くて、めちゃくちゃで、瞼の奥から溢れて止まらない。


 モエは止まることなく私の手を引いていた。

 彼女が零した言葉や音は、私まで意味をなして届かなかった。




——————




 学校帰り。

 今日は本屋に寄る。


 あの裏野ドリームランドでの一件から数ヶ月。

 私は何度か一人で遊園地へ向かった。その何度かは道を間違えていない筈なのに、たどり着くことはなかった。

 ランを引きずり出すんだと面倒を我慢して来たのに、あれ以降招かれたことはない。


 本屋にはモエも付いて来た。


 モエはあの一件から大人しくなった。

 噂の遊園地の呪いか!? そう周りではやし立てられるほど。

 あっちこっち行かないし、無茶はしなくなったと思う。友達なら誰でも構わず巻き込んでいたが、私と絡むことが多くなった。

 今日もただ本屋に行くだけなのに、私も行くーっと引っ付いてきた。今だって手をにぎにぎして楽しそうだ。


 呪いなのかな? だったらどんな呪いなのだろう。


 本を手に取る。

 雑誌。オカルト特集には必ずあの遊園地の話が尽きない。

 ページをめくる手元を眺めるモエは、チラッと見上げてきた。なんだろ。


「まだあの人のこと好きなの?」


 あの人? 好き?

 言葉の意味を考えて唸る。誰が誰を好きなの。


「……無意識なの一番厄介」


「は? わけわかんないのは行動だけにしてよ」


 あった。裏野ドリームランド。

 新しい話が……


「これって」


 正面ゲート。裏野ドリームランドの出入り口。

 そこでは一人の黒髪の女性がぼんやり立っているらしい。誰かが来ると様子を見て立ち去る。その表情は安心したようにも見える、と。何かを守護する番人なのではと記事には書かれていた。


「メイちゃん、もう、ダメだよ」


「なにが」


「私は頼まれたから、メイちゃんがバカしちゃうの止めるの」


「…………」


 雑誌を掠め取られて、元に戻された。空いた手を優しく握られる。悔しいけど、私にはない優しさだった。泣きそうになって甘えたくなる。たぶんこの子は見て見ないふりをしてくれるんだろう。


「ライバルが強敵すぎてツラいなー」


「なに、それ」


 誰と戦ってるのモエは。

 吹き出してから、その手を引く。


「出よっか。私がバカするの止めるならクレープ奢って」


「ちょっ……今月きついのにーっ!」


 アスファルトを踏みしめて、少し早めに歩いた。


 遊園地の呪い、か。


 今でも心が遊園地に囚われたままの私は、一番呪われてるのかもしれない。胸の奥をそっと締め付ける呪い。


 呪いなのかな? だったらどんな呪いなのだろう。


 忘れられない、知ることもまだ出来ない、面倒な呪い。それをイヤだと思えない。


 私が優しい人間になれたら、わかるだろうか?

 問いは曖昧に霧散していった。

心中ルート、眷属ルート、殺戮ルート、甘々ルート。

いっぱい考えた末にトゥルーはこうなりました。

悲恋系人外百合と言いつつモエさんを応援する豚。ぶひ。


そしてホラーはどこかへ消えました。

何の為のホラージャンル…_(:3 」∠)_

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