8話 相乗効果
カンカン! と調理器具を鍋で叩き、油を払う音がした。
「もうすぐ出来るわよー!」
芳ばしい匂いが食卓まで漂い、ジワッと口の中で唾が滲み出すのを感じた。
わたしは先程まで両手に持っていたカトラリーをテーブルに綺麗に並べ、両手を膝の上に置き、背筋を伸ばして尊い存在の到着を鼻息を荒くしながら待った。
「そんなに緊張しなくたって、卵は飛んでいったりなんかしないぞ」
パパがニコニコしながらこちらを眺めている。
「ばっふぇ(だって)」
ドバっとヨダレが垂れた。
パパが向こうをむいてピクピク震えている。
「なんだかレアは卵好きに磨きがかかったんじゃない? ほら、ふふっ。またヨダレ出てるわよ」
ママがてぬぐいで口を拭いてくれた。
そうなのだ。
以前はこんな風に「待て」をしている犬のようにはならなかった。
楽しみではあったが、もっと冷静に落ち着いて待てていたはずだ。
思い当たる節といえば、マサトの頃も無類の卵好きだったことくらいだろうか?
森で鳥の魔物に出会った際は、必ず巣を探して卵の有無を確認し、発見できた時はホクホクしながら御飯の時間を楽しみにしていた。
これは、卵好きと卵好きが合わさったことによる相乗効果なのかもしれない。
人格が混ざるということは、こういう効果も生むのかもしれないな……。
「はい! 出来たわよー!」
もくもくと湯気を出しながら、ママが小股でトトトッと駆けてくる。
「あちちちっ」
ゴトリと置かれた木のお皿には、ママの手にかかるほどの巨大な目玉焼きが鎮座していた。
「おおっ!」
「ヴォオッ!!(おおっ)」
わたしとパパが同時に声をあげた。
「おっきいからいつもの焼き加減になってるかわからないけど、どうぞ召し上がれ!」
ママに促され、ナイフとフォークを構えて戦いに備えた。
『こういうのでいいんだよ』どころの話ではない。
これだよ! これ!
割らないようおそるおそる黄身の部分にナイフの背を当てると、
ぷにぷにの感触で中の状態が想像できた。
ハァ、ハァ……半熟だぁ!
恍惚の表情と荒い息づかいで、パパとママの方に顔を向けると、テーブルに伏せて肩を揺らしているパパと、あきれた表情のママがいた。
気を取り直してゆっくりと黄身にナイフを入れると
「とろぉ」と黄色い幸せがあふれだした。
なんだか急に不安になり、ママの方に目をやる。
目玉焼き、食べてもいいの?
わたしの目がそう語っていたのだろう。
にっこりと微笑んで。
「ええ、しっかり食べなさい」
と促してくれた。
テーブルに伏せていたパパも起き上がり
「おかわりもいいぞ! そんなに気に入ったなら」
と言っていたが、さすがにこれをおかわりしたらお腹がパンクして死んじゃうよ。
一口大に切ったカリカリプリプリの白身をフォークで刺し、真ん中の黄金の海に沈めると、フォークの先には全人類の至宝とも言うべあーもう我慢できない! ぱくっ!
わたしは一匹の獣になった。
目玉焼きを喰らう一匹の獣に。
我に返ったわたしが次に見たものは、空っぽになった皿、
服からはみ出したお腹、苦笑いのパパとママの顔だった。
ナイフとフォークは使っていたようだが口の回りはベトベトだ。
「レアは大きく育つかもな!」
パパのフォローは虚しく空を切った。