7話 卵
鏡を片付けたわたしは、ふわりと漂う風に朝御飯の香りを感じ、吸い込まれるように家の玄関へ歩いた。
開いたままの扉は元現代っ子のわたしには少し無用心に感じたが、この村ではあまり必要ない。
ほぼみんな顔見知りなのだ。
知らない人間がいても、見かけた知り合いに聞けば大体答えが帰ってくる。
人口1000人程度の村と言えば、村としてはそこそこの規模くらいに聞こえるかもしれないが、実際はその6割くらいしか村にいない。
年頃の男は町へと働きに出ている場合が多いのだ。
中には働きに出ている女性もいる。
村に残っている男性は、自分の農場や商店を持っている者以外は子供か老人がほとんど。残りは全員女性だ。
この村は、町に住みたくても町で暮らすほど裕福ではない人間が集まって形成されていった、町へ働きに出る人間の為のベッドタウン……いや、ベッドビレッジなのだ。
そういう事情もあり、子供の数はやたらと多い。
その為学校だけは結構立派だ。
周辺の村落から時間をかけて通っている子供もいるので、この村と山奥の村の通学馬車も出ている。
もし玄関の扉が開けっ放しでも、悪がきが蛙を投げ入れてくるくらいで、万死に値する程度の軽いイタズラだ。
もし魔物が襲撃してきたら扉を閉めていたくらいでは防げない。家ごと薙ぎ払われる。男手がなく備えのない村は、万が一魔物に侵入されれば、家の心配する人間も含めて全てが無に帰すだろう。
魔王城から王都までのルートから外れているこの村を襲う意味もないので、魔物の心配はないと思う。
まぁとりあえずの懸念事項は蛙くらいだ。
わたしはそっと扉を閉めた。
台所入るとテーブルについたパパと、美味しそうな匂いを出す炒め鍋を火にかけているママがいた。
「お! スッキリしたな」
「うん。ママもおはよう」
「おはよう。レア。今日はパパが町で買ってきた卵を焼いてるのよ。良かったわね!」
「卵!」
思わず声が裏返ってしまった……。
「ハハッ! ああ。馬車に客が集まるのを待ってる時間ちょっと商店街に寄ってな。見かけない行商が品物を並べてたから覗いたんだ。そしたら珍しい物がいっぱいでな! 中でもこのでっかい卵! レアの頭くらいあるだろ? お土産にピッタリだと思って3つ買ったんだ。そしたらおまけにって言ってこの変な色の卵も一つくれたんだ、こっちはしばらく置いといた方が味が良くなるって言ってたから、また今度にしような!」
パパが何かしゃべってたけど、わたしの耳を右から左に抜けていった。
だって卵だよ!?
目玉焼き!
早く! 早く!
わたしは両手に持ったカトラリーでテーブルをトントンするのを我慢しながら、卵が焼ける音だけに耳を傾けていた。
この時わたしがパパの話にちゃんと耳を傾けていれば……パパの持ち帰った変な色の卵に目を向けていたら……。