48話 物理法則
目を動かすことができないわたしのために、ポンっと目線の先の地面に移動するボーちゃんとおみっちゃん。
「水の精霊が何が起きているのかすぐに気づいて教えてくれたんだ、水の精霊の冷静な判断力にはいつも助けられているよ」
「でっへっへ、あんま褒めんなって」
精霊同士はお互いがどう見えてるのかわからないけど、わたしにはキャバ嬢のキャラに見えている水の精霊と、ボーちゃんの誉め言葉が結びつかない。
たぶん水の精霊はわたしの変なイメージを拭い去ると、本来は冷静沈着な精霊なんだろう。すまんおみっちゃん。
「でだ、レア子」
おみっちゃんが話に区切りをつけるように、何か企むような笑みでわたしの方を指さした。
「理屈はわからねぇがおめーはいま千倍速だ。この危機的状況でそうなってるのは超ラッキーどころの話じゃねぇ。うまく利用してさっさと事件解決と洒落込もうじゃねぇか」
洒落込もうったって……頭の中だけは早く話してるのかもしれないけど、動けないんじゃ何もできないよ!
わたしがそう反論すると、おみっちゃんが洋画の登場人物のように、肩をすくめてため息をついた。
ボーちゃんも同じポーズをしてたのを見て少しイラっとした。
「はぁ……レア子……おめー普段からよく使ってんだろ?」
使ってるって……何を?
「ナニをもカニをも有るかよ! 加速魔法に決まってんだろ!?」
加速……魔法!?
「おいおい……なに驚いてんだよ!? 体の動きが遅くて困ってんだから加速すりゃいいって、少し考えりゃサルでもわかんだろ!?」
えぇ!? 加速魔法!? は確かに戦いの最中とか速く動きたいときに……使っ……て……って、つまり今もそうか……。
時が止まってるかのような感覚に惑わされて、思考に変なバイアスがかかってた……。
状況は一緒だ。戦いのために速く動く必要があるから、魔法を使って速く動けるようにする。
違うのは程度だけだ……。
「そーゆーこと。普段制御が難しくて全力で使えねぇ加速魔法も、今ならフルパワーでもイケんじゃね? なにしろ普段の千倍の動体視力と判断力になってるワケだしぃ~? なんでだか知らねぇけどぉ~?」
おみっちゃんはこうなった原因を調べたいみたいで、言葉の端々に今起きている現象への疑問を持ってるアピールをしてくるけど、わたしもわからないんだからしょうがない。時々謎の存在が接触してきて、どうやらこの短剣が関係してるかもしれないということぐらいか……。
「へぇ……謎の存在と短剣か……」
思考が筒抜けなのでボーちゃんがわたしの考えに反応する。
「ボクらには何も感じられないよ。最近はずっとごちそうちゃんを見てたけど、その謎の存在の気配も、接触してきていたって事実も知らなかった。その短剣もボクには何の変哲もないただの鉄製に見えるね。装飾の部分は観賞用の鉱物で飾ってあるけど、それだけだね」
「あぁ。あたしも同じだ」
うんこ座りで空中にふわふわ浮きながら短剣をジロジロ調べるおみっちゃんも、普通の鉄製の短剣に何の変哲もない魔石が埋まっているだけだという。
「ただこの魔石なぁ……」
おみっちゃんが顎に手を当てて睨むように魔石をのぞき込む。
魔石が……?
「武器につけるような魔石じゃねぇんだよコレ。微弱な魔力信号を発信し続けるだけのモンでよぉ、人間の社会じゃ、無くした物を見つけやすくするためなんかに使われてるようなやっすい魔石だ」
なんでそんなものが短剣に?
「わっかんねぇ。わっかんねぇモンをずっと考えててもしょうがねぇ。千倍っつっても時間は無尽蔵じゃねぇし、レア子はとっとと魔物全殺しにしてこいや。ママさんとダチがやべぇんだろ?」
そうおみっちゃんに言われ、心の中でうなずくと、わたしは魔力を全力で放出し、普段数パーセントの力しか出していない加速魔法をフルパワーで発動させ、足に力を込めて駆け────
「ちょちょちょちょ!!!!! ちょまっ!!!! 待て待て待てや! このクソボケェ!!!!」
────出そうとしたところでおみっちゃんに全力で止められた。
「くらぁレア子!! おめー科学文明の世界で教育受けてたなら加速度ぐらい知ってんだろが!! GだよG!」
G……ってゴキブ────
「────じゃねぇよアホ!! おめーは時が止まってるように感じてても物理法則は変わってねぇし、大気も普段通り存在してんだよ! なんも対策しねぇでいきなり全力で加速したら、速攻でミンチか消し炭だぞ!! そんくらい考えてると思ってたわ!!」
え……あ……なんかごめん……。
「ごちそうちゃん。説明してるほど時間はないしキミがすんなり理解できるとも思えない。キミの魔力を使っていいなら、ボクが他の精霊に声をかけてその辺うまくやっておくから……」
あわれな者を見るような目でボーちゃんにフォローされた……。すみませんお願いします。
心の中で土下座をし、わたしは改めて加速の魔法を発動した。
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