45話 企図
合わせた掌の中で魔力が膨らんでいくのを感じる。
腕に力を込め、ぐるぐると渦巻く魔力の奔流を両腕の力で押さえつける。
8歳児のわたしの力で抑えられるくらいなので、実際に必要なのは腕力ではなく、魔力操作能力の類いなんだろうと思うけど、その辺は感覚でやってるので、ついつい腕に力が入ってしまう。
こういうのも昔は先生に「無駄が多い!」と、杖で頭をポコられる原因だった。
前世の時、先生の横で魔法を使う際の癖で、つい頭への衝撃に備えてしまったあと、いつものタイミングで訪れない頭への衝撃になんとなく寂寥感を覚えた。
まぁたとえここに先生がいたとしても8歳児の頭は殴らないよね……多分……さすがに……。
先生の道徳観に若干の不安がよぎったとき、掌の魔力球が最大限まで凝縮されたのを感じた。両手で包み込んだ魔力球を中心に風が吹き荒れる。
先生は魔力を球体に固めたあと、ピタッと風が吹くのが止んでたけど、わたしはいまだに魔力の漏出を完全には防げない。
まぁ抜けていく魔力は、わたしがどんどん供給すれば良いだけなんだけど、これもちゃんと練習して直さないと、たぶん先生に再会した後「あれから8年も経過してるのに、まだこんな簡単なことも出来ないんですか?」と、小言を言われるやつだ。
球体から吹く風でバサバサと髪が顔に当たる中、なんとか片目を眇めて敵の方に狙いをつける。
コイツを倒せば全てが終わる。
平和な村が戻れば、わたしは家族を置いて安心して村から離れて旅立てる。
一瞬脳裏をよぎった寂しさが胸の奥をチクリと刺す。わたしはをすぐにそれを振り払い、魔物の方に意識を集中する。
こちらが攻撃を仕掛けようとしていることが魔物に伝わったのか、向かって来る魔物の速度が増した。
「グワォォォォオ!!!!」
威嚇の咆哮とともにドスドスと瓦礫をまき散らしながら、こちらに全速力で駆けてくる巨大な魔物。
わたしを敵と認識し、まっすぐこちらに向かってくるなら、わたしとしても狙いをつけやすくて好都合だ。
魔力球を包み込む両手を崩し、右手で弓弦を引くように体を動かし、左手の人差し指を立てると、指の先で魔力球が鏃のように形を変えた。
弓を扱った経験は特にないんだけど、遠距離の攻撃をするときは、なんとなく狙いの付けやすさから自然と弓矢を扱うような形になった。
魔法操作はイメージで行うので、本人の想像しやすい形でやるのが一番効果があるそうだ。
わたしの場合、はじめは少年漫画のキャラがエネルギーを撃ち出すみたいな形で「波ぁぁぁーーーー!!!!」なんてやっていたんだけど、それだと命中率がどうにも悪く、試行錯誤しているうちにこの形に落ち着いた。
弓を引くという動作がわたしの中の"狙い撃つ"というイメージにマッチしたのだろう。命中の制度が格段に増した。
それに、わたしの場合、魔力球からの魔力の漏出で巻き起こる風が、矢の推進力になり、威力と速度の向上に一役買っているようだった。
この点は先生にも「足りない頭も未熟な技も使いようですね」と褒めてもらった……あれ? 褒めてもらって……ない!?
魔物がこちらに到達するまで、すでに30秒を切ったという辺りで、わたしは力いっぱい引いていた結弦に溜まったエネルギーを解放した。その瞬間、敵に向かって一直線に魔法の矢がに飛んでいく。
矢を放った時の強力な反動で、思わず後ろにこけそうになるところ、なんとか踏みとどまった。
あの魔物がわたしの予想を超えるほどの強さでなければ、致命傷を与えられるはず。
高速で飛ぶ矢が魔力の軌跡を残しながら魔物の胸に刺さると、その瞬間に魔力球が光を放ち、凝縮されていたエネルギーが膨張し破裂する。
はじけるエネルギーとともに、魔物は断末魔の叫びを上げる暇もなく、原型をとどめぬほどに爆散した。
やった!?
その疑問は魔物の肉片がべちゃべちゃと周囲に落下する音で確信に変わった。
湿った落下音が止み、少しの静寂の後、今度は学校の方から歓声が沸き上がった。駆けだしてくる人たち。テテスちゃんもこちらに走ってきているのが見える。
わたしも一仕事終えた感覚で「ふぅ」と一息入れると、ボーちゃんがわたしの肩にポンっと出現した。
「ごちそうちゃん。こっちに来ようとしてるあの人たち、止めた方がいい」
「……ん?」
話の先を促すようにボーちゃんに目線をやると、ボーちゃんは方々へ飛び散った肉片の一つを指さし
「あれ、まだ生きてる」