44話 未知
学校へ戻る道中わたしが先頭を歩き、その間に数匹の魔物を倒したんだけど、なんだかパパたちを助けられたうれしさで頬の緩みが抑えられず、ニヤケ顔のまま頬についた魔物の返り血を袖で拭ったら「なんだか血に飢えたヤバい人みたいだぞ」とパパに指摘された。
幼い娘にそれ言う?
喜怒哀楽を隠すのが苦手な表情筋が憎い。
パパとエレナちゃんの救出が順調に進み、村を襲った一連の事態に一応の終着点が見えた。
あとは学校の守りを固めながら、残った魔物を掃討するだけ。
拠点があり、戦える人間も少なからずいる、残念ながら犠牲者も多く出てしまったけど、わたしの目の届く範囲の人を生き残らせることができる。そう思った。
たとえわたしが普段どおり冷静でも、結果は変わらなかったかもしれない。
けど、この緩みがわたしを安易な選択へと導いた。
※※※※※※
学校までもう間もなくというところまで近づくと、3階の物見窓からわたしたちに向かって「急げー!」とか「早くー!」とか、応援とも警告ともとれるような声がかけられているのに気付いた。
わたし達が無事であるということを伝えるため、3階にいる人たちの方に手を振ってにこやかに合図を送ると、今度はわたしたちのいる方ではなく別の方向を大袈裟な仕草で指し示して、わたしたちにそちらを見るように促している。
その慌てたような様子が気にかかり、指さす方向へ顔を向けると"それ”はいた。
問題のそれとの距離はかなりあるのに、こちらに顔を向けている姿がはっきりと目視で確認できる。
怪獣だ……。
ママと学校に向かう際に出会った巨大な爬虫類のような魔物。
あの時は早く学校に向かうことを優先するために、目的なく彷徨うアイツを隠れてやり過ごしたけど、今回は魔物の足取りがまっすぐに学校へと向かっていて、避けて通ることはできなそうだ。
どうやら怪獣は気の向くままの破壊活動を終えて、最後の標的を学校に定めたようだ。
バリバリと瓦礫を蹴散らし、土煙を巻き上げながらドシドシとこちらに駆けてくる怪獣。
体が大きいだけあって、足元の瓦礫をものともしない。
アレがこちらに到達するまでに、それほどの猶予はなさそうだ。
「パパ、エレナちゃん、学校まで走って」
わたしが静かにそう告げると、二人はコクリと頷いて走り出した。
一瞬心配そうな顔で振り返ったパパに、笑顔でシッシとあっち行けの合図をする。
パパも苦そうな笑顔で返してくれたけど、その心境が穏やかじゃないのは想像に難くない。
心配かけてごめん。
心の中でそう一言告げ、わたしは魔物の方に向き直した。
前世の頃にも見た事ない正体不明の魔物。
わたしの知らないコイツの強さが村の運命を分けるかもしれない……。
そんな考えが頭をよぎると、否応なしに心拍数が上がる。
遠距離攻撃をしてくるタイプの魔物じゃなければいいけど……。
今一番してほしくないことを思い浮かべながら魔物を観察したが、こちらに向かって走る動きをみる限り、どうやら悪い想像は外れてくれたみたいだ。
とはいえ何をしてくるか未知数である以上、不用意に攻撃をくらうのは避けたい。
前世の時と違い、万が一わたしが致命傷を受けた場合に、治療してくれる仲間はいないのだ。
もっとアレの行動を観察して対処法を考えたいけど、アイツがこちらに到達するまでに残された時間で、最適な答えを出せるほど賢くない自覚はある。
情けない話だけど、わたしの場合、自分の頭のデキよりも、考えなしの速攻の方がいくらか信用できるのだ。
下手の考えナントカって言うし、先制攻撃するしかないか……。
アレが接近してくるまでの時間で魔力を溜め、威力のある魔法で一気に吹き飛ばそう。
先生ならもっと上手い作戦がパッと思いつくんだろうなぁ。
まぁ今いない仲間に期待したってしかたない。
自分にできることをやるしかないんだ。
そう昔の仲間に想いを馳せながら、わたしは両手を前に出し、向かい合わせた手のひらの中で魔力を凝縮し始めた。