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43話 濡れた袖

  突然上空から降ってきた謎の小さな物体が、仲間を瞬時にすり潰したという状況が呑み込めないのか、二匹の魔物がたじろいでいる。

 隙だらけの魔物の意識がこちらへの攻撃に切り替わるまでの刹那(せつな)、わたしは魔法を使って加速し、手前にいた魔物の胴体を風の刃で横に薙いだ。


 一匹の魔物が真っ二つに崩れ落ちる瞬間、残ったもう一方の魔物が我に返り、こちらに飛び掛かってきた。

 爪を振り下ろす大振りな攻撃をわたしは半身で(かわ)し、すれ違いざまに魔物の腰から肩に向かって逆袈裟に斬り捨てた。

 魔物の上半身がどさりと地面に落ちると、肺の空気が血と絡みながらぐぶぐぶと抜ける。


 魔力の刃は血ぶりをする必要はないんだけど、昔の癖でつい刃を振り下ろし、そのまま魔力を霧散させた。


 近くに魔物の気配がないことを確認し、わたしはふたりの方に向きなおす。


「ふたりとも大丈夫? ケガは無い?」


 そう尋ねると、少し紅潮した顔のエレナちゃんが慌てて答えた。


「あっ、あたしは大丈夫。でもおじさんが……」


「パパが!?」


 それを聞いてパパの方に駆け寄り、しりもちをついているパパの前で屈む。

 パパはなんだか口が半開きの呆けたような顔で、わたしの顔をぼーっと見ていた。


「パパっ!?」

「あ……ああ、すまん、レア。助かった」


 ハっと我に返るようにわたしの呼びかけに反応したパパだったけど、隠せない戸惑いが漏れ出てる。


「パパどこかケガしてるの?」

「あぁ。右腕をちょっと……な」


 それを聞いてパパの腕を見ると、破った布で傷を縛り、簡易的な治療を施した跡があった。

 わたしがその布をほどこうとして手を伸ばすと、パパが無事な方の手をわたしの顔の前に突き出した。


「やめろ! 子供の見るもんじゃない!」


 そう言ってわたしを制止しようとするパパにかまわず、突き出されたパパの手を(はた)いて傷の方へと手を伸ばす。

 巻れた布をほどくと、二の腕を深く斬られていたようで、きつく縛った布が緩むと再び血が流れだした。


 治療に必要なそれぞれの精霊に手順を命じ、十分な魔力を注ぐと、皮一枚でつながっていたような状態の腕がみるみる再生し、傷一つ残さずにつながった。


「終わった……」


 そう言ってパパの方に顔を向けると、パパは眉間にしわを寄せて難しそうな顔をしていた。


「なるほど。話には聞いてたが実際に見るととんでもないな……」


 そうパパがつぶやくのを聞いて、わたしはママに拒絶されたときの記憶がよみがえり、ドクリと心臓が脈打つ。


「レア……お前……」


 次にパパの口から出てくる拒絶の言葉が脳裏に思い浮かび、思わず(まぶた)がぎゅっと閉じられ体がこわばった。手足に力が入り、奥歯が砕けそうなほどぐっと歯を食いしばる。


「これなら宮仕(みやづか)えも夢じゃないな!」

「そう……宮仕えも夢じゃ……え!?」


 閉じられていたわたしの目が、意外な言葉によってハッと見開かれた。


「すごい才能だぞレア。その年で魔物と戦えて、治療までできるなんてな。こりゃあ将来安泰だ!」


 なんだかんだで時々結構思慮深い様子を垣間見(かいまみ)せるパパが、何も考えずにこんな楽観的なこと言うとは思えない。

 わたしのことを考えてくれてるんだ……。


 思わず涙が一筋漏れ落ちて、それを見られないようパパに背を向ける。


「いい……の……?」


 そんなこと聞かない方がいい。

 質問を明確にすることで、答えを曖昧にできなくなる。

 それはわかってるんだけど、つい口から出てしまった、わたしの立場を確認する言葉。

 

「いい……?」


 不思議そうに言葉の意味を考えるパパは、わたしの意図を察したようで、そのまま言葉をつづけた。


「良いも悪いも、自分の子が才能に恵まれてることを悪く思う親なんているかよ。それにレアはいい子だしな。今だって助けに来てくれたろ? なんとかキックだっけ? アレかっこよかったぞ!」


 パパはわたしの持つ普通じゃない部分も含めて、わたしを認めようとしていた。

 そしてそれをわたしに伝えてくれている。


 あたたかい……。

 それなら……わたしはパパの気持ちに応えなければならない。


 思い出し、わたしに混ざってしまった前世の記憶と人格。

 そのせいでわたしが感じている引け目を、捨て去る決心をしなければならない。

 それも含めてわたしであるということを、わたし自身が認めるのだ。


 パパに背を向けたまま、目頭に浮かぶ涙が落ちてこないよう袖口で拭っていると、わたしを見てエレナちゃんが微笑みながら口を開いた。


「良かったね。レア」


 それを聞いた瞬間、今までなんとかこらえていた涙が、(せき)を切ったように流れ出した。

 ふたりのやさしさに触れ、次々と出てくる涙を、袖で押さえて隠しながら無言でこくりとうなずく。


 何十秒か時間が経って心に立った波が穏やかさを取り戻し、濡れた袖が腕に貼り付く頃、わたしはズビビと鼻をすすって、両手でパチンと頬をはたいた。強くたたきすぎた。痛い。


「よし!」


 目のまわりをヒリヒリ腫らしたわたしは、そう段落をつけて数歩前に足を動かし、くるりと二人の方へ向きなおした。


「じゃあ行こう! ママのところへ!」


 ふたりを促し、わたしたちは進み始めた。

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