40話 聖なる御業
案内された場所には、一人の男性が寝かされており、その傍らには無造作に鎧が置かれていた。
見たところバルトゥさんの着ていた鎧と一緒だけど、部隊長の赤い印が無い。
部屋を見回すと、傍らに鎧が置いてある人はこの人だけなので、恐らくこの人が……。
「テテスちゃん……この人?」
そう尋ねると、テテスちゃんは唇を結びながらコクリと頷いた。
わたしは男性の横にしゃがみこみその様子を確認する。
意識のない男性の体を覆っている、血液で湿った包帯を切り開くと、その中からは思わず目を覆いたくなるような傷が現れた。
男性の肩には、鋭利なもので突き刺しながら、傷口をかき回したような大きな穴が空いており、微かに残った肩と脇の肉で、辛うじて腕がつながっている状態だった。
複雑に骨折した骨が、傷口からトゲのようにポツポツと露出している。
治癒の魔法を使える人間がいなかったからか、止血に苦労した跡が見える。肩に開いた大穴からの出血を止めるため、広範囲の傷口が焼かれて、その火傷だけで命を落としても不思議じゃないくらい焼けただれていた。
さらに、おそらく首の骨が折れているようで、首が腫れて倍くらいの太さになっていた。頸部の腫れのせいで気道が狭くなっているのか、男性の呼吸に合わせてヒューヒューと音がしている。
一通り状態を確認したわたしは、兵隊さんが治療の最中に目を覚まさないよう、眠りの魔法をかけた。そして、兵隊さんの傷口の中にある粉々の骨を分離するべく、地の精霊を呼び出す。心の中で名前を呼ぶと、地の精霊は即座に要件を理解してくれたようで、兵隊さんの傷口から砕けた骨片が空中に浮かび上がった。
空中に浮いた骨片が、パズルのように組み合わさると、ところどころ欠けてはいるが、もともと兵隊さんの肩の中にあった骨が空中で復元された。そのまま浮いた状態を維持させつつ、次の手順に移るため、周りで見ている人たちに声をかける。
「ちょっと危ないから離れてて」
わたしがそう言うと、いつの間にか来ていたバルトゥさんも含めた4人が、素直にわたしから距離をとる。全員がわたしから十分に離れるのを確認すると、私は手に風の刃を纏わせ、千切れそうになっている兵隊さんの腕を肩口から切り落とした。
「っ!?」
わたしの後ろで誰かが声にならないような悲鳴をあげた。
「傷口が焼いてあるとくっつかないんだよ」
乱心したと思われたくないので、咄嗟にみんなの方を向いて一応説明しておく。
バルトゥさんは両手で顔を覆っていた。意外とナイーブだ。
腕の傷口と肩の傷口の焼き跡をそれぞれ切り落とすと、肉の断面が顔を出す。水の精霊に止血をさせているので血は出ない。風の刃の切れ味のおかげで、キレイに整った骨の断面がツヤツヤ光っている。
わたしは地の精霊に指示を出し、空中に浮かせている骨の先端を肩の骨や肋骨の断面に当てさせた。
断面と断面が合わさっているのを確認すると、威力を抑えた治癒の魔法を骨の接点に向けて発動する。治癒の魔法が効いてくると、ただ触れさせていただけの骨と骨がじわじわとくっついていき、継ぎ目も見えないくらいきれいに接続された。同じように腕側の骨とも接合する。
肩と腕を復元した骨とつなげると、肩の骨だけが露出した少しグロい傷口になったけど、水の精霊のちからで血が出ていないおかげか、なんとなくスーパーの肉売り場を思い出す。
骨の接合が終わったところに治癒の魔法をかけると、本人の肉体に備わる自然治癒力が大幅に増幅されて、元あった体組織が徐々に復元されていく。大量に放出する魔力と比例するように、みるみるうちに肩と腕に肉が復元された。
あと少しで腕と肩が完全にくっつくというところで、一度魔力の供給を止め、太い血管や神経を個別に接合する。大体の位置があってれば、それなりの精度でくっつくんだけど、変な繋がり方をすると後で厄介なので、念のためにやっておく。治療後に再び切り落してつなぎ直しなんてもう嫌だ。
若干骨を切った関係で、実は元よりも骨が短くなっているんだけど、そこは慣れてもらうしかない。
肩の治療が終わり、兵隊さんは少し皮膚の表面のやけどが残るくらいまでに回復した。
最後に地の精霊のちからを借りて、首の骨折を直し、念の為全体に治癒の魔法をかけ、兵隊さんの治療は完了した。彼もあとは自らの生命力次第だ。
「終わったよ」
そういうと、自分の額に汗が垂れるのを感じて袖で拭った。
一仕事終えたような気分で後ろを振り返ると、もともといた三人の他にバルトゥさんが増え、その他にも部屋の扉が開き、数名の見物人がわたしの治療を見ていたらしい。
物見遊山で見物するには刺激が強すぎると思うんだけど……。
全員反応しないから空気がいたたまれなくて、こめかみをぽりぽりと掻いていると、ふいにおばさんがこちらに歩み寄り、目を赤くしてわたしの手を掴んだ。
「聖女さま! 私は……私は……」
と感極まった様子で言葉に詰まるおばさん。
反応できずにただ立ち尽くしていると、なぜかテテスちゃんもゆっくり歩いて、するりと抱きついてきた。
それにつられるように、おばさんもわたしをがっしりと抱きしめ、二人に挟まれるようになったわたしは、それを振りほどくちからも無く、おばさんの気が済むのを待つばかりだった。