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39話 わたしにできること

 わたしの言葉を聞いて、表情を明るくしたテテスちゃんとは違い、呆れたように肩を落とすおばさん二人。


 ミッテさんが少し苛ついたように眉をひそめ、わたしに強い口調で言葉を放った。


「あんたねぇ! いくら死んでるからって! 魔法でいたずらして良いわけじゃないんだよ! 死んだ人にだってねぇ! 安らかに眠──」

「──ミッテさん!」


 突如ミッテさんの言葉を遮り、もう一人のおばさんが声を荒げた。

 ミッテさんが口をつぐむのを確認すると、おばさんはゆっくりと床に寝そべる男性を指さした。


「……息……してる……」

「イキシテル?」


 聞こえた音の意味を捉えられずオウム返しをするミッテさん。

 そのまま沈黙する二人だったが、おばさんの方がしびれをきらして、興奮した様子で口を開いた。


「息をしてるんだよ! さっきは確かに死んでたのに! 生き返ってるの!」

「生き……返ってる……?」

「そうだよ! ほら!」


 おばさんが指差すのにつられて、全員が男に注目すると、男の胸が呼吸でゆっくり上下してるのが見えた。顔は若干苦しそうな表情だったが、スースーと寝息を立てている。


「うそ……さっきまで本当に死んでたのに……」

「生き返ってるんだよ! こんなの見たことない……」


 息を吹き返しているということを、男の口元に手を当てて確認したミッテさんが、考え込むように自分の顎をつまんで神妙な面持ちで話し始めた。


「先代の勇者様が死人を生き返らせたってウワサを聞いたことあるけど、あたしゃ眉唾物の話だと思ってたよ……」

「あぁ! どっかの村が襲われた時に、勇者様が颯爽(さっそう)と現れて村を救って──」

「──じゃあ魔物にやられた傷も治すね!」


 なんだか、わたしにだけ気恥ずかしい話が始まりそうな気配がしたので、急いでおばさんの話を遮り話題を変えた。


 宣言した通り男の治療を開始する。巻いてある包帯の上から男の傷口におそるおそる触れると、やはり骨まで切断されているようで、肋骨がグラグラと動く。もしかしたら内蔵まで傷が達してるかもしれない。

 鋭い爪で勢いよく切断された骨は、断面がきれいすぎてくっつける方向を見つけるのが難しいんだけど、とりあえず放っておくと死んでしまうかもしれないので、人命救助優先で治療する。今は治療後の骨の形を気にいている余裕はない。


 臓器や神経へのダメージは、完全に切断されて時間が経ってしまっていなければ、魔法を当てるだけで治療できる場合が多いので、とりあえず治癒の魔法をかけておけば、男性が生きられる確率を格段に上げられるのだ。切創なんかも治療が早ければきれいに治る。

 腹膜内に胃腸の内容物の漏出がないことを精霊に確かめさせ、男の傷口に触れながら治癒の魔法を発動させると、心なしか男性の表情が穏やかに緩んだ気がした。


 こんな雑な治療を先生に見られたら、にこやかに杖でゴツンとやられるやつだけど、どうなんだろ……先生は今のわたしが8歳の女児でも昔のように厳しいんだろうか?

 かつてゴツゴツ頭を小突いた人物が、8歳児になって現れたら狼狽するのかな?

 普段落ち着いた先生がうろたえるのは、ちょっと見てみたい気もするので再会が本当に楽しみだ。


 とりあえず男性の治療は終わったが、治癒の魔法でも失われた血は戻らないので、あとはこの人の生命力次第。

 男性の体にきつめに巻いてある布を、指にまとわせた小型の風の刃で切り開くと、範囲が広く深かった致命傷が、少しの傷跡を残しきれいにふさがっているのが確認できた。

 やっぱり傷口だった場所の肋骨が少しずれてつながってしまったのか、ちょっとだけ出っ張ってる気がするけど、大して目立たないし及第点かな。


「これでよし」


 男性の治療を終えたことを、あえて声に出して告げたわたしは、ミッテさんに向かって尋ねた。


「次は誰? 危なそうな人から優先的に治療していくよ」


 それを聞くと、ミッテさんが驚いた表情を浮かべてわたしの両肩を掴んだ。


「つ、次って……あんた、魔力は大丈夫なのかい? こんだけの魔法……いや、どんだけの魔法なのかあたしにゃ想像もつかないけど……」


 ミッテさんはそう言って、体調を確かめるように、わたしのおでこやほっぺたを交互に触った。

 

「わたしなら大丈夫。まだいけるよ。全員治す」

「全員!? そんな事したらあんたが干からびちまうよ! 人ひとり生き返らせちまうような……すごい魔法が使える────そう! まるで聖女様だ! その聖女様をこんなとこで干からびさせちまうわけにゃ行かないよ!」


 うわっ! むず痒いのきた! 全力で否定しなきゃ!


「せせせせせせ聖女なんてたたたたた大層なもんじゃないよ! わ、わたっ、わたしにでででで出来るからやっただだけだす!」


 あまりにも意外な肩書で呼ばれて、動揺を隠せず無様に声が裏返った!


 そんなわたしの全力否定を聞いて、何故か目頭を押さえるおばさん達。


「な……なんて謙虚で奥ゆかしい……」


 感慨深そうにそうつぶやくおばさん。

 なんかおばさんの中でわたしの言葉が化学変化を起こして、妙な解釈をされてるような気がする。

 なぜかテテスちゃんは、ニコニコしながらこっちを見ているだけだし。

 再び話題を戻す。話題を戻すよ! このままだと聖女なんて恥ずかしい肩書にされてしまう。


「そ、そんなことよりけが人を治療しよう!」


 無理やり話題を転換し、そう提案すると、太った方のおばさんが少し熱を帯びた様子で反応した。


「はい! 聖女様! ではあの人の治療をお願いします! こちらへおいでください!」


 焼け石に水!

 おばさんは目をキラキラさせて、わたしをけが人のもとに早足で案内してくれた。


 とりあえず、優先すべきは人命救助か……。

 わたしはため息を押し殺して自分にそう言い聞かせると、ひとまずは聖女呼ばわりのことを無視することに決めた。

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