37話 繋いだ手
テテスちゃんに手を引かれて教室を出ると、どこか見覚えのある薄暗い廊下にでた。
壁の明かり取りから換気窓まで、魔物の侵入できそうなところが全て魔法で埋めてあるようだ。
魔力の節約のためか、明かり用の魔石も必要最低限のものにしか魔力が注がれておらず、廊下は石壁の洞窟のような雰囲気になっていた。
見たところここは学校の二階。
様子はいつもと違うけど、自分の通う教室がある階なのでなんとなくわかった。
歩きながら辺りを見回すと、疲れて休んでる人や、軽傷の人が二階に集まっているのが見て取れる。
廊下で寝転がってる人もいるくらいなのに、わたしとテテスちゃんにわざわざ部屋を用意してくれたらしい。
通り過ぎる教室の中にパパやエレナちゃんがいないか確認するけど、どうやらここにはいないみたいだ。
二人とも無事だといいんだけど……。
わたしが気を失ってから半刻ほど経っているらしく、スムーズに避難できていたなら、もうここにいてもおかしくない。
村に入るのをあきらめて街に逃げてくれてればいいんだけど、たぶん二人ともそういう選択をする人たちじゃない。
エレナちゃんはわたしが勇者だったって知ってるから、ママの信号弾が目に入った段階で、全部わたしに任せて町の方に逃げるっていう選択肢もとれるんだけど、きっとこっちを目指してると思う。
村にいる魔物の数はまだまだ多いだろうから、初動で学校に来れた人たち以外は、魔物に見つからないように隠れてここまで来なきゃならない。
きっとそれで時間がかかってるんだ。
もちろん最悪の想像も脳裏にちらつくけど、なるべく考えないようにする。
考えたって何かが変わるわけじゃないなら、今できることをするだけだ。
眠っている人を起こさないよう、足元に気を付けながら進んでいく。
階段の前に差し掛かるとテテスちゃんが「レアちゃん、こっち」と言って下り方向を指さした。
つないでいた手を離し、手すりにつかまりながら階段をゆっくり降りていくと、校庭に入ってくる時のものと同じ、戦いの号令が聞こえてきた。
また魔物が集まってきてるんだ!
そう思ったわたしは、外の様子が気になり、痛む体を押して駆け出した。
「あっ、レアちゃん!」
先を歩くテテスちゃんを追い抜いて、号令が聞こえる方に向かうと、学校の玄関ホールに出た。
ホールでは数人で陣形を組んで魔法を放ち、魔物を追い払っているようだった。
わたしが列に近づくと、丁度魔物に火球を放つタイミングだったらしく、勇ましい号令が周囲に響き渡る。
「前列! 放てぇぇーー!」
ある程度わたしが魔物を倒したからか、さっき慌てて助けに入った時と違って、魔物への対応に余裕が感じられる。
無理に倒そうとせずに、追い払うことだけを考えた戦法に切り替えたようだ。
火球の大きさが統一されて、魔力の無駄な消費が抑えられている。
加えて隊列の前に魔法で土壁が作られており、魔法による射撃戦を想定した戦い方になっていた。
先ほどと違い、行き当たりばったりの戦闘ではなさそうだ。
指揮してる人も手慣れているようで、自身も火球を放って魔物を牽制している。
外の様子を見るため隊列に近づくと、列に並ぶ人の隙間から、先頭で号令をかける人物がチラリと見えた。
バルトゥさん以上の熟練の兵隊さんがいるのかと思い、身を乗り出し隊列の真ん中に目を向けると、長い赤毛を後ろで結んでいて、わたしと同じ亜麻布の服を着てる女性がいた……ってどっからどう見てもママじゃん!
号令の声が勇ましくていつもと全然違うからわかんなかったよ!
明らかに人を指揮するのに慣れてて、魔法の腕も並じゃないママっていったい……。
ママの謎が増えていく……あとで聞いてみる必要がありそうだ。
隊列の動きに目を取られていると、不意に後ろから袖を引っ張られた。
「レアちゃん、こっちにきて」
そう言って来た方向を指差し、戻るように促すテテスちゃん。
ママに声をかけたかったわたしは、後ろ髪を引かれるような気分でテテスちゃんについていく。
繋いだ手を引かれながら廊下を歩いていると、テテスちゃんの手に汗がにじんでいるのを感じた。
テテスちゃん、不安を感じてる?
もしかして重症だって言ってた人のことを気にしてるんだろうか?
テテスちゃんのことをかばって怪我したって言ってたし。
導かれるままに早足で廊下を進んでいたが、一番奥の教室の前でテテスちゃんが立ち止まった。
繋いでいた手をスッとほどき、不安そうな顔でこちらを振りむくと「あの……あのね」と話しづらそうな様子で口を開いた。
「この中に兵隊さんがいるの。他にもひどい怪我の人が何人もいて、ここに運ばれた人はもうダメかもって……誰かが……言ってて……」
消え入るようにそこで言葉を切り、うつむいて表情を曇らせるテテスちゃん。
言葉の外でつらさを訴える目には涙が溜まっていた。
兵隊さんの心配や怪我をさせたことへの負い目を感じ、やり場のない感情を必死に抑えているみたいだ。
お腹の前で組んだ左右の手がカタカタと震えている。
わたしはテテスちゃんの頭にそっと手を乗せてやさしくなでた。
なぜか自然に体が動いた。
うつむいていたテテスちゃんが、わたしの手に気づき顔をあげる。
「大丈夫、テテスちゃん。行こう。なんとかするから」
そう言ってテテスちゃんの頭に乗せた手を下ろし、再び手をつなぎ直す。
わたしは丹田に力を込め「よし!」と気を引き締めると、勢いよく教室の扉を開いた。