36話 辺境警備隊
自分の望みを確認し、そこに至るまでの道筋が見えたことで、なんだかうれしくなってしまい、顔の筋肉が緩んでいくのが自分でもわかる。
にやけた表情を元に戻そうと眉をキッと整えたけど、それだけで緩んだにやけ顔が治まるわけでもなく、不思議そうな表情をしたテテスちゃんを見る限り、わたしは無言で変顔をする変な子になっているに違いない。
「レア……ちゃん? 頭、大丈夫?」
大丈夫! いやみを言ってるわけじゃなく、本当に頭を心配してくれてるんだよね! わかってるよ!
「ごめんテテスちゃん! なんでもないの。さっき言った説明しなきゃいけないこともよく考えたら無かった! 気にしないで!」
「そう……なの……?」
首をかしげながら訝しむようにこちらを見るテテスちゃん。上目づかいがかわいくて、つい全部自白してしまいそうになるけど我慢する。
少しちぐはぐな会話に一段落つけて、話題を変えようとした時だった。ガラガラっと教室の扉が開かれ、鎧を着た男がズイッと一歩足を踏み入れたところで動きを止めた。
「おっと!すまない。目覚めていたのか。入らせてもらう」
鎧の男はそのままスッとこちらに進んできた。胸元に刻印された紋章は王国のものなので、王都から派遣されてきた駐在任務中の兵士のようだ。
鎧の縁に赤いラインが入っているのは、部隊長の印だったか?
力強い足どりでわたしたちの前まで来た男は、一瞬だけ苦そうな顔を浮かべたかと思うと、わたしの前に片膝をつき、地面に向けていた顔をグッと上げて口を開いた。
「私はヴェダール王国兵士、第三辺境警備隊隊長バルトゥ。貴殿の力をお借りしたい! もはや我々の力だけでは、魔物を倒すことはおろか、村人を逃がすことすらできはしない! 貴殿の力添えあって、今は侵入を防ぐことができているが、それもいつまで保つか……。どうかお頼み申し上げる! 村人を……民を救っていただきたい!」
目を赤く腫らし、唇を噛み締めながらの願いは、まるで神にでも祈っているかのような真剣さを帯びていた。
わたしに対してそんな願いを口にするということは、兵隊さんもさっきの戦いを見ていたのか。
八歳の女児に助けを求めなければならない心苦しさ、くやしさ、そして彼自身の真面目さが、その張り詰めた表情から理解できる。
わたしは一度深く頷くと口を開いた。
「バルトゥさん、心配しないで。わたしもここの村人だもん。誰も死なせたりなんかしたくない」
「では!?」
「うん。魔物は全部わたしが始末する。でっかいのも、ちっちゃいのも全部ね」
わたしがそう告げると、バルトゥさんは眉間にしわを寄せてカッと目を開いた。
「出来るのか!? それが!」
身を乗り出すバルトゥさんの勢いに、少し気圧されそうになったけど、なんとか返事をする。
「う、うん。たぶん大丈夫だと思う。あのでっかいヤツの力が未知数だけど、見た感じ鈍そうだったし、遠くから魔法で消し飛ばせばたぶん問題なく……殺せる」
それを聞くとバルトゥさんは、数秒間じっとわたしの方を見つめて、前に向けていた顔を再び下ろした。
「すまない……感謝する!」
下を向いたまま感謝の言葉を口にしたのは、表情を見られたくないからだろうか、歓喜とは別の感情が言葉の端から感じ取れた。
「バルトゥさん……わたしのことなら気にする必要はないから。あの、わたしはちょっと特殊だし……」
自分が特別だなんて恥ずかしいセリフを、相手を気遣って言う日が来るとは夢にも思わなかった。
でも子供に助けを求める兵隊さんの心は、たぶん穏やかじゃいられない。特別な子だと思った方がたぶん心も楽だろう。
「ああ、先刻の戦いを見ていたので承知している。私は一体何を見ているのかと、正直困惑したが、貴殿と話していてわかった」
バルトゥさんはそう言うとゆっくりと立ち上がり言葉を続けた。
「この戦い、おそらく後の世で名が付くだろう」
まっすぐ見つめてくるバルトゥさんの視線がむず痒くて顔を背けたけど、振り向いた先のテテスちゃんもウルウルと涙ぐんで、熱いまなざしをこちら向けていた。
助けた人達から感謝されたり、注目されるのは結構慣れたつもりだったんだけど、相手が大人で自分が子供って関係のせいか、今はなんだかムズムズ据わりが悪い……。
居心地の悪さをごまかすために話に区切りをつけようと、膝小僧をパシッとはたいた。
「と、とりあえず周りの様子を見にいこう! けが人なんかもいるならわたしが治すし」
「やはり先ほどの戦闘の後に見えた魔力の輝きは!?」
「うん。治癒の魔法もできる。治療するのに医療の知識が必要な怪我なんかだと、変な風にくっついちゃったりするかもだけど、命の危険がないくらいに回復させるだけならわたしにもできる」
「ありがたい……重傷者もいるのだ、私の部下にも一人──」
「──そうなの! さっき私をかばって兵隊さんが!」
テテスちゃんがバルトゥさんの話を遮り、身を乗り出して声を荒げた。
責任を感じているようで、わたしの目を見ながら一生懸命訴える。
状況もなんとなく把握でき、とりあえずやるべき事ははっきりした。
わたしは立ち上がって、テテスちゃんに手を差し出した。
「わかった。じゃあ行こう。一個ずつ……全部解決する! 大丈夫だよ、テテスちゃん!」
テテスちゃんはすこし驚いた様子を見せたかと思うと、わたしが差し出した手をしっかりと掴み、そのまま立ち上がって、ニコッと笑いながら目尻に浮かんだ涙を袖で拭った。
「レアちゃん……」
うつむき加減でわたしになにか言いたそうにしていたけど、くるっとわたしに背を向けると、つないだ手を引っ張りながらテテスちゃんが駆けだした。
「行こっ! レアちゃん!」
「うんっ!」
わたしもそれに応え、一緒に走り始めた。