34話 和解
「勇者を……増やせる……!? それって!?」
言葉の意味を反芻し、意味をそのまま捉えていいのかボーちゃんに確かめようとしたその時だった。
「う……う~ん……」
だるそうな声と共にゴソゴソと布の擦れる音が聞こえ、音の方に目を向けると、目を覚まし起き上がろうとするテテスちゃんが目に入った。
わたしは咄嗟にボーちゃんを後ろ手で握りつぶし霧散させた。
別に隠す必要はないんだけど、なんとなく……ね。
わたしのうしろで「うぎゅん!」という声が聞こえたけど、テテスちゃんに聞こえてないよね。
テテスちゃんは座ったままゆっくりと上体を起こし、目をゴシゴシと擦りながらムニャムニャと口を動かしている。
こういう少しアホっぽいテテスちゃんは珍しく、なかなか見られない。よだれを拭いてあげたい。
目と口を半開きにしたまま周囲の確認を始めたテテスちゃんが、こちらを見て止まった。
確実にわたしと目が合っているが、頭がまだ働いていないのか、何を見ているか理解できていない様子だ。
目が合ったまま無言の時が流れる。
素早く隠したけど、ボーちゃんを見られたかな……?
学生時代の受験勉強中、お母さんが夜食を持ってきたタイミングで、ちょうど息抜きに読んでいた漫画を咄嗟に机の下に隠した時に似た、なんとなく後ろめたい感じ……。
まぁどっちにしてもテテスちゃんには魔力に関しての説明をしなきゃいけないから、ボーちゃんのことも説明しなきゃいけないんだけどね……。
時間が止まったみたいに固まっていたテテスちゃんの目に、ゆっくりと知性の光が宿り、わたしの方をボーっと見ていた目がパッと見開かれた。
それを見て声をかける。
「おはよ、テテスちゃ――」
「レアちゃんっ!」
わたしが挨拶の言葉を言い終わるよりもテテスちゃんが動き始める方が早かった。
勢いよく飛び起きたテテスちゃんは、その勢いのままわたしに飛びつき、油断していたわたしは、そのまま後ろに押し倒され、床に後頭部をゴツンと打ちつけた。
「おごっ!」
テテスちゃんに抱きつかれたまま後頭部の痛みに耐えていると、テテスちゃんが声を上げた。
「レアちゃんっ! ごめんっ! ごめんね! レアちゃんは魔物なんかじゃないのに! 私……あんなに!」
わたしの上に覆いかぶさったまま、わたしの肩をぎゅっと握り、何度も何度も謝罪を繰り返すテテスちゃん。
感情の昂りからか、ろれつがあやしくなった言葉はよく聞き取れないけど、気持ちが伝わってくる。
学校でのことが、テテスちゃんの中でずっと気にかかっていたらしい。
テテスちゃんが顔を当てているわたしの肩は、少し濡れた感触がする。
「大丈夫だよ、テテスちゃん。泣かないで。学校でのことはわたしも良くなかったんだよ」
そういってテテスちゃんの頭をそっとなでた。
柔らかい黒髪のすべすべした感触と、ほんのり感じる体温が心地よい。
魔物に囲まれて怖い思いをした直後なのに、わたしの方を気にして……優しい子だね……。
わたしの目にも涙が浮かんでるけど、頭をぶつけて痛いからだかんね。
「ごめんねレアちゃん。いっぱい言いたいことがあったんだけど、全部どこかに飛んでいっちゃった」
上体を起こし、少し照れたように笑いながら涙をぬぐうテテスちゃん。
「わたしこそごめん。さっきの戦い見てたんだよね。もっと早くに全部説明しておけばよかった。それと助けに来るの、遅れてごめん」
「ううん。レアちゃんが来てくれたからみんな助かったんだよ」
そう言って微笑むテテスちゃんを見ると、この笑顔をあと少しで失うところだったことに改めて恐怖を感じた。
「本当に……間に合って本当によかった」
思わずぎゅっとこぶしを握ったことで肩に走る痛みが、わたしに現実を思い出させる。
「魔物は? 外は今どうなってるの?」
「レアちゃんが気を失ってから、生き残った魔物が何匹かまた来たんだけど、校庭にある魔物の死体を見て、怖がって襲ってこなくなったの。今は大人何人かだけで入口を守ってる」
とりあえず切迫した状況からは抜け出したみたいだ。
時間に余裕がありそうだと判断したわたしは、ふうっと息を吐き、気を引き締めた。
テテスちゃんに状況の説明をしなくちゃいけないのだ。
頭の中でボーちゃんに指示を出す。
(ボーちゃん、テテスちゃんに説明するから姿を現してもらいたいんだけど、あんまり厳つい姿でテテスちゃんを刺激したくないんだ、テテスちゃんのイメージしてる精霊がどんなのかわからないけど、わたしが見てるボーちゃんの姿で現れることってできる?)
頭の中ですぐボーちゃんからの返事が返ってくる。
(それは可能だけど、本人のイメージどおりの姿の方が何かとすんなりいくよ? 説得力的な意味でも)
(でもテテスちゃんがメチャクチャ恐ろしい姿を想像してて、そいつが突然現れたら、その時感じる恐怖感は本物でしょ? 火の精霊って聞いてグチャグチャのバケモノを想像してるかもしんないじゃん!)
(そんなヤツいないと思うけど……まあいいよ……、じゃあ君のイメージを借りるね)
(頼んだからね! ボーちゃん!)
(はいはい)
よしっ! 無事約束はとりつけた!
わたしは覚悟をきめて話し始めた。
「あのね……テテスちゃんに説明しなきゃいけない事があるんだ……」
わたしは苦々しい気分のまま、重い口を開いて説明を始めた。