傷だらけのメシア 1
今回は『29話 危険な手段』で、レアが学校に到着する前のテテスちゃんのお話です。
「君たちの中で攻撃魔法を習っている者はいるか!?」
突然の大声に、ビクッと肩がすくんだ。
お城から村に来ていた若い兵隊さんが駆け込んできて、教室の入り口で叫んだのだ。
教室にいる大人は、ケガをした人か使い切った魔力の回復を待つ人。
残りは集まって座り込んでいる子供だけ。
私たち子供に話しかけてるんだ……。
戦える大人たちはみんなどこかに行っちゃったし、上級生たちもみんな大人の後についていっちゃった。
それに、難しい魔法を使える大人は裏口や窓を塞ぎに行ってる。
「今は少しでも戦力が欲しい。習ったばかりでもいいから、撃てるなら一緒についてきてくれ!」
兵隊さんはなんだか疲れた様子で、こちらに近づきながら言葉をつづけた。
なんで私たちみたいな子供に声をかけるの?
意味を考えたくない……。
向こうに行ったら見たくない物を見ることになる気がする。そんな嫌な予感。
恐い。ここで待っていたい。ただここで縮こまっていたい。
大人たちが全部の魔物をやっつけて帰ってくることを信じていたい。
明日にはみんなで「きのうは大変だったね」って言ってるに決まってる。
そう思い込もうとするけど、体が震えて止まらない。
本当はわかってる……もう私たちはきっと……。
でも誰かに「大丈夫」って言ってほしい。
兵隊さんにはついて行かない。
私は何もかもが終わるまで、ここでじっとしてるつもりだから。
そもそも足が震えて立てない。
もう、終わるのが『事件』でも『私』でも、このおそろしさをどうにかできればどっちでもいい。
そう考えていたけれど、私のとなりにいた子が兵隊さんに言った。
「兵隊さん、テテスちゃんは火の魔法で学年最優秀です」
それを聞いた瞬間、ドクンと強く打ち始めた胸の鼓動に合わせて、頭がくらくらした。
正しいことをしているという自信でいっぱいの眼をして兵隊さんの方を向いているその子は、私には死神みたいに見えた。
「その『テテスちゃん』というのはどこにいるんだい?」
となりの子が私の方を振り向くのにつられて、兵隊さんもこちらを振り向き、私と目が合わさった。
私は緊張のせいで渇ききった喉をやっとのことで開き、小さく返事をした。
「わ、わた……私です……」
泣きそうになるのをこらえて声を出すと、兵隊さんが私の目の前に手を差し出してきた。
「そうか! じゃあ一緒に来てくれ! 火でもなんでもいいから、他にも魔物に攻撃できそうな魔法を習っている子は付いてきてくれ!」
差し出された手を取ろうか迷っていると、兵隊さんが私の腕をがしりと掴んできた。
教室に残ろうと足をつっぱったけど、力いっぱいの抵抗も意味はなく、私は教室から大人の力で引っ張り出されてしまった。
急ぎ足で廊下を歩く兵隊さんと私の後ろには さっきまで一緒に固まって座っていた子が何人かついてきていた。
みんな使命感と不安の混ざったような険しい顔で前を見ている。
泣くのをこらえてる私の顔は、どんなに情けない表情になってるんだろう。
手を引かれたまま、学校の入口に近づくにつれて、号令や魔法の音が大きく聞こえるようになってきた。
玄関ホールまであと扉一枚という所で、兵隊さんが立ち止まり振り返った。
「君たちもわかっているだろうが、この先で魔物の進入を防いでいる。大人や君らの先輩達が交代で魔法を撃って撃退しているが、魔力の回復が追いつかなくなって、今は魔物に押されそうになっている。一人ひとりの魔力の回復時間を確保する為に必要な人数が足りないんだ。君たちが魔物への攻撃に加わってくれれば、救援の到着まで持つかもしれない」
少し表情に陰りを滲ませて、兵隊さんは言葉をつづけた。
「いや……持たせないといけない。みんな……協力してくれ!」
そう言って私たちに頭を下げる兵隊さんの表情は見えないけど、顔を上げるとき一瞬だけ食いしばる歯が見えた気がした。
たぶん兵隊さんも感じているんだ、救援は来ず、みんなここで死ぬ。
お母さんに手を引かれて学校に逃げ込む時、魔物に抵抗している人たちを見たけど、魔物は攻撃魔法が当たっても驚いてわめくだけで、攻撃が効いている風には見えなかった。
時間が経つほど魔物は集まってくるだろうし、いくら人を集めても魔物を倒せないんじゃあ、どうなるのか私にだってわかる……。
俯いて眉間に皺を寄せていると、兵隊さんは私にだけ聞こえるような小さい声で「頼んだよ」と悲しそうに呟いた。
みんな状況を悲観していることは兵隊さんも理解しているんだ。
「じゃあ行こう。扉を開けるから、いつでも魔法を撃てるように準備していてくれ!」
そう言って兵隊さんは扉を開いた。